第二十楽章 この時間がずっと続けばいいのに
その日から、魔王探しも敵の動向の調査も依然続けていたが有力な情報はなかった。
ビスカの姉の行方も手がかりはなかった。
レットはいくつかのパターンを想定していて対策を練っていたが、嵐の前の静けさの如く、宰相ヴァフォーケンは恐い位になにも動かなかった。まるでクーデターすら起こっていないかのようだった。
王都は相変わらず検問が厳しくなってはいたが、それ以外の街では検問が若干強化された程度で大々的な捜索は行われていない。この森まで捜索する意志も感じなかった。
「ん~ちょっと行き詰まっているよな。何も動きがない。何をするにしても、まずはビスカの件が最優先のはずだ。そろそろなにか動きがあってもいいんだけどね」
「そうですね。でもこんな時ほど焦らず行きましょう」
「それもそうだけど、なにか気になるな……もうこうなったら王宮に潜り込んで探ってみるか。今ならまさか潜入されるなんて思ってないだろう。
ひょっとしたら君の姉さんは王宮のどこかに幽閉されているかもしれないしね」
「え、お姉様達は王宮内に捕まっているのですか?」
「あくまで可能性のひとつさ。うまく逃げてどこかで反撃の機会を伺っているのかもしれないし手傷をおって療養しているのかもしれない。それを確認するためにも潜り込む意義はある」
「でも、それは危険では?」
「ああ、リスクはもちろんある。王宮には師匠の永久防御結界も張られているしね。
魔法が思うように使えないだろうけど、やりようによっては有利に事が運べる」
「でも……」
ビスカは歯切れが悪い。それはそうだ。彼女はそこから必死でここに逃げてきたのだから好き好んで戻る事ができるわけはない。
「不安な気持ちは分かる。……というか別に「君もこい」なんて言ってないよ。
君は最後の希望なんだ。わざわざ危険に晒されに行く方が間違っている。
それに隠密行動なんて次期女王には最も不得手なはずで、かつ最も相応しくない行動だ。
君は王道を行くべきで常に堂々とした態度であるべきだ。
だから汚れ仕事は俺達に任せろ。ユカリかサクラのどちらを連れて行くさ」
……とレットは言ってはみたが、今の現状だって充分隠密行動の一部なのだがそこは言わなかった。
彼女も理解はしているけれど心では納得できなかった。自分だけ安全な場所でのうのうとしてレット達だけを危険に晒す行為は許容できなかった。
「でも、もちろん君に協力はしてもらう。ちょっと待ってて」
ヒイロはどこからか両手いっぱいに紙筒を抱えて戻ってきた。テーブルの上に何枚かの巨大な図面を広げた。それは王宮の内部図面と周辺の詳細図だった。
「こ、これは……」
「俺達だって何年も遊んでいたわけではないよ。ヴァフォーケン打倒のための情報収集、準備はしていた。ただこれはあくまで念のためにやっていただけ。本当に役立つ日がくるなんて思わなかったけどね」
この図面群は、ただヴァフォーケン打倒のためだけではない。万が一、魔族の末裔達と王国が全面戦争になった場合のためでもあった。実際【魔王狩り】という前例もある。
「これだけのものを創るなんて、どれだけの時間と努力を費やしたのか想像できません。ただただ圧倒されます。尊敬します」
「いや~、褒めてもらうのはうれしいけれど、これは、王国にとっては【やばいやつ】なんだけど。場合によっては極刑案件だ。
これを利用されれば王国が転覆しかねない、敵から見れば宝の地図だ」
「あの~……これを利用されなくても、すでに転覆しかけているので大丈夫かと……」
「おおぉ、それもそうだな……って、おおおおぃ!」
「……はははっ」
無自覚にボケてしまったビスカの言葉に、二人して笑いあった後、気を取り直して話しを進めた。
「ただ、これだけじゃまだ不十分なんだ。あくまで表の情報しか記載されていないし、正確性にもかける。そこでだ。君の王宮の知識をここにプラスしていく。公にされていない場所や秘密の通路とかあるはず。もちろん君に拒否権はあるから無理は言わない」
その言葉で逆に、この天然姫はいきなり胸をはって誇らしげに話しはじめた。秘密にしておかなければならないはずなのになんだか楽しそうだ。
「そこはまかせてください。私は幼少の頃、王宮から隠れて街へ抜け出すために、あらゆる隠し通路や隠し部屋に精通しました。それにかくれんぼも大得意でした。いつも魔王役(鬼役)のお姉様は私を見つける事ができなくて、結局最後には私が自ら見つかりに行った位です」
「ははは、それは心強いね。というか君以上の適任者はいないね。なら早速はじめようか」
「はい!」
ビスカは俄然やる気をだして様々な場所を指を刺しながら熱心に説明し、レットは図面に書き記した。
レットは思っていた。この時間がずっと続けばいいのにと。こんな準備をしている時間がなにより貴重で楽しい事なのだろう。時が経てば、今のこの二人の共同作業の時間を思いだすのだろうなと少しセンチな気分になった。
この計画は思いつきで言っただけで実際実行に移すかどうかは決めあぐねていた。
この図面が役に立たないですむようなハッピーエンドを彼は望んでいた。




