第二十五楽章 私は黒髪のウィンヴィーネ
「サクラちゃん、ユカリちゃん、ヒマちゃん、本当にありがとね。今いくね」
ビスカはそう呟いたその時、ビスカの体がうっすらと光り出し、彼女の髪がブロンドから黒色に変化した。
「お姉ちゃんの髪が変わっ……た? お姉ちゃんだよね?」
サクラが驚きながら呟く。
「お姉ちゃんの髪が私達と同じ色に……ますますカワイイです!」
ユカリはいつもの様に賞賛する。(彼女の場合、髪が何色になろうが賞賛しただろうが)
「お姉ちゃん、カッコイイ」
ヒマワリもカワイイ声で続く。
「な、何が起こった。これは一体何だ。
まるで戦乙女、黒髪のウィンヴィーネ……まさか転生したとでもいうのか?」
宰相ヴァフォーケンは次々起こる状況の変化についていけない。先程までの圧倒的有利さをみじんにも感じない。彼は計算高く頭がきれるばかりに、逆に計算外の事に恐ろしいほどに脆かった。しかも知識が深いが故に勝手に過剰な勘違いをした。
ビスカのこの現象は彼女自身が変身したりなにか特別な力に覚醒したわけではない。
これはレットの仕業であり、ただ単純に【黒髪に染めたようにみせる魔法】であり、体の光もウィルオーを活用した【夜に便利なただ光っているだけの魔法】でしかない。
【何か特別なものに変身し覚醒した】と思わせるだけのハッタリでただのコスプレだ。
この国の建国王の勇者と共に闘ったと言われる、誰もが知っている伝説の戦乙女【黒髪のウィンヴィーネ】風にしてみたが効果絶大だった。幼少の頃より英雄譚が大好きで、かつ大魔法使いのヴァフォーケンだからこそまんまとだまされ拡大解釈をした。
師匠ゆずりのこのいたずらっ子モードに入ったレットは強い。終始ニヤニヤ顔だった。
「俺にこうしろってことだろう? 師匠。
こうなったら盛りに盛りまくって奴の想定外を創りまくってやる。
よし! ビスカ! これから一世一代の大反撃、大逆襲、大逆転を始めるぞ!」
「はい! レット先生! 最後に大団円を迎えましょう」
彼女は改めて前へと向き直し、ひと呼吸を置いてから大きな声で叫んだ。
彼女もレットの意向を理解しノリノリで乗っかった。
「私は黒髪のウィンヴィーネ。悪しき心で乱れたこの世の理を正す運命の戦乙女。
あなたの野望を断ち切るために悠久の時を超え、今ここに転生す。いざ、参る!」
「ははは、めっちゃその気になっている。そのまま行ってしまえ!」
レッドは笑いながらつぶやいた。続けてビスカが叫ぶ。
「一つ! 私は、サクラちゃんの鋭いツッコミと、
みんなに元気をくれる明るさが大好きだ!」
ヴァフォーケンはその声に我に返り、距離をとって取り囲むように待機していた操られている兵士に命令した。
「魔王の手先、逆賊ビスカリア元王女、ウィンヴィーネの生まれ変わりを殺せ!」
彼の声に従い、兵士達はビスカめがけて弓矢の雨を一斉に放った。
「自分を魔王の生まれ代わりと言ったり、私を魔王の手先と言ったり、ウィンヴィーネっていったり設定破綻していますよ。
ビスカちゃんラブシスターズウィンヴィーネストライク!」
まるで動じないビスカは、恥ずかしいフレーズをサクラのマネをするように叫び、仁王立ちのまま、両手の拳を振り回し、飛んで来る全ての弓を次々に払いのけた。
ビスカの肘と膝には、サクラの肘あてと膝あてが装着されユカリの手袋をしていた。
彼女は妹達のぬくもりが感じられるものを持ってきていた。
ちなみに伝説のウィンヴィーネは、二本の大剣を人智を越えた力業でブンブン振る戦い方で有名だが、ベストセラー絵画物語【戦乙女 黒髪のウィンヴィーネの愛】では、素手で格闘するシーンも散見された。これは作者アマリウスが勝手に創作したとも言われているのだが。
(な、なんだと……)
想像外の事に言葉が出ない。宰相ヴァフォーケンの中では、もうビスカとウィンヴィーネが本当に同一人物に写っていた。
「サクラちゃん! こんな感じでどぉ? かっこいい? でもちょっと恥ずかしいね」
ビスカはサクラに向かって訊ねる。
「お姉ちゃん! かっこよすぎ! 超強すぎ! 大好きぃ!!」
サクラが歓声を上げる。ビスカはサクラに向かってウィンクで答える。サクラもウィンクで答える。そして一呼吸した後にビスカは再び叫ぶ。
「二つ! 私は、ユカリちゃんがいれてくれた美味しいハーブティーと、
みんなを支える優しさが大好きだ!」
その言葉と同時に、レットが右手で手の平サイズのなにかを投げた。
それは歪曲した刀身の剣のミニチュアだった。
ビスカはそれを見もせず器用に右手でキャッチすると、それは本来の大きさに戻った。
ユカリの愛刀【おキクちゃん】こと【キクイチロンゲストブレード弐型】だった。
操られた兵士達が四方八方から今度は槍や剣といった近接武器を携え襲いかかってくる。
その中にはビスカをかばって逃がしてくれた侍女であり親友のランの姿もあった。
「ラン! 本当にランなのね。あなたも生きていたのね。本当によかった……。
もう大丈夫だから。すぐ解放してあげるからね。また私と仲良くしてね。
いっぱいおしゃべりしましょ。この服の御礼もしなきゃ」
もちろん、ランも洗脳魔法をかけられ目に光りはなく、今はその声は届かない。
ビスカは仁王立ちのまま、襲いかかる集団の中に親友がいようとまるで躊躇することなく太刀【おキクちゃん】を右から斜めに一閃、左から斜めに一閃した。
囲むように襲いかかってくる兵士に当たる距離ではまだない。しかしその太刀の尋常ではない刀圧、風圧に襲いかかってくる兵士はみな飛ばされ一瞬で戦闘不能に陥った。
「もし、あやつられた兵士達が襲ってきても、躊躇なく斬ったり殴っていいから。
君の使う全ての武器に、師匠直伝の悪しき物を払う魔法を宿したから。
相手もちょっと痛いだろうけど、死にはしない。魔法を解く事ができるはずだ」
ここへ来る前にレットに言われていたので、彼を信じて手加減しなかった。
「ユカリちゃん! どぅ? ステキかな? カワイイかな? ユカリちゃんをイメージしたんだけどうまくできたかな?」
ビスカは、今度はユカリに向かって訊ねる。
「お姉ちゃん! 私と一体化しました! 世界で一番ステキカワイイです! 大好き! 」
ユカリが声援を送る。ビスカとユカリは同じようにウィンクを交わし合う。
そして又真剣な面持ちに戻りビスカは何事もなかったかの様に続ける。
「三つ! 私はヒマちゃんの暖かい手の温もりと、
みんなに安らぎをくれるカワイさが大好きだ!」
「ワォ〜〜ン!!!!」
その声に応えるかの如く【こまる】が満を持して現れる。
現れたその姿は、光の玉でもなく庭でじゃれる小さな【小こまる】でもなく、最初に森で対峙した当時の魔獣【大こまる】の姿だった。
「やっぱ、ビスカはコレだよな。それにハッタリに双剣は最適だ。なんか強そうに見える。
黒髪のウィンヴィーネになりきれ!」
レットは自分がまるで歯が立たなかったビスカとの模擬戦を思い出していた。
驚きと悔しさと興奮を感じた、伝説の戦乙女のような美しい立ち姿と芸術とも言える、彼女だけの唯一無二な華麗な剣技が目と心から離れなかった。
(あの時、あ〜は言ったけど、やっぱ双剣ってロマンあるよな。双剣流が実践向きじゃなければ、実践向きに工夫すればいいだけだ。剣のサイズも重さも切れ味も調整すればいい。
攻撃力も防御力も実践で通用するよう魔法でサポートすればいい}
【大こまる】の咆哮が鳴り止むと大きなオオカミの様な容姿は不安定になり、しまいには、また球状になった。
そのままビスカの元ヘゆらゆらと飛び、左手のこぶしと重なり別の形に姿を変えた。
彼女は気がつくと、右手の太刀【おキクちゃん】はいつのまにか短く片手で扱いやすいサイズになり、それと同じ位の長さ、形の【光の剣】を左手に持っていた。ふたつの刀剣は、さすがに大剣ではなく、かつ見た目以上に軽く攻撃力も高い。
死ね~! とヴァフォーケンは、もうフリでしかないありきたりな奇声を上げた。
どす黒い炎をまとった槍を右に三本、左に三本空中に浮かせ、ビスカに向けて放つ。
ビスカは仁王立ちのまま、右左の剣を一降りする。うっとうしい夏の虫を排除するかの如く雑に振り払った。ヴォオンと剣をふった風切り音と共に、全ての槍が消滅する。
「そ、そんな、バカな、ありえない……本当にウィンヴィーネが蘇ったのか?」
またまた小物みたいな台詞をヴァフォーケンがつぶやく。知識がある分、想像力も豊かになり、レットがしかけたハッタリを拡大解釈し続け狼狽する。主導権は確実に移った。
「ヒマちゃん、もうちょっとだけ我慢してね! 後でいっぱい遊ぼうね!」
優しくヒマワリに伝える。
「お姉ちゃん、約束だよ! 大好きぃ! 大好きぃ!」
ヒマワリも歓声を上げ、ヒマワリに優しい笑みで答え、又真剣な面持ちに戻る。
「四つ! 私を愛してくれたおとう……」
ビスカが次の決めの台詞を言おうとした瞬間、場の空気を読めないヴァフォーケンが、これ以上言わせないとばかりにセリフを被せた。
「こ、ここまでやるとは、た、大したものだ。前座は終わりにして私も本気をだそう。
ウィンヴィーネと言えどもこれならどうかな! いでよ! 聖獣!」
ヴァフォーケンの言葉とともに、ビスカの目の前にたくさんの光りの玉が方々から集まり、なにかの形を創った。
それは、わが家の守護獣【大こまる】……いや、【大こまる】と同じような姿をした、巨大なオオカミのような光の精霊魔獣だった。
「これは……そういう事か。あの森で実験していたのはお前らか」
レットはずっと腑に落ちなかった疑問の答えを今、導き出した。
光の精霊魔獣【大こまる】と始めて出会った森にはずっと違和感があった。
あんな不自然な状態の場所とウィルオーの事象は、誰かが意図してやらなければ説明ができないものだからだ。あの森でウィルオーの生物兵器実験をしていたのだ。
あえて全てを秘密裏にするのではなく、実験道具にするために森へ冒険者を誘い込んだ。
(まあ、それにまんまと乗った自分達の事は軽くスルーした)。
レットはその犯人を「お前」とはいわず「お前ら」といった。つまりヴァフォーケン単独ではなく手を貸しているもの、もしくは組織があると推測していた。
単独であろうと組織的であろうとウィルオーを友達と思っているレット達にとって、ただの道具として無理やり召喚し、無理やり生物兵器にする行為は許されるものではない。
【こまる大魔獣フォーム】や【こまるおキクちゃんフォーム】は、こちらの思いを受け取って手伝ってくれているだけ、助けてくれているだけなので同じようで事情は全然違う。
そして、その他にも確信できた事があった。
(……奴は、やはりユカリ達を殺すわけはない)
あの森で【大こまる】と対峙した自分達の一連の行動を、ヴァフォーケン一派が観測していたとすれば、その後で妹達をさらったのも理に適う。
サクラとユカリはまがりなりにも魔獣と対等以上にやり合い、ヒマワリは完璧に制御してみせた。今後、精霊魔獣を兵器として運用するのにこれほどの適任者はいない。
昨晩、ビスカを安心させるために、でまかせ半分で言った妹達が無事な理由……妹達の才能を見逃すわけはない。洗脳、もしくは制約魔法なりをかけて利用するという事は正しかった。
そして、ふっとひとつの仮定が生まれた。
ひょっとすると、【魔王狩り】の真の理由は、魔王転生の依り代となりうる人を排除するのではなく、それを隠れみのに、才能ある子供、もしくは魔法が使える子供達を拉致洗脳し生物兵器へと育て上げる事ではないのか。
ではそれを実行している親玉は? 誰がトクする? その先の目的はなんだ?
……まさか、この国の王も絡んでいた? だから処刑された?
状況関係なしに、考察を始めるとどんどん本題がそれて沼にはまるのは、レットの悪いくせだ。だが、確かめるのは後の事と切り替えた。
今は妹達を殺すつもりは元からさらさらないという確信が持てただけで十分だ。
そして、ビスカの二人の本当の姉達も別の理由で利用するために殺すわけはないはずだ。
特に厄介なシルフィーネ第一王女は、始末するならもうとっくにしているだろう。
……つまり、こちらが人質を気にするのは最小限でよく、思い切り戦えると結論づけた。
かつ、自分とビスカも利用するためにこうして誘いだした。もしくは利用できるかどうかを見極めるためにこの場を設けたのではないか。
ならばやはり想定以上の力をビスカが見せている今がチャンスのはずだ。
時間が経つほど、試すために手を抜いていた攻撃の本気度が増すだろう。それに今の狼狽も納まり冷静に対応されてしまえば、こちらに向いたいい流れは再びあちらへ行く。
だがチャンスを活かすにしても、まずはこの精霊魔獣をどうにかしなければならない。
一見難易度が高そうだがレットとビスカは落ち着いていた。勝ち筋はすでに見えていた。
「ビスカ、わかっているか? あの森を思い出せ。今こそあの失敗を成功に変える時だ」
レットは彼女に聞こえない程のかすれ声で呟いた。だが彼女にはしっかりと届いていた。
「はい、もちろん、大丈夫です。あの子とは戦わないって事ですね。
あの子は、話しの通じない凶暴な魔獣でなくわかり合える存在」
「ああ、その通りだ。あいつとも仲良くなろうな」
二人は同時に笑みを浮かべた。
ビスカは手にした二本の刀剣をおもむろに両側の地面にさした。
それを見て光の精霊魔獣は咆哮を上げた。
「観念したか。小娘、いやウィンヴィーネの化身よ。ではお前を実験のサンプルにしてやろう。殺れ、精霊魔獣よ」
ヴァフォーケンは光りの精霊魔獣に命令をした。どうやらビスカを生け贄に戦闘力実験をする事にしたようだ。だが魔獣はビスカを一心に見つめるだけで動こうとしなかった。
(この子をただの精霊魔獣呼ばわりなんて愛を全く感じません。せめてカワイイ名前つけなさいよ)
ビスカはそう思いながら、あの森でヒマワリが不安定だった魔獣に言った事と同じ言葉を告げた。
「だいじょうぶだよ。怖がらないで。私がいるからだいじょうぶだよ」
(私が怖がっちゃだめ。警戒や威嚇をしてもだめ。ただこの子の存在を認め優しく受け入れなきゃ)
ビスカは満面の笑みで、両方の手の平を魔獣に向けて、おいでおいでを示した。
「こっちにおいで。友達になろうよ」
(グッド! いやベストだ! いやエクセレントだ! 満点の回答だ)
レットは多くを言わなくても彼女がわかってくれていた事がうれしかった。
だが光りの精霊魔獣は、そんな想いを知らずか再び咆哮をあげビスカに飛びかかった。
ビスカは、それを見ても動じずただその場所で微笑みながら両手を広げ続けた。
「お姉ちゃぁぁぁん! あぶな〜〜〜」
サクラとユカリは同時に叫び、二人の実の姉は目を背けたが、ヒマワリだけはなぜか普段の感じで、楽しそうにぼそっと呟いた。
「また新しい子がうちにきたねっ。うれし〜、なんて名前にしようかな」
「……あぶな〜〜〜くない? あれ? え? ええ〜! ……ふふふっ! はははっ!」
サクラとユカリは予想外すぎるその光景に最初驚きの声を上げ、次に絶句し、最後に笑いだした。
光りの精霊魔獣は確かにビスカに飛びかかってビスカを押し倒しはしたが、その後はかみついたり、爪で攻撃したり、つぶすような事はしなかった。
ただただじゃれていた。ビスカの顔をぺろぺろしているように見えた。
「こらこら待ちなさい。くすぐったいよ。おうよしよし、つらかったね〜、さみしかったね〜。でももう大丈夫。これからは一人じゃないからね」
光りの魔獣の頭をなでなでしつつ、起き上がって今度は魔獣を仰向けにしてお腹をさすさすしてあげた。気持ちよさそうにキャンキャン言っている。もうでかすぎる超大型犬とじゃれあっているようにしか見えない。
「な、なにが起こっているのだ?……」
ヴァフォーケンはただただ呆気にとられてなにもできずにいた。
「さあ、元の姿に戻って一緒に帰ろうね。
家に帰ったら、ヒマちゃん達とカワイイ名前つけてあげるからね」
魔獣をさすりながら優しくそう告げると、魔獣はより強く光り出し、その形をもとの小さな球状に戻した。多数の玉だったが一つの玉に収束したようで、一つの光りの玉は彼女の周りを不規則に何周かし、彼女の胸の谷間の奥へ入っていった。
よしっ! と彼女は立ち上がって服とスカートのほこりを軽く払い、地面に刺していた二本の刀剣をぬき、気合いを入れ直してヴァフォーケンを見つめた。
「もうこれ以上、私の見せ場に水を差さないでください。
お約束ってご存じないの? カッコいい決めの台詞を途中で遮らないでください。
ビシッと言ってからあなたの元へ向かうはずだったのに流れはもう台無しです。
物語にはテンポっていうものがあります。
あなたは演劇や本をもっと見るべきです。このくだりはいりません。ちゃんと考えて。
最終局面なのだからあとは一対一の対決のはずです。なにが私も本気をだそうですか。
自分で闘うのではなく、結局、精霊魔獣ですか。
あ、でもこの子を解放できたからそれはそれで結果よしです」
「ははは、なんだそれ。いつキャラ変した? なんか師匠みたいな事言っちゃって。
……でもそれでいい。むしろそれがいい。めちゃくちゃいい感じだ」
ビスカは、どうやらこの物語の脳内台本を書き替えられ、かつ自分の台詞を被せられたのが相当ご立腹だったようだ。
変身(単なるコスプレ)したからだろうか。若干過激な口調で、普段言わないようなおかしな事をいいだしたが、これは心の声を積極的にだそうとした結果であり、元来彼女はこのような天然不思議ちゃん姫だ。
こんな真剣な局面でもどこかユーモアを込めるはワイスの専売特許だった。
でも、それはワイスだけに限らず弟子もその例にもれない。
「師匠みたいな」と、自分の事を思いっきり棚のはるか上に放りなげた弟子だが、彼女の場合はむしろレットの影響の方が大きいのではないだろうか。
この場でユーモアを交えられる程の心の余裕ができたという事は何にしても有利に働く。
「さあ、そろそろ続きを始めましょう」
ビスカはふぅと深く息を吸った後、改めて決めのセリフを叫ぼうとした。
「四つ! 私をアアイ、愛し、愛してくれくれくれた、おとおとおと、あれ?
もう、間が飽きすぎてテンポ悪くなったから、噛んじゃったじゃない!」
ビスカはセリフをかんだ。それをヴァフォーケンのせいにした。
緊張感もあったものではないがそれを含めて全てこちらのペースだ。
慣れないことをやるからだとレットは微笑んでいるが根本の原因はお前にもある。
「帰ったら、お姉ちゃんに発声練習と滑舌の練習をもっとさせないと……にやっ」
なにやらユカリも不穏な事を呟いた。
ビスカは気合いの入れ直しに一度、両ほっぺを叩いてから再び二本の刀剣を構えた。
「言い直し。ふぅ」
深く息を吸い、改めて気持ちを込めた。
「四つ! 私を愛してくれたお父様、お母様の優しい眼差しを覚えている!
五つ! 助けてくれたスミスさん、サフラさんの温かさを覚えている!
そして六つ! 私を大切にしてくれたシルお姉ちゃん、ラナお姉ちゃんが大好きだ!」
一瞬で場の空気がまた引き締まった。それも彼女の才能と性格のなせる技であろう。
貼りつけにされているビスカの本当の姉二人はなにもいわずに微笑みを返した。
レットはその演説を聞き終えた後に笑顔でビスカに言った。
「そろそろこの茶番も最終章だ!
俺達を信じて、ちゃっちゃとヴァフォーケンにお仕置きをしてこい!」
「ハイ! レットセンセ! 行ってきます! 悪い子にはお仕置きを! ですね」
ビスカは笑顔でレット現先生に答えた。
右太刀【おキクちゃん】と左光剣【こまる】を下段に構え、目を閉じ呼吸を整える!
レットとの模擬戦でも披露したワイス流双剣術奥義……。
【花奏大輪舞】=【ロンド・オブ・ブーケストラ】の構えだ。
「ワイス先生に感謝いたします。こんなステキな人達とステキな人生を私に与えてくださりありがとうございます。もう少しだけお力をお貸しください」
ビスカは先代の先生に静かな声で御礼をのべた後、目を開き、ヴァフォーケンを再度力強い眼光でにらむ。そして剣を下段に構えたまま、宿敵に向かって走り出した。
彼は想定外の状況続きで最終手段にでざるをえないほど混乱し追い詰められていた。
いよいよ貼りつけた五人の姉妹の殺害を敢行する事に決めたようだ。
それともそれすらもハッタリなのかもしれないが、見た目本気に見えた。
貼りつけにされた五人娘のそれぞれの首を狙い続けて浮いている剣と槍に短く「ヤレ!」 と命令した。
剣と槍は、その号令で一度引いて反動で勢いをつけて、それぞれの首にめがけて突き刺さした! ……わけではなかった。
五本とも突き刺さるほんの数センチ手前で空中に制止した。
剣先、槍先にわずか数センチ四方のレットの【防御結界盾魔法】が発動していた。
魔法が使える今の状態なら、離れている対象でも防御は万全だ。
魔法防御結界が解除されたと同時に、フェシーともリンクしていた。
それだけでない。彼は自分だけではなく、妹達の所有物(武器とペンダント)を介してビスカともリンクさせ、視覚や聴覚、意識を共有し、かつ彼女の能力を若干ではあるが底上げしサポートしていた。
ビスカは意識共有せずとも、姉妹の危機はレットがなんとかしてくれると信じていたため、彼女らの無事を確認することもなくヴァフォーケンだけを一点に凝視して走った。
「七つ! 新しい私を教えてくれた先生であり、優しいお兄ちゃん!
全てを包み込むレットさんの大きさとがんばり、大す……ほ、本当にありがとう!」
ビスカは加速した勢いで大飛翔したが、二階テラスにいるヴァフォーケンまでは届くはずはない。
だが空中で自然落下する寸前で足下に見えないなにかを感じ、それを踏み台に右足、左足と階段をかけ上るように二階テラスまで飛ぶ。文字通りの【エアウォーク】だ。
それは、森で襲撃者をユカリが投げた時にステップしながら高くジャンプしたのと同じ原理で、レットが防御結界盾の見えない踏み台(階段)を創っていたのだ。
いよいよヴァフォーケンと同じ目線の高さにたどりつくことができた。




