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森のブーケストラ 〜私が女王になるまでの物語〜  作者: ヒロA


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第二十一章 一緒にきて欲しい! いや、一緒にこい! 君が必要だ!

 物事が動き出す時はいつも突然訪れる。前触れはあったのだろうが、得てしてそれに気づく事ができないものだ。楽しい時を過ごしていた二人なら尚更だろう。

 ……二、三時間たっただろうか、【フェシー】の部屋で、作戦会議をしていたレットとビスカは一時休憩をとろうとリビングに向かった。

 階段を上る最中、なぜかレットとビスカは背筋に悪寒を感じた。疲れが溜まっていたのだろうか……いやそうではなかった。

「お前誰だ! どちらさ……! きゃ~! ワウォ〜ン!」

 家の外にいた三姉妹とこまるの叫びに二人は大慌てで外にでた。

 事態はいつも静かなところからいきなり急変する。二人はわが目を疑った。

「なんだ?!」

「なに?!」

 ありえない。そんな事はありえない。そこには……宰相ヴァフォーケンがいた。

 しかもたった一人で。

 ヴァフォーケンは五十歳前半の赤みがかったシルバーブロンド髪に魔法により染めていた。元王国軍の将軍であり体格もがっしりしていた。レットの記憶の姿形より年はとってはいたが、雰囲気と、あの目、あの口もとを忘れる事はできない。

(なぜここがわかった? なぜここにくることができた? なんで一人で?)

 レットは多くの疑問が瞬時に沸いたがその答えを探しても見つけられるわけはなかった。

 普段とはまるで違う妹達の表情を見れば冷静にいられるはずはない。

 ヴァフォーケンの腕の手から伸びたロープは、三人の妹達をまとめてぐるぐる巻にしていた。ヒマワリはともかくサクラとユカリがそう簡単に敵に捕まるタマではない。しかし現実は目の前で簡単に捕まっていた。

 三姉妹はレットとビスカに対して叫んでいるがこの近距離なのにまるで声が聞こえない。

(これは無音魔法か。でもどうしてここで魔法が使える?)

 妹達を無力化している体にまかれた紐、無音魔法、そして、なによりここへの空間転移。

 レットはこの事実に戦慄していた。

 ここは結界が貼られた国内一の安住の地である。しかも結界には自分達以外の魔法を無効化、弱体化する対策もされている。空間転移も自分達以外はできないはずだ。

 【フェシー】による監視態勢も万全だ。その他この森の何重にも重ねた防衛・隠蔽システムも今だ機能している。

 その強固な要塞ですら、それをあざ笑うかのように楽々突破し今、奴はここにいる。

 それも軍隊などではなく単独で乗り込んできた。

 そもそもなぜここに自分達がいる事がわかったのか? なぜビスカを匿っているのがわかったのだろうか?

 警戒を怠ってはない。それでもあちらの方から乗り込んでくることは想定できなかった。

 察知すらできなかった自分の甘さを悔いた。これは自分の招いた失策だ。

 自分達だけで行動するにしろ、レジスタンスなりを創るにしろ、相手の出方を見定め、情報を集め、徹底的に分析をし、戦力を整え行動を起こすのは、三ヶ月、半年、一年、三年、もしくはもっと時間をかけて万全を期す……という方向性は間違いだったのか?

 だからといってビスカがここにきた瞬間、即行動できたのか? もしくはビスカがくるそのもっと前に行動できたのか? 準備をし実力も磨いてはいたがそれでもまだは足りなかった。自問してもノーという答えしかでない。

 単純に相手のレベルが違いすぎるのだ。自分を責めるのはそもそも間違いだ。

 責めても妹を救えない。責める前にやることがあるだろう。できる事があるだろう。

 だが、レットはあせるばかりで何も思いつかない。

 動く事すらできない。心を見通すかのようにヴァフォーケンはにやけながら告げた。

「久しぶりですな。姫。そしてグラス村の小屋で震えて見ていた小僧も」

 レットはたじろいだ。覚えていやがった。やっぱり自分が奴を見ていた事を知っていたのだ。目が合った気がしたのは間違いではなかったのだ。

 悪寒は止まらない。それでも平静を保っているフリだけはしなければあっという間に奴のペースにはまり、やられてしまう。

「私は全て知っているのだよ。お前があの村から逃げてここにいることも。ワイスの元で修行していた事も。ここに隠れて住んでいる事も」

 言っている事はウソやハッタリかもしれない。レットもよくやる交渉術だ。しかしそんな事を気にしている場合ではない。

 まずは対等な状況にしないとならない。いや、少なくとも対等な状況だと相手に思わせなければ活路はない。しかし主導権をヴァフォーケンに常に握られ続ける。

「なんで今まで見逃していたんだ? 俺達を」

「面白くないではないか。カンタンに殺ってしまうのは。

 長い時間をかけて鍛えて研究して準備してものが一瞬で全て無駄になる姿は実に滑稽で面白い。

 追い詰めて追い詰めて追い詰めた先に見せてくれる、絶望に染まった顔を見るのが私の楽しみでな。自分の可能性を全て捨て、復讐するためだけに生きてきた奴の希望を叩きつぶす快感はたまらんのだよ」

 二人は声すらでなくなってきた。【無音魔法】をかけられているわけではない。 

 圧倒され、ただ恐いのだ。今すぐにでも妹達を助けたい。飛びかかりたい。倒したい。そう思っても恐怖をすり込まれ微動だにできない。

「姫がここに逃げてくる事もわかっていた。姫はここにくる事のできるキーをあの男に渡されていた事もわかっていた。だからあえて姫は逃がした」

「まさかビスカを座標にして、ここに転移魔法で来たというのか?」

「ほほほう。さすがにあの男の弟子だな。その通りだ。普通ならこの森の【迷わずの結界】を抜け通れる事など不可能だ。しかし座標となる物があれば私はそれを利用して転移が可能だ。それが姫のブレスレッドというわけだ」

 ビスカリアは自分のブレスレッドを触った。それは両親から送られた大切なブレスレットだったが、ヴァフォーケンに魔法の細工をされていたか、すり替えられていたのだろう。全ては最初からヴァフォーケンの手の内にあったというわけだ。

「ただこのまま蹂躙するのも味気ない。だからお前達にチャンスをやろう!

 ここの空間転移の魔方陣を明日の正午、私のいる所へつないでおく。娘達を助けたければくるのだ。しっかり準備してくるのだぞ。希望を捨てずにな! ふふふ」

 ヴァフォーケンはそう言い残すと、空間転移の陣から三姉妹とともに消えた。

 二人は呆然としてその場に座りこんだ。今すぐ追いたいが、心も体も全力で拒否をした。

 どうする事もできなかった自分達に失望していた。

 憎しみ、復讐心を呼び起こせばひょっとしてまだ立ち向かっていけたのかもしれない。 

 しかしあの目に、あのにけや口に、あの声に、あの威圧感にふれた瞬間、全てが終った。

 自分達を助けるために目の前で殺された両親や仲間の姿、なにもできなくて震えていた自分を鮮明に思いだしてしまったのだ。恐怖心のほうが強く呼び起こされてしまった。

 彼らはまだ二十代前半と十代半ばだ。

 年齢に比べ、様々な経験をし、鍛錬を重ね、重い立場を背負っていたとしても成熟しているわけでも心が強靱なわけでもない。

 無限の可能性を秘めているだけのただの青年と少女だ。

 なにかのキッカケで、繊細な心がいつ折れてもなにもおかしくはない。

 そしてそんな時導いてくれる大人達は今、二人のまわりにはいない。

 それでも……それでも……レットとビスカは、前に進まなければならない。

「ビスカ、大丈夫か」

 折れそうな心、いやぽっきり折れた心を必死に修復しながらレットは告げた。

「おれも君もヴァフォーケンを前にして恐怖でなにもできなかった。

 あの目をみた瞬間、渡り合えるなんて思っていた自分がおろかだったと分かったよ。

 正直、妹達を助けられる自身なんてない。死ぬのも恐い。

 でも俺は助けにいかないといけない。

 自分が死ぬ事より、妹達が死ぬ事のほうがもっと恐いから。

 じいちゃんや師匠や街のみんなのおかげでせっかく復讐という炎を消すことができたのに、あいつらが死ねばまた、その炎がともる自分も恐い。

 俺が妹達を助けてくるまで君はここで待っていてほしい……と言おうと思った。 

 けれど違う。やっぱり一緒にきて欲しい! いや、一緒にこい! 君が必要だ!

 俺だけじゃ正直殺されに行くだけだ。でも二人ならなんとかなる。

 お互いの震えた手足にカツいれて、お互いの恐怖を打ち消し合える。

 妹を助けるのは、兄と姉にとって当たり前の事だ。

 三人は颯爽とお姉ちゃんが助けにくるのを待っているぞ。行けるか?」

「はい!」

「よし、いい返事だ。けれどあくまで妹を助けに行くだけだ。奴にはまだ敵わないのも事実だ。絶対倒そうなんて思うなよ。絶対だ。助けたらすぐ逃げるぞ」

「はい!」

「そして、自分が犠牲になろうなんて思うなよ。みんなが無事生きて帰ってこなければ意味はないんだ」

「レットさんもですよ! 自分が死んでもいいなんて思わないで。ユカリちゃん達も私もまだまだレットさんが必要なんですから」

「……あ、あぁ、もちろん」

 レットは自分の考えを見透かされている事に驚いた。最悪、自分が死んでも妹達だけは助けると思っていたからだ。でもそれでは意味がない。結局妹達とビスカを悲しませる結果になるだけだと彼女に気づかされた。

 勝機はなにもない。作戦もなにもない。二人とも強がる事しかできなかった。

 ただ二人にとって助けに行く選択肢以外はないのだから助けに行く。それだけだった。

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