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森のブーケストラ 〜私が女王になるまでの物語〜  作者: ヒロA


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第十六楽章 俺達の中で一番強いしカワイイんだ

 ……せっかくのピクニック気分に水を差された一行は、ひと休みした後に森へ突入した。

 途中までは整備された道で、途中からは見つけた獣道へ入る。一行の前方には一体の光の精霊ウィルオーが先導する。森の中の獣道にそって、数十分歩いたけれど手がかりはなかった。先行して解き放った他の十体のウィルオーからも特に新しい情報はない。

「やっぱりなんかおかしいな。森のオーケストラが響いていない」

「え、森のオーケストラ?」

「そうさ、森のオーケストラって……」

「それはね。お姉ちゃん」

 レットのビスケの会話にユカリが割ってはいってきた。

「森には風のささやき、鳥のさえずり、羽ばたき音、動物の鳴き声とか足音、川のせせらぎの音とか、いろんな音が響いているでしょ。

 全ての音を調和させているのは、森の妖精達って言われているの。

 その音楽は、森によっても違うし、同じ森でも季節や日、時間によっても違う。それどころか聞く人によっても違う。同じものが一つもない癒やしの演奏会。それを森のオーケストラって言うのよ」

「その言い方、なんだかロマンチックでステキですね」

「ああ、そのオーケストラの音色がまるでない。音がないわけじゃないけれど、存在感があまりにも薄いんだ。まぁ、俺の気のせいかな?」

「この辺りに動物がいないのではないですか?」

「そうだね、考えすぎかもね。こんな感じがこの森のオーケストラの特徴なだけかもな」

(なにか魔獣が影響しているのか?)

 ビスカに対して、あくまでおだやかに日常会話のように話していたが、レットは警戒と思考をフル回転させていた。

 慎重に気持ちゆっくりめに歩をすすめた。木々の合間から少し開けた場所が見えた。

「お昼(ご飯)をもってきて、あそこで食べてもよかったですね!」

 ユカリはレットの緊張感を和らげるためにあえて呑気そうに言った。

「ありがとうユカリ。ちょっと気がはりすぎていた。とりあえずあそこで休憩しよう。作戦の練り直しだ」

 ユカリの気遣いに感謝した。どんなに平静を装っているつもりでも筒抜けだった。

 開けた場所に向かって、サクラと、ヒマワリが走り始めた。

 サクラとヒマワリが開けた場所に足を踏み入れようとした瞬間、ピーン……とレットは今までにない突き刺さるような、空間が凍るようななにか不思議な感覚に包まれた。

(なんだこれ、まるで空間が歪んでいるような、空気が止まっているような変な感じだ)

「サクラ! ヒマ! 止まれ! 危ない!」

 サクラとヒマワリはその声で急ブレーキをかけた。先までとは明らかにおかしい。

「なんか気持ち悪い。頭がくらくらする~」

 サクラが突然もがき始めた。

「サクラ、だいじょぶか? みんなもだいじょぶか?」

 それぞれ頭がズキズキやクラクラしているような酔った感じで、手で頭を押さえている。

「な、なんですか、これ」

 ビスカが頭を抑えながらレットに問いかける。レットとユカリだけは、大丈夫なようだ。

 ユカリはサクラとヒマワリのそばに寄り添い看病をしている。

「大丈夫さ。頭痛はすぐ収まる。あいつが元凶だ!」

 レットは前方に指を差して答える。指をさした先、広い場所の奥の方に、青白い炎をまとった四速歩行の魔獣がいた。

 魔獣は全長三〜五メートルはあるだろうか。犬や狼、獅子と呼ぶのには大きすぎる。仮に五人がまとめて背に乗っても平気だろう。

 レットはじっくりと観察していた。足下を見ても特に変わった様子を見つけられない。

 空中に浮いていたとしても、見た目は地面に足がついているように見える。炎なら自分の足下の草が燃えていたり焦げているはずだ。全身の炎による熱気も感じない。それに、魔獣のそれとわかる匂いもしない。

「こいつなにかおかしい。フェンリル(狼型魔獣)が炎をまとっているわけじゃないのか」

 レットは当初、魔獣や動物がなにかの理由、もしくは誰かによって、炎をまとわされたと予想していたのだがなにかが違った。

 もし、そうなら楽な方法はある。例えばまとっている炎を消す、もしくは炎を脱がせれば、元の単なる普通の獣になって生け捕りなり倒すなりグッと楽になる。

 いや、普通ならその方法の方が難解かもしれないが、レット達にとっては正体不明な魔獣に比べ、そちらの方が簡単だ。でもどうやらその方法も意味のないようだと直感した。

「フェアリーズ・シークレット・ベースとのリンク開始」

 レットはかっこつけて呟くと両目とも若干光り出す。

 繰り返すが別にそんなたいそうな事をいう必要はない。繋がれという思念とその思いを乗せた言葉だけでいいのだ。目に数式のような文字のような羅列が次々映し出される。

 今、彼の目は、いや、彼の脳も、五感も【フェアリーズ・シークレット・ベース】=【フェシー】と直結されたのだ。

 彼は天才ではなかった。彼の妹達に比べても潜在的な才能は圧倒的に少なかった。

 魔法を使う事も、闘う事に関しても、何をするにしても不器用で才能が乏しかった。

 だから彼はだれよりも努力する。工夫する。利用する。思考する。行動する。

 才能がないからこそ、自分の能力を補完する魔道具を、師匠の知恵を借り創り利用した。

 才能がないからこそ、才能がある者の才能を引き出す役に回った。

 才能がないからこそ、ひたすら知識と経験を蓄え、思考力を磨いた。

 才能がないからこそ、少ない才能を最大限に活かす道を探した。

 才能がないからこそ、まだ知らない自分の才能を探した。

 ……妹達を守るために。妹達の笑顔のために。

 ……魔族と人間がわけ隔てなく笑いあえる世界の実現のために。

 そしていつか偉大なる賢者、宮廷魔導師ワイスと肩を並べ越えるために。

 ある意味、その思考、行動の全てが誰にも持ち得ない彼だけの突出した才能と言えた。

 そして……才能がないからこそ才能を補完すために、師匠の設計した知識の結晶体【フェアリーズ・シークレット・ベース】の研究を受け継ぎカタチにした。

 ちなみに目が光ったり文字が映しだされるのはレットがかっこいいからと演出をしただけだ。リンクしても本来見た目はなにもわからない。魔法を隠す気がないのか。

 普段は、多くの光の精霊ウィルオーが行っている役割を今、レットが担っている。

 【フェシー】と直結した事により、動態視力をはじめ、五感と思考速度も何倍も加速される。彼の目をはじめ五感から得られた情報は【フェシー】に転送され、その場の状況が瞬時に集約され分析される。その情報がレットにフィードバックされる。

 【フェシー】は決して万能ではない。現代でいう人口知能(AI)が備わっているわけでもなく、彼の魔法の補助以外には通常、分析結果を提示するだけだ。 

 最適解を提示してくれるわけでもない。相談にも乗ってくれない。レット自身が分析された予想や可能性の中から取捨選択し自ら考え最適解を導き行動に移すしかない。

 あくまで通常の使用ではだが……。

 

 白い光の炎をまとった狼のような魔獣の分析を始める。ひたすら【見続ける】のだ。

 生き物というカテゴリーとしてではなく、単なる固有の一情報体として。

 その間、魔獣も待ってはくれない。容赦なく、猛り狂ったように襲いかかってきた……ように見える。本能のおもくままに、理性もないままに……。獣だから当たり前かもしれないが。

「サクラ、攻撃していいぞ。あの光の炎は触っても問題ない。燃えているわけではない!

 ちょっとだけ時間を稼いでくれ!」

 現在、あの炎は触っても害がないというところまでは分析できた。

「アニキ! オッケイ! ラジャー! かしこまり!」

 その言葉を待っていましたとばかりにサクラは戦闘態勢に移行する。

 少女はおとり役を自覚しつつ行動に移る。【倒してもよい】という命令ではないからだ。

 魔獣の繰り返す突撃をさけては一撃パンチをいれて、避けては一撃入れてを繰り返していたがまるで効いていないようだ。おとりもそう長くは続かなそうだ。

 情報収集に全力をつくすため、ただ【視ていた】レットの目と、魔獣の目があった。

 魔獣は危険を察知したのか、新たなる獲物と思ったのか、サクラに相対するのをやめてレットに突撃してきた。

「きゃ~、レットさぁぁん!」

 叫んだのは、大木の影にヒマワリと一緒に隠れて見ていたビスカであった。

 今まで、呼び捨てでいいといわれたけれどそれはまだ、できていなかった。

「あなたは……」とある種の距離をおいた言い方や名前を使わない言い回しで接していたビスカがとっさに初めてレットの名前を呼んだ。さんづけではあったが大きな進歩だ。

「だいじょうぶだよ。お姉ちゃん」

 手をつないでいた、ヒマワリは静かに告げた。

「えっ」とビスカは、ヒマワリの顔を一瞬みつめ、特にかわった様子のない事を確認し、再びレットのほうを見るが、魔物とレットがぶつかる寸前でまた目をつぶってしまった。

 ドンッ! と鈍い音がした。しかし、衝撃音というにはビスカの予想よりかなり小さい。

 目を開くと予想外の事がおこっていた。

 ぶつかりそうだった魔獣は、レットの目の前で、レットをさけるように若干左に方向転換しており、レットの左後方へ魔獣はいた。

(え! レットさんがよけたの? なにが起こったの?)

 瞬間目を閉じていたビスカは、なにがどうなったのか解らなかった。

 魔獣は振り向き、レットに再突進する。

 今度はレットの右側をすりぬけた。正確には【なにか】に当たって微妙にまま魔獣の方が進路を替えられた。

「ね、大丈夫でしょ? お兄ちゃんはねぇ、強いんだよ」

 ヒマワリが微笑む。安心させようとしてかレットも続いて大きな声で叫ぶ!

「心配するな! 俺達は強い! 安心してそこでしっかり見ていろ! 一部始終を!」

 その間も魔獣は方向転換してはレットに突進していた。

 レットは一歩も動く事なく見えない何かで魔獣の方向を少しだけ変えた。

 右に左にドンドンいいながらまるで魔獣の方がぶつかる直前で避けているように見える。

「俺はサクラのように攻撃に特化した魔法はない。けれど守らせたら誰にも負けない!」

 彼は、空気盾、見えない極小範囲の結界をつくっていたのだ。

 常時全面に貼っていたのではなく、一方のみ、しかもごく小型の食パンサイズの盾のような結界を魔物がぶつかる瞬間のみ貼っていた……というよりそれより大きな強靱な盾は創る能力は彼にはなかった。

 防御結界盾といえど、正面から受けたらひとたまりもない。魔物の突進にあわせて絶妙な角度をつけて受け流していた。

 実は同じような事を先ほどの【今晩カレーになるカワイクないぶたさん達】との戦闘でも使っていた。その時はサクラの拳、肘、膝、足先等、サクラが攻撃した際、サクラが敵に当てると予想された箇所に極々小サイズの柔らかい結界盾を展開させた。

 サクラの攻撃と敵の間に緩衝体をつくり、衝撃を緩和していたのだ。死なない程度に絶妙な強度の結界盾を作る事ができたのは、普段自分が身をもって妹の攻撃力を体験していたからだ。

 

 得体のしれないなにかに阻まれ続け、ますます魔物の怒りが増したのだろうか。

 魔獣はすぐ飛びかかるを一旦やめ制止し、レットに向かって吠えだした。そして、後ろに体重をかけて前身に力をいれて、全力全開の再特撃態勢に移行する。

「アニキ!」

 サクラがレットに叫ぶ!

「おお、こい!」

 これだけで二人の意志疎通は充分だった。二人はお互い何をしたいのか即感じあえた。 

 別に事前に打ち合わせをしていた訳ではないが、その言葉だけで充分だった。

 サクラはすでにダッシュで走り始めていた……魔獣ではなくレットに向かって。

 そしていつものようにレットに飛び蹴りをかます……のではなく、レットが自分の目の前に創った、見えない盾に向かって両足で着地し、その反動で、すでにこちらに突進してきた 魔物に向かって飛び込む。

 レットもサクラが飛び出すタイミングを合わせて、結界盾を押し出し加速力を付け足す。

 サクラはそのまま右拳を後ろに引いた状態で飛び込んだ。

「サクラちゃんライトニングメテオォォォスパークリングクラッしゅぅぅぅぅう!!」

 反動で得た力に加え、全身全霊を込めたパンチが魔獣の右頬にヒットした。

 サクラのパンチの名称はいつも違う。力加減や魔力量は変われど基本効力は同じものである。その場のノリでテキトーに叫んでいる。いやテキトーと言うには少し語弊がある。

 言葉は力を生む。本人が「これが最強」と思った言葉は、例えどんな言葉でも強さを生む源になる。パンチやキックをする瞬間に思いを込めて言葉を一緒に発する事こそ重要なのである。

 ヒットとした瞬間、ドスーン! という音とともにサクラは吹っ飛ばされた。しかし魔獣もサクラの倍以上後ろに吹っ飛ばされた。

「イタタタタ! でも効いている!」

 サクラは感触で今までよりもかなりの手応えを感じていた。

 その状態を【視ていた】レットは叫ぶ!

「サクラ! ユカリ!」

「うん、わかった!(サクラ) はい、わかりました!(ユカリ)」

 サクラとユカリは兄の呼びかけに両方瞬時に反応し三人の意志はひとつになっていた。

 魔獣の目線に入らないよう、ビスカとヒマワリとは別の場所で木の陰で見ていたユカリが、前に出てくる。

 両手に白い手袋はめていた。手袋の甲には花のような模様が描かれていた。

 いつのまにか、レットから受け取っていた長尺の袋からおもむろに中身を取り出した。

 それは、鞘に入った大剣……いや、長尺の太刀であったが明らかに入れ物より長い。

「兄さん、この子長すぎるわ。鞘から取り出す時いっつも大変だよ。

 もっとカワイイサイズにしようよ! もう!」

 兄曰く、カワイイ女子がバカでかい剣を振るからインパクトがあって余計カワイクなるんだとの事だがユカリはどうも納得できない。もっと優雅に華麗に美しくスマートに闘いたいのだ。だからこそ、ビスカの美しい剣技が余計に尊く感じるのだ。

 兄に愚痴を言いながら鞘から器用に太刀を抜くと右手のみでそれを天にかかげた。

 それだけも普通の人が見ると驚く事だろう。身長にまるで釣り合わない自分の二倍ほどのものを苦もなく掲げたのだから。

 若干歪曲した美しい片刃の太刀が太陽光に反射し神々しく、いや、よりカワイク照らす。

「行くよ。おキクちゃん!」

 自分の二倍ほどのある【おキクちゃん】と呼ばれたその太刀をおろし、今度は両手でしっかり持ち直す。

 ユカリの行動理念はカワイイかどうかなのでもちろんその武器にも自分がカワイイと思った名前で呼ぶ。正式名称はレットが名付けた【キクイチロンゲストブレード弐型】だが、一度もその名称で呼ばれた事はない。

 少女が構えたその瞬間、表情もまとっていた空気感も変わった。

 普段の優しい癒やし系の雰囲気はどこにもなかった。

 ビスカは先ほどから、驚きで固唾をのんで言葉すら出ず見入っているだけだ。

「いっくよ~、ユカッチィィィ!」

 サクラが叫び、今度はユカリめがけて突進した。

「おっしゃぁ、バッチこい! サクラちゃん!」

 ふだんのおしとやかさはどこいっちゃったの? 力強い声で、まるで現代でいう野球のバッターの構えで待ち構えていた。左打者だ。四番打者の風格だ。

 このままだと自分が斬られかねないというのにサクラは躊躇なく飛び込む。

「そりゃあああ、天まで飛んでけ~~!!!」

(いや天まで飛んでいくのはまずいですよ。ユカリさん)

 遠くで見ていたレットは心の中で突っ込む。

 サクラの速度に合わせて、ユカリはかけ声と共に右足を若干上げておろし、そのまま、腰を回し下半身主導の美しい理想的なスウィングで三メートル弱の巨大な太刀を力強く振り抜く。 

 天性のスラッガーだった。満振りした太刀に向かって飛び込んだサクラは、斬られる手前で一回転して刃に両足で着地し、その反動を利用し逆方向へ飛んでいく。

 サクラの足と太刀の間には、ミートの瞬間のみレットの防御結界盾がさりげなく張られているのでサクラが切られる事も太刀が折れる事もない。

 矢のような打球……いや、矢のようなサクラが魔獣へ強襲する。

 キレイなピッチャー返し……ではなくいわば魔獣返しだ。

 先ほどの兄妹での連携攻撃は、【盾を踏切台として加速したサクラ】プラス【盾の押し出しの力】だった。今度は【加速したサクラの力】プラス【ユカリのスイング】で、スピードと威力は何倍にも増強した。

「サクユカ・フラワームーン・ウィンドゥ・ワルツ~!!!」

 今度は両手の拳を頭の前に上げ、しかもきりもみ状にまわりながら、魔獣に突き刺す。

「ドッゴーン」

 魔獣は飛ばされ、うしろの大木を次々と木っ端みじんになぎ倒し五メートル程飛ばされたところで勢いが止まった。魔獣はぴくりともしない。

「うっしゃ~!」

「やったわ~! わーい!わーい! カワイイは絶対勝つ! カワイさの勝利ね!」

 サクラも打撃の反動で飛ばされしたが、無事の様で座りながら雄叫びを上げ、両手でガッツポーズをした。

 ユカリは、威圧感を解き、太刀を地面に置いて両手を挙げてキャッキャしていた。

「やった~、やった~、勝った勝った勝った!」

 固唾をのんで見守っていたビスカとヒマワリは両手をにぎり合いながら、ジャンプして喜んでいた。……が、喜びはそんなに長くは続かなかった。

 ピクリとも動かなかった魔獣がいきなり起きだし、咆哮したのだ。

 咆哮した魔獣はゆっくりと前進してくる。目線の先にはビスカとヒマワリがいた。

 獣の本能というべきか一番弱い獲物を襲うといわんばかりに今まで認識すらしていなかった弱そうな二人をターゲットにしていた。

「うわ、やば!!」

 サクラが叫んで、助けに向かおうとするが先ほどの全力の攻撃で力がぬけて動けない。

「ヒマちゃんとお姉ちゃんは私が守る!」

 ユカリは高速で突進しそのまま太刀を水平に構え、暴走を始めた魔獣に対して一閃を見舞う。

「せいや~!!!」

 見事、魔獣は上と下に切り裂かれた……かに見えたがまるで手応えがない。

 確かに太刀は体に届いているはずなのにまるで切った感触がない。

「この魔獣、実態がないの? カワイさがまるでない……」

 ユカリはナゼ? と言う表情を浮かべた。言葉は意味不明だった。

 ユカリに素直に斬られる事がカワイイとでも言うのか?

 魔獣の勢いはユカリの攻撃に若干揺るんだ様にも見えたが止まっていない。

「ん、これはどういう事だ? ……なんだ、そういう事か」

 頼みのレットはというと、一言ぼそっとだけ呟いてそれ以上微動だにしない。

「私にまかせて、ヒマちゃん!」

 ビスカはヒマワリを自分の後ろに隠し鞘から剣を抜こうとした。

(あ、あれ、ぬ、ぬけない)

 剣を抜くことができない。握ってはいるが、力が入りすぎてまるで動かす事ができない。

(なに、わ、わたし、どうしたの、動いて~お願い、動いて~)

 剣の柄に手をかけたまま、自分の体がウンともすんともいわない。

 手が震えているのもわかった。別の場所に動こうにも足も震えて動けない。

 恐怖していた。目の前の本物の魔獣に恐怖して硬直していたのだ。

 先ほどは傍観者として強すぎる味方をみてどこか他人事だった。サクラとスモーしていた優しい魔獣達を眺めるように、ここでもまるで劇場やサーカス、闘技場などの客席で観覧しているかのような錯覚を起こしていた。

 目の前に突進してくる本物の魔物を見て、現実に戻った。

(恐い。死んでしまう。助けて。誰か!)

 ビスカは声にならない声で叫ぶ。当たり前だ。どれだけ剣の達人でも、どれだけ強くても、あくまで稽古や練習、試合の場でしかない。

 第三王女である彼女に、生死をかけたガチの実践経験なんてあるわけはないのだ。

 自分の剣技に自信をもっていたがそれは過信以外の何物でもなかった。

 過信が生んだ傲慢。そのせいで私だけではなくヒマちゃんも殺してしまう。

 ビスカは後悔したりないほど、自分の未熟さと情けなさ、弱さと恐怖に心を砕かれた。

 魔物はお構いなしに突進を止めず目の前に近づいてきた。

 いよいよ立ってもいられなくなる。しゃがみ込んでしまった。

 それでも本能でヒマワリだけは守ろうと自分の背を魔獣に向けて震えながらもヒマワリを抱き包んだ。ビスカは覚悟した。その瞬間……

「ありがとう、妹を守ってくれて」

 その声が頭の中で聞こえたような気がした。

 魔物は今だうなっているが、ビスカとヒマワリの目の前で、金縛りにあったように前へは進めない。レットが魔法を発動したのだが今回は【防御結界盾魔法】ではなかった。

 なぜかと言えば、正体の分析が完了し、別の魔法の方が最適とわかったからだ。

 防ぐ事もそらす必要もなかった。ほんの少しだけ時間稼ぎができればそれでよかった。

「おねえちゃん、だいじょうぶだよ。ヒマにまかせて」

「ヒ、ヒマちゃん?」

 ビスカに抱き包まれていたヒマワリはやさしくビスカの手をほどき立ち上がり、魔獣に向かった。牽制している魔獣に怖がりもせず近づいていく。

「ヒマちゃん! あぶない! やめて、お願いやめて〜!」

 ビスカは悲痛な声で泣き叫ぶ。ヒワワリはそれでも近づくのをやめない。

 魔獣と目と鼻の先になるくらいまで近づいた。魔獣はヒマワリをにらみつける。

 ヒマワリは、無防備でそっと右手を挙げた。

「だいじょうぶだよ。怖がらないで。私がいるからだいじょうぶだよ」

 その言葉はビスカに向けて言ったのではなく魔獣に向かって言った。

 そして魔獣の頭をなでなでしだした。なぜか魔獣から殺気が消え犬のようにいなないた。

「くぅううううん」

 今度は、抱くように魔獣のほおに自分のほおをすりすりしはじめた。

「よしよし、い子い子」

 まるで動物をあやすような仕草で魔獣はすっかりおとなしくなった。

 サクラはほっとし、ユカリはニコニコし、レットはニヤっとし、ビスカはなにが起こったのか理解できず放心状態だった。

「私が覚えているよ、もう一人じゃないよ。寂しくないよ」

 ヒマワリがその言葉を言った瞬間、光の炎の魔獣はまばゆい光を発した。

 まばゆい光は短い時間で納まり、収まった後、魔獣はその場から消えていた。

 その変わりにぼんやりと極小さな光の玉だけが浮かんでいた。

「こっちおいで、一緒にいこうね、みんな待っているよ~」

 ヒマワリの声に呼応し、差し出した大きめのポシェットの中に光の玉はいっていった。

(なにが起こったの?)

 ビスカはまだ状況を飲み込めてない。

「あれがヒマワリの力さ。俺達の中で一番強いしカワイイんだ。そろそろ立てるかい」

 別にカワイイは正義。カワイイは最強の意味でレットは言っている訳ではなく、実際ヒマワリは強力な能力を持つ。

 いつのまにか近くにいたレットはビスカに右手を差し出していた。

 ビスカは手をつかもうとしてもその手にはまだ剣を握っていて自分ではほどけなかった。

、それに立とうとしても腰くだけでまだ立てなかった。

「しょうがないな。よっと」

 レットはおもむろに、ビスカをお姫様だっこで抱きかかえた。

「きゃああああああああっ」

 ピシッ! とっさに剣を放すことができ、そのまま平手を飛ばせたが、抱きかかえられ態勢も悪くあまりヒットしていない。

「あ、申し訳ございません」

 ビンタをしたこと自体をレットに謝る始末だ。

 お姫様だけどなにかとすぐあやまりすぎだ。威厳もなにもない。

「それだけ元気なら大丈夫だな」

 レットはビスカを抱きかかえながらサクラとユカリの所までつれていく。

 ヒマワリもその後に続いてついていく。

「降ろしてください。降ろしてください。大丈夫です。もう立てます。歩けますから」

 ビスカは恥ずかしそうに手足をばたばたして何度もそう叫んだが、森を抜けるまで降ろしてもらえなかった。いつしか暴れることも叫ぶのをやめ、無言になった。

 数十分後、森を抜け、レットは姫を降ろしたのだが降ろした瞬間、【魔王の娘】による恐ろしいお仕置きタイムが始まった。

「チーン! これにて第一期 天国編は終了とさせていただきます。

 続きまして第二期 地獄編に突入いたします! せ〜の!」

 サクラの声に合わせてパンチがとんできた!

 アレ、今回は二撃? 昇天し薄まる意識の中で記憶や感覚が混濁したのだろうか。

 いや、違う。今回は兄の右ほほにサクラが、兄の腹にユカリがいい奴を食らわせた。

 普段はサクラだけだが、今回はユカリも攻撃してきた。

 ユカリはニコニコしているだけで何も言わないから、なおの事恐かった。

 二人ともビスカが歩けない事がわかっていたから兄の行動をしぶしぶ許容していたが内心かなり我慢していた。

「あれほど言ったっしょ! エロあにき! お姫様だっこしていいのは【花ワル】だけだって。(愛読のラブコメ絵画物語【花と月と風のワルツはいかが】の略称)

 このやろう! エロやろう!! そして、エロやろう!!!」

「言葉のレパートリーが枯れたか妹よ。

 でもお姫様なんだからお姫様だっこは何も間違っちゃいないだろ!」

「むかつくから、もう一発だ!」

 レットの弁明はスルーされ、左ほほに、サクラのいい奴を再びくらった。

「ヒマっちもなにか制裁していいんだよ!」

 サクラがおとなしいヒマワリをあおる。今回、それにヒマワリがなぜか乗ってきた。

「おにいちゃん、ちょっとしゃがんで」

「おう、なんだぃ、ヒマ」

 レットはしゃがんでヒマワリを見つめる。

 ぴしっ! ヒマワリの渾身のデコピンが炸裂した。

 別に魔法をつかっているわけではない。普通のデコピンだ。

 やられた~とばかりに、わざとらしくレットは後ろに倒れた。

「あははははははははっ」

 五人が一斉に笑いだした。

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