第二十七楽章 ブーケストラ・コンダクター
シルフィーネ王女の言付けに従い、二人の戦いを固唾をのんで応援していたユカリとサクラはあせりの色を浮かべていた。
(どうしよう。どうしよう。このままだとお姉ちゃんがやられちゃう)
(うん、ゆかっち。もう助けにいこうよ)
(でも、シルフィーネ様、いやシルフィお姉ちゃんが許してくれないよ)
二人の肩を掴んでいたシルフィーネも実はムズムズしており、加勢するかどうか葛藤していた。
自分らが加勢して水をさせば、神聖なる一対一の騎士同士の誇りある戦いを汚す事になる。普通ならだ。だがビスカは騎士ではないし、そもそも自分の妹だ。その道理は当てはまらない。
それに実力差のある強大な相手に対して多人数で対峙する事は間違った事ではないし、形式やプライドに縛られて最悪な結果になるのは愚の骨頂だ。
だが、策もなく飛び込んで、余計最悪の結果をまねく可能性もある。【全滅】すらありえる。決断が早いはずのシルフィーネもこの状況をどう打開するか決めあぐねていた。
その時、頭の中に決断を促してくれる声が響いた。もちろんレットだ。
(シルフィーネ様、大丈夫です。ビスカは負けない。そのままでいてください)
レットはその次にあせる二人の妹にささやいた。
(ユカリとサクラ、焦るな。まだお前達にはできる事はある。ビスカの手と足をよく見てみろ)
(それが何だっていうんだよ。また回りくどい言い方しないで教えろバカニキ)
(んーん? あ! そっか!)
(ユカリは気づいた様だな。そう、ビスカは、ユカリの手袋と剣、サクラの肘あてと膝あてをしている。それにはお前達は名前をつけたはずだ。つまりだ……)
(あ、わかった!)
(ヴァフォーケンは、ビスカの剣術のパターンを読んでいる。更に寸分違わない正確さと素直でキレイな動きが余計に読みやすくなっている。それでだ。お前らの道具を操って間接的にビスカの動きを若干変えろ。数ミリだけでいい。剣の軌道を変えろ。コンマ何秒、動きを早くしろ、もしくは間をとって遅くしろ。
そのわずかな違いが奴を狂わせる。逆に極端にやってしまうとバレてしまう。そうなるとまた対策される。この作戦は繊細さが決めてだ。ビスカにすらバレないように。難しいけれどお前達ならできるはずだ! 俺も調整をアシストするから)
……そうして、ビスカは左アッパーカットでヴァフォーケンの剣を飛ばし、【おキクちゃん】での強烈な攻撃に結びついた。初手は調整不足でいささか極端だったが。
「やはり、最後まで気を抜けないというわけだな」
ヴァフォーケンは右手をのばし、飛ばされた自分の剣を引き寄せ、再び構えた。
ビスカの方も手放した光の剣を左手に持ち、再び双剣流で闘う構えだ。
そして再び二人は相まみえる。
剣と剣がはげしく交差し、互いの攻撃をかわす。彼はだが自分が負けるとは微塵にも思わない。攻防のパターンも間合い、速度、力ももう把握済みで読める。同じように結局自分が勝つ流れになる。先程は無意識に油断していただけだと思っていた。
彼がその異変に気づいた時には、もう手遅れだった。
彼が紙一重で除けたはずの剣がかする。それが徐々に深く当たる。
彼がかわせないと思ってしかけた攻撃がかわされる。
なにかが違う。でもなにが違うかわからない。ビスカ自身に大きな変化があるわけではく派手な必殺や奥義の類い、もしくは魔法を使っているようにも見えない。
違和感の正体が掴めぬまま、自分の剣はビスカの剣によりはじき飛ばされた。
はるか上空に飛ばされた剣は何回かなにかに弾かれて、一階の庭まで落ちていった。
もちろん弾いたのはレットの魔法である。
この距離なら、再び引き戻しても手元に戻るまでにビスカに斬られてしまうだろう。
自らが魔法に頼りすぎて鍛錬を怠り勘が鈍っていたのか。
度重なる動揺、魔法の使いすぎによる疲労の蓄積か。
年齢による衰えか。それともその全てが重なったのか。
理由はともかく、それを差し引いてもビスカの力量を認めざるをえなかった。
自分自身の敗北を悟った時、また人が変わったように冷静さを失った。
「なぜだ。なぜだ。なぜだ。なぜ、この私がこんな奴らに!!」
彼は動揺を隠さず振り返り、この場から逃げようとした。だが逃げる事はできなかった。
彼が振り返った先に浮いた彼の魔法の槍が彼の喉元を狙っていた。
「ブーケストラ・コンダクター(花達のオーケストラの指揮者)」
両手をあわせて祈って見ていたユカリと、ファイティングポーズで応援していたサクラが、同時に微笑みながらつぶやいた。
「今度は【ロンラン】達が逃がさないよ。ヴァフォおじさん」
それに続いてレットもニヤっとしながらつぶやいた。
レットは、ヴァフォーケンの空飛ぶ槍を魔法で奪って支配していた。
それが、指揮する魔法【ブーケストラ・コンダクター】である。
おキクちゃん、手袋、肘当て膝当てを操り、ビスカすらわからない程度に、彼女を間接的にちょっとだけ操っていたのもこの魔法である。
レットは今まで実力を発揮できていなかっただけで、実は全く歯がたたないほどの実力差がある相手ではなかった。ワイスの魔法結界による影響だけではない。抱えたトラウマと恐怖、敵うはずがないという思い込みが彼の力を閉じ込めていた。
この戦いはこれを乗り越える事ができるかどうかを問われたものでもあった。
研鑽と鍛錬を重ねた彼の実力と師匠の残してくれたもの、フェシー、妹達の思い、ビスカ……全てのピースさえ揃えば、余裕でヴァフォーケンの力を凌駕できていたのだ。
そして彼もまたビスカのおかげで……ビスカと共に……乗り越え覚醒した。
(……だがなにかおかしい、奴も名の知れた武人のはずだ。敵に背中を向けて逃げるような事をするか普通? そんなタマか? ……偽物? 影武者? それも違う……この場所に一人しかいないのもなにか変だ。仲間は? 手下は? ……全てに違和感がある……ひょっとして……)
レットは冷静にこの状況を分析できるようになっていた。そして……
「この茶番をもう終わりにしましょう」
レットに習い、今までの事を【茶番】と静かに言い捨てたビスカは、二本の刀剣を重ねる様に右斜めにふりあげて最後の一閃を振り下ろそうとした。
だがその刃をヴァフォーケンに向けて振りおろす事はなかった。
「君がいてくれて本当によかった。心の奥にしまった俺の憎しみも消してくれる……」
レットは安堵の表情でつぶやいた。
彼女はそのまま二本の刀剣を静かにおろし自分の両側にそっと置いて話し始めた。
「ヴァフォーケンさん、あなたの野望も絶望も罪も全て覚えておきます。
けれど、あなたへの憎しみは忘れます。
形は違うけれど、あなたもこの世界を、この国をより良きものにしようと思っていたはず。私とお話しできますか。少しでも心を近づける事はできますか?」
(自分の価値観が全てではなく、誰でもそれぞれ違う価値観をもって生きている。
それを押しつけたり否定するのではなく、認めた上で話し合ってお互い納得できる所、妥協できる所まで歩みよっていく……)
彼女はレットの言葉を、刀剣を振り下ろす寸前で思い出したのだ。
この段階になってやっと同じ目線の高さで話せるようになったため彼女は問いたのだ。
だが彼女の精一杯の歩み寄りもヴァフォーケンには届くことはなかった。
「わ、我は、ま、【魔王】なるぞ! 下賤のお前と話しなぞできるものか~!」
「そうですか。残念です。私は【ただの人間】です。あなたと私は釣り合う事ができないようですね……」
価値観の違いを認めた上で話し合い、その距離を可能な限り近づけ、お互いにとって最もベストな点を見つける……それが【釣り合う】という事。
それは上下関係をぬきにした対等な関係でこそはじめて実現する。
ビスカが差し伸べた【対等な関係】づくりは彼の高いプライドにより拒否された。
「魔王の正義の鉄槌をくらえ~!!」
魔王って正義の存在なのか? そしてお前の武器は鉄槌じゃなくて槍だろ! とここにいるヒマワリを除く全員が心の中でツッコミをいれた。
ヴァフォーケンのその声に応じてビスカの左側から一本の別の槍が飛び込んできた。
丸腰のビスカはその槍に目線を向ける事も避ける事もせず、全く微動だにしなかった。
槍はビスカを貫くことなく彼女の顔の横を素通りした。もちろんレットの仕業だ。
「ぬぬぬ、ならこれならどうだ! 避け切れまい」
往生際の悪すぎるヴァフォーケンの号令のもと、四方に散らばっていた無数の魔法の槍が息を吹き返したように空中に浮き、その穂先をビスカに向けた。
「あなたはなにもわかっていない。その槍はもう、あなたのものではございません」
彼女の言葉通り空中に浮いた槍は一斉に方向を変え、ヴァフォーケンに向かって飛んだ。
「な、な、な、な、なんだと〜!」
逆にヴァフォーケンは避けきれなかったが、全ての槍が自らわざと外したかのように紙一重の所を素通りした。レットは、ここでも浮いた全ての槍の支配権を奪っていた。
この魔法は難易度が高く発動条件も多い。その一端が、その武器(物質)に直接でも間接的にでも触れ、自分の名前を刻むこと(実際に書いたり彫ったりする必要はない)。それはすなわち支配権、所有者が誰であるかの宣言。
次にそれに名前をつけること。そして対象者にその名前を認知させる事。
全ての物質には魂的ななにかが宿っていると言われ、認知能力はあるとされる。
名前は適当なものでもよいが、より意味のある、より熟考した名前であればあるほど影響を及ぼし支配力が強まる。より自由に操れるようになる。
ユカリの場合、名前がかわいければかわいいほど自分との親和性が増すといった所だ。
ちなみにこの短時間で、リンクした意識化の中、槍の名前でレットとユカリは揉めた。
レットは【ロンギヌス・ジャスティス・ジャッジメントランス一号】という名前をつけようとしてユカリに却下され、ユカリからは【ランランちゃん】が提案された。
何度か言いあったが、お互いこんな事でもめている場合ではないと気づき、間をとって【ロンラン】と名付けられた。他の槍にも同じように名前がつけられた。
この魔法の発動時には、武器のある位置(座標)を正確に把握する事と、武器の本質を理解し、自由自在に操れる高い基礎能力も必要だった。敵から奪う場合、敵以上の基礎能力と魔力も必要だった。
発動条件を満たすためにビスカだけではなく、妹達とも自分とフェシーをリンクさせた。
そもそもこの魔法はレットの魔法ではない。というかレットは使えない。
ユカリとリンクした事により、ユカリの使える魔法を借りていただけだ。
この魔法はユカリの得意としているもので、キッチンでの調理もこの魔法だった。
ここにある全ての槍はビスカの剣に触れている。その時点でリーヴ家の名前を刻んだ。
そしてビスカと三姉妹、こまる(剣)とスピカ(ラヴィ)を通して、ヴァフォーケンと全ての槍の正確な位置を把握し、かつ全員の力をプラスし基礎能力を大幅に上げた。
つまり、この魔法はビスカを含めたリーヴ家の全ての力を総動員した賜物で、サクラとユカリが加勢に行かずともすでに加勢していたといえる。
全ての槍攻撃が不発した後、ビスカは王女の威厳と、憐れみと悲しみ、それらを全て宿した瞳でヴァフォーケンを一心に見つめていた。
両手には何もなかったが、まるで剣を持っているかのように彼女は両手を右上にあげた。
その動作に合わせるように地面におかれた二本の刀剣はビスカの両手に自然と収まっていた。
ビスカは目を閉じ、レットとの話しの続きを思い出す。
(……でも、どうやってもわかりあえない人もいるんだ。
自分だけが正しくて、他の意見は全て間違っていると決めつける人とか、ただ論破したいだけの人とか、そもそも聞く耳を持たない人とかね。
その時は、その人とは別々の道へ行く方がお互いにとって幸せな事だ……)
目を閉じたまま、言葉を発せぬまま、右上に構えた二本の刀剣を、今度はヴァフォーケンに対して躊躇なく斜めに振り下ろした。
それは復讐心からではない。嫌いだからでもない。残酷でも冷酷だからでもない。意見が合わないという理由で排除しようとしたわけでもない。
ただ一国の次期女王として国に害をなすもの、国民に害をなすものを自らの手で制裁……いや、お仕置きをするという決意の一閃だった。
斬撃の勢いそのままに自身を反転させ、ヴァフォーケンに背を向けた。
ビスカの目から一筋の涙が流れていた。
「こ、小娘が~!」
因果応報とでもいうのか。自分の可能性を全て捨て(この世界に)復讐するためだけに生きてきて叩きつぶされたのは、誰であろう彼自身だった。
だが彼の執念はここで終わらなかった。
「このままで済むと思うな。こうなったら魔界へと道連れだ!」
最後の最後まで彼の悪あがきと思える声が響いたあと、時が止まったかのように静寂に包まれた。
そこに切り裂いたはずの男の姿は陰も形もなかった。
そして、切り裂いた側のビスカリアの姿もなかった。




