第二十九楽章 だからといって手足がなくなってもいいわけはないぞ
ビスカは今、目の前でレットを見るまで彼が重症な事をすっかり忘れていた。
最初こそ死んでしまうと思ったが、途中からは魔法で直るとなぜか確信していたし、当の本人がそんなそぶりを見せず、心で会話をしていたため、心配はしていたが絶望感はなかった。
実はそれは相当な過大評価だった。治癒魔法はあくまで本来持つ自然治癒力を増大させるだけだ。なくなった手足を再生させる事はできなかったのだがビスカはまだ知らない。
「大丈夫ですか、レットさん!」
彼女は無事を確信していたものの不安がなかったわけではないため、心配そうに聞いたが、予想外の脳天気な言葉が帰ってきた。
「やれやれ。やっと終わったな。最後はちょっと予定外だったけど、無事ならオールオッケイだ。おめでとう。君は本当によくやった。九十八点合格点だ。
進級なんてものじゃないな。飛び級レベルだね。でもさんづけはないよなぁ」
レットは大賞賛したが、ヴァフォーケンに飛び込んで行く時に、自分を呼び捨てじゃなくさんづけで呼んだ事と、自分だけ大好きだと言われなかった事でマイナス二点にした。
実に心のせまい男だった。乙女の恥じらいをまるでわかっていない。
まあ、もし大好きだなんて言われていたら逆にとどめをさされ、キュン死して、今生きていないかもしれないが。
「何が不満なんだよ。アニキ。お姉ちゃんが活躍したからいいじゃん。
さては手足だけ取られてなんもしてないから嫉妬している?」
サクラはニヤニヤしてへらず口を叩いた。
「そうですよ! 兄さん! お姉ちゃんのステキな姿をたくさん見られたんだから、それ以上何を望むというのですか~! うん、台詞かんだのも、めちゃカワイかったし」
ユカリはいつも通りだ。セリフをかんだ所まで含め好意的だった。
左手右足のない兄に向かって誰も心配してくれない。というか、本人が心配させてくれる態度でもない。
「よし、よしぃぃ」
ビスカと手をつないでこちらにきたヒマワリは、兄の前で手を離してしゃがみ込み、兄の頭をなでなでした。ヒマワリだけは慰めてくれた。まるでペットをあやすように。
「いいかげんウザいんだけど。かまってちゃんか、おのれは」
サクラは、いたわってもいいはずの兄に厳しめな台詞を放つ。
レット的には、もう少し引っ張って、もうちょっとだけねぎらいの言葉や心配の言葉が欲しかったし、よりドラマチックに驚かせてやりたいという気持ちもあった。
サクラのいった通り【かまってちゃん】だった。
「あー、わかった。わかった。戻せばいいんだろ。戻せば」
(あ、やっぱり直せるんだ。でもよかったぁ)
ビスカは、やっぱりね、今度はどんな風に直すんだろうという好奇心と、直せてよかったという安堵の気持ちが入り交じっていた。比率的には圧倒的に前者のほうが多かったが。
「愛しの左手と右足よ~! 我の元にもどりたまえ~!!」
ひねりもなく面白くもない演技ががかった台詞をレットは吐いた。
ヴァフォーケンの炎をまとった槍の攻撃で、ほうぼうにちぎれ飛んで転がっていた手と足は、一旦光りの物体に変わり、そのまま元あった場所にくっつき、手と足はあっさり元の状態に復元した。あまりにもあっさりすぎた。
「まあ! す、素晴らしいです! どんな魔法ですか! どんな魔法ですか!」
飛び級を勝ち取った【質問魔姫】だけが興奮し二回繰り返して尋ねた。
先ほどまでの緊迫感はどこへやら。【茶番劇場】は終わり、いつもの【のほほん劇場】が開催されていた。レットも律儀に説明する。
「これは治癒魔法ではないよ。治癒魔法ではここまでは直せない。そもそも俺、治癒魔法使えないし。では、なぜ元に戻す事ができたかわかるかい?」
ここにきて問題形式にしてきたよ。この男は。
治癒魔法だと疑っていなかったビスカは、え、そうなんですか! と一瞬たじろぎ、レットの手足を確認するが何事もなくほっとした。
「う~ん……時間を戻せる魔法とか? ケガ前に戻したとか」
「これじゃあ進級は取り消しかな。
だったら他のキズも治ってなきゃおかしい。でもご覧のとおりボロボロだ。
時間制御の魔法はあるけれど時間を戻せるまでの魔法はこの世に存在していないよ。
ひょっとしたら存在しているかもしれないけれど俺にはわからない。
ま、俺の才能じゃわかっていても使えないだろうけどね。
正解は……実は俺、元から左手と右足はないんだ」
ええええええ! とビスカが注文通りのリアクションをしてくれたのでご満悦状態になったレットは意気揚々と続ける。
「正確には師匠との修行中に左手と右足を失ったんだ。俺は落ちこぼれでね。
師匠の予想のはるか下の能力だったみたいで練習用の魔獣の調整間違えたって言われた」
「レットさんでも落ちこぼれだったんですか? そんな風にはまるで見えませんが」
「いや、俺は君や妹達と違って落ちこぼれさ。自分でも自覚している。
だからそれに負けないように必死に努力とか工夫をしているんだよ。こう見えても。
能力ない奴、二倍やれ♪ 二倍で足りなきゃ三倍やれ♪
それでも足りなきゃ十倍やれ♪ それでも足りなきゃ諦めろ♪ ってね」
ビスカは思い知らされる。自分の努力なんて努力のうちに入っているのかと。
この人のすごさは生まれ持った才能に頼らない努力からきているんだと。
「まあ、努力してもやっぱり天才には勝てない事はたくさんある。
だからプラス知恵と工夫とひらめきで勝負するんだよ。凡人は」
熱心に聞きすぎる生徒の方にも問題があるが、なかなか本題が進まない悪いくせがでてくる。人生論とか哲学論らしき講義が始まっている。
「アニキ、また横道にそれているじゃん。アピールか。おい自分アピールか!
自分大好き魔神か!」
サクラがツッコミという名の軌道修正をしてくれた。こんな時、サクラは貴重な人材だ。
「また横道それたな。まだ正解の説明途中だった。
なくなった手と足の変わりの手足はウィルオーだよ」
「え、ウィルオー……」
もうここまでくれば、とりあえず光の精霊ウィルオーライトっていっておけばなんでも正解できそうだ。レットはウィルオーと本当に根深く共存共栄していたのだ。
「ああ、おれは自分の手足をしっかり覚えている。認知している。魂に刻んでいる。
色も形も動かし方もくせも。
だからウィルオーの力を借りて、元の手足のように具現化できたんだ。
ウィルオー様には足をむけて寝られないんだ。右足ないけど」
……滑った。この世が終わったかのように辺りは静寂に包まれた。
「まあ、全部、師匠達が作ってくれたんだけどね。ていうか当たり前だよな。自分の不注意で人の手足なくしたんだから。でもあのじじぃ、性格悪くてさ、前と全く同じ見た目と性能の手足にしたんだぜ。ちょっとは器用なものにしてくれてもいいものを」
ふふふっと今度はビスカは笑った。その時の師匠と弟子のやり取りが容易に想像できた。
「全く同じ方がいいに決まっていますよ。悪魔の手みたいなもの恐いですもの」
「そうかな。俺はそっちの方がカッケーと思うけどね。敵をガシガシ切り裂けるし。
なんか物語のダークヒーローぽくてかっこいいじゃん」
「いややっぱり普通の方がレットさんはかっこいいですよ」
ちょっとお世辞を言ってみた。やっぱり彼女はかなり砕けてきたようだ。
レットは単純なので気をよくして調子にのり説明を続けた。
「まあ、でももちろんこの手足も欠点はある。
さっきみたいに変わりの手足が取れたら自分では元に戻せなかったんだ。
最近やっとヒマの力を借りて直せるようになったんだよ。
……と言っても今日初めて、実行して成功できたんだけどね。
むやみやたらと取り外しができるものじゃないから恐くて試せなかったし」
いろんな意味でしきりにヒマは強い! ってレットはおだてるわけだ。
ちなみに、ウィルオーの義手義足といっても感覚はもちろんあり、キズを負えば出血するし激痛も感じる。血がでる事も痛いという事も自分が覚えているからだ。
要は原材料が違うだけで見た目も性能もなにもかも同じなのだ。だからこの戦闘でレットは相当我慢した。死ぬ気で耐え続けた。自分が気絶するのが先か、奴を倒すのが先か、一か八かのカケだった。途中からはそんな事すら忘れるほど高揚し集中していたのだが、戦闘不能に見せかけて陰でフォローする戦術を実行していた。
「まあ、ヒマちゃんには頭があがりませんね。うふふっ」
「ヒマ、えらいでしょ!」
「えらいねぇ、ヒマちゃん!」
ビスカはヒマワリの頭をなでなでした。
以前はヒマワリの頭なでなで役はレットの特権だったが、その役割はどうやら本格的に、
【キレイなお姉さん】に移行したようだ。ヒマワリにとってもそちらの方が幸せであろう。
「あ、でもだからといって手足がなくなってもいいわけはないぞ。
ビスカも斬られても大丈夫なんて無茶な事するなよ。
ホントにめちゃくちゃ痛いんだから。死ぬって思うんだぞ。血がどばぁぁぁぁってでて絶望するんだぞ。変わりの手足は意外と思い通りに動かせないし(それは元から不器用だから)、アクシデントでいつ消失するかもわからない。それ以前に義手を作る事に成功するとは限らない。俺の時もかなり難航して、何十回、何百回と試して、うまくいったのもキセキみたいなもんで本当に苦労したんだから。
あとそれと……」
【暴走姫】に対し念を押す行為にここまで言えば大丈夫はない。レットは必死に念を押し続けた。仮に致命傷や欠損に至らずとも大けがを負ったビスカの姿を自分が見たくはなかった。
「はいはい、わかりました! わかりました。心に命じておきますねっ!(軽すぎ)
他の手足とか体もひょっとしてウィルオーなのですか?」
「その他は全部、生まれてからついている純正さ。だからさっきはある意味ラッキー。
義手と義足を狙ってくれたようなものだから。逆の手足だったらホントやばかった」
言葉じりでは本当に運がよかったといえるがこの男のことだからどこまで計算で、どこまでが偶然だったのかわからない。
だが再生までの一連の事に関しては軽々しい感じで進めたが、それはみんなを心配させたくないだけで実際の所、言葉以上に難易度は高く全てがうまくいく可能性は低かった。




