第一楽章 迷わずの森の兄妹
海、山、森と自然にかこまれた優美な大国フレグラント王国。
王都オーヴは王国の丁度中央に位置し【その森】は、王国の最南端にあった。
【その森】足を踏み入れても、気がつくといつのまにか元いた入り口にたどりつく。
故に【その森】の全容は誰にもわからない。
【その森】はいつしか【迷わずの森】と言われるようになった。
あなたがもし幸運の星の下に生まれた人、もしくは選ばれた人ならば、入り口へ戻る事なく奥深くへ進む事ができるだろう。そして見た事もない絶景を目にすることができるだろう。
妖精達の楽園が広がっているような光景はあなたを優しく包み込んでくれるはずだ。
だがその風景を目にする事は決してありえない。
森の奥まで踏み込めた者が今だかって誰一人もいないのだから……。
「愛しのラヴィちゃん。どこいった~? 隠れてないででておいで〜!
あ、見〜つけた!」
森の中で黒いおさげ髪の少し幼い少女が走っていた。
ブロンド髪の少女がこの森へ入った数時間後の事だ。
少女の目線の先にうさぎによく似た金色の小動物が必死に逃げまくる姿があった。
大きさ、俊敏さ、こまわりのよさ、どれをとっても少女がその小動物を捕獲する事は難しそうで、その小動物も逃げ切れると本能的に確信していた。
しかし気がつくと後ろから追っていたはずのかわいいハンターはなぜか自分の目の前にいて、わけもわからず捕獲されていた。
「魔王ごっこ(鬼ごっこの事)は私の勝ちだね。ラヴィちゃん」
少女は勝ち誇った顔でそう答えた……。
うっそうと茂る【その森】の奥に開けた場所がある。
そこに一軒の二階建ログハウスと、周りに数軒の小屋があった。
その他に家らしい建物は見当たらない。この家だけがひっそりと建っているようだ。
その家の少し先には大きな湖が広がり、退屈そうに一人の黒髪の青年が釣りをしていた。
庭先ではハーブを栽培しているらしく、黒いロング髪の少女が葉っぱを摘んでいた。
敷地の一角にある畑には黒いボブ髪の、より幼い少女が自家製のトマトを摘んでいた。
先ほど森で魔王ごっこをしていたおさげ髪の少女が帰ってきたようだ。
大きな袋を引きずっていた。ご機嫌さとすまなさが同居した顔で、その袋に話した。
「ごめんよう。しっかり美味しく食べるから許してね」
その少女は決して残酷なわけではない。森の奥で自給自足の生活をしていれば、全てが自然が与えてくれた恵みである。生きるための避けられない行為だ。
全ての動物が食用ではなくもちろん例外は存在する。カワイイと判断された動物は特に。
おさげ髪の少女に向かって、ロング髪の少女【ユカリ】が告げた。
「サクラちゃ~ん! 兄さん呼んで来て~!」
「ほ~い、わかった~!」
【サクラ】と呼ばれたおさげ髪の少女は元気よく返事をして、湖で釣りをしている青年の方へ走って向かった。
「ア~ニ~キィ、魚いっぱい連れた~?」
青年は振り向きもせず、手で大きくバツ印をつくった。
「バカヤロ~! このタダメシ食らいが~!」
青年の背中ヘ向け、躊躇のない少女のドロップキックが飛ぶ。
青年はそのまま前に飛ばされ、頭から湖に飛び込んでしまった。
「ヤロ~サクラ、口の前に手を出すなっていっているだろう。ちょっとは手加減しろ!」
青年はびしょびしょのまま抗議した。
「手じゃないもん。足だもん。それに口が先じゃないもん。同時だよ。本当の力の一億分の一もだしてないし。アニキが超弱すぎるんだよ」
サクラは年齢らしい〈へりくつ〉を言ったがその先は正論だった。
「私が二匹も捕まえたのになんでアニキは一匹も釣れていないんだよ。普通にやってりゃ大量に釣れるでしょ! この無駄飯ぐらいが! 甲斐性無しが! 生活不適合者が!」
少女の言葉に容赦はない。だが青年はそもそも真剣に釣りをしていた訳ではない。
サクラの言った通り、真剣にやっていれば大量とは言わないまでもそれなりに釣る事はできる腕前だ。でも今は真剣ではなく考え事をしており、釣りはあくまで頭の中を整理する為のひとつの装置でしかなかった。
「わかったよ。サクラが全部正しい。
今日の晩ご飯を恵んでくださり幸福の極みでございます。サクラ様~ハハァ~」
「うんうん、わかればよろしい。さ、アニキ、ユカっちが呼んでいるよ、家もどろ!」
笑顔でサクラは湖に浸かっている青年に向かって右手を差し出した。青年はニヤっと微笑みその手をつかみ、湖にサクラを引きずりこんだ。
「やろ~くそ(ア)ニキ~、やりやがったなぁ。人の好意を台無しにする奴には魔王から天罰がくだるんだよ!」
「お前の汗と汚れを流してやったんだよ! 逆に感謝しろ! 魔王の娘が!」
「誰が魔王の娘だって~! 女子は汗かかないんだよ! それに乙女は決して汚れない。
いつも清潔なんだ! ラブコメ呼んで勉強せい! 鉄拳制裁パーンチぃ!」
青年に本日二発目がヒットして、青年は態勢をくずし再び湖に沈んだ。
「兄さ~ん、サクラちゃ~ん、遊んでないでいい加減こっちきて~」
業を煮やしたロング髪の少女【ユカリ】の声が家の方から飛んできた。
「おぅ! すぐ行く~!」
「ほ〜い! すぐ行くぅ~!」
湖で戯れる兄と妹は、右手を挙げ同時に答えたがすぐには向かわず二人で決闘? 水遊び? の続きをやり合った後、ユカリの怒りが交じった二度目の催促で家に戻っていった。
緑に囲まれ、美しい湖のほとりにあるこの家には青年一人と少女三人が住んでいた。
決して奥深くまで踏み込む事ができないはずのこの森の中で……。




