第十楽章 さっさと討伐終わらせてお洋服たくさん買いましょう
レットは中央のイスに座った。その瞬間、さっきまでなにもなかった手元の空間に無数の光を放つキーボードらしきものが浮かび上がってきた。
おもむろに、ピコパコとキーボードらしきもののボタンを押す。初めて見るものは、その行為自体がなんなのかすら分からないであろう。この世界にも存在するピアノやオルガンのようにステキな音色がなるわけでもない。ただ、そのボタンを押した事を証明するためのピコパコ音がなっているだけなのだ。
感受性や想像力が豊かな人だったら、レットはまるでピアノやオルガンの奏者のようで、その音の連続が音楽を奏でていると感じるかもしれない。
ビスカは残念ながらレットがピアニストに見えるような感性はなかった。ただ不思議そうに、レットの手元と空中に浮かぶ無数のスクリーンを変わるがわる観察していた。
「よし! なるほど……こうでこうで……あ〜間違えた。こうか、こっちはどうだろう」
ビスカと三姉妹の存在を忘れているかの如く、右に左に上に、様々なスクリーンをにらみながらレットはキーボードを打ち続けた。
「こうなると何言っても無駄ですよ。ゆっくり待ちましょ。さ、そこに座ってお姉ちゃん」
ユカリがビスカにそっとイスを差し出す。よく見ると、レットの後ろには四つほどイスがあった。四人はならんで座って、レットの作業が終わるのを静かに待った。
十分が過ぎたくらいだろうか、ヒマワリがウィルオーとの遊びに疲れ、ウトウトとしかけていた時だった。タン! タタン! なにやら、レットは最後のボタンを押した後、ピアニストが演奏を終える時のように両手を上にあげ、わざとらしくポーズをとった。
「よし! 今回はこれにしよう!」
ヒマワリはレットの大きな声に強制的に起こされた。
レットはそのかけ声のあと急に振り返った。振り返った先には、ビスカの顔面が至近距離にあった。あと何センチかでぶつかるほど至近距離であった。
「うわああああ」
「きゃああああ」
二人とも、急な展開に後ろにのけぞる。お互い転ぶ事はなかったがお互い顔は赤かった。
「ご、ごめんなさい!」
同時に二人の謝りの声が響いた。
「アーニーキィ、何ベタな事やっているだよ! お姉ちゃんにあわよくばキスしようとしたんじゃないだろうなぁ! そんな展開、ラブコメ以外で許されると思っているのか~!」
言ったと同時に若干顔が赤くなっているサクラの回し蹴りがレットの腹部に炸裂した。
サクラも自分のいった「キス」という単語が恥ずかしくてそれを隠すために兄をいつもより気持ち強めに蹴った。
ちなみにこの世界では月に一度、絵本形式(現代でいう漫画)の少女向け専門誌フローリアンヌと別冊フローリアンヌが販売されており、多数のラブコメディー作品が掲載され、人気を博していた。二冊とも三姉妹の愛読書であり、サクラのお気に入りは、アザレア=シュシュ先生の【花と月と風のワルツはいかが】(通称花ワル)とアマリウス=シュガー先生の【毒入紅茶はいかが】(ドク入り)だ。
「まあ、まあ、まあ、サクラちゃん、落ち着いて。はい、どう、どう、どう」
まるで暴れ馬を相手にするようにユカリがサクラをなだめた。
「んなことあるか~! 誤解だ。誤解。ビスカがそんな前にいるとは知らなかった。
信じてくれよ。ビスカ、ホントごめん!」
「いえ、私の方こそ不注意でした。私こそごめんなさい」
急に振り向いたレットにも非はあるだろうが、実際のところ好奇心でビスカのほうがどんどん前のめりになっていたのが原因だった。
「それでだ」と、照れ隠しに強引に話しを切り替える。
「明日やることが決まったぞ。明日は、西のサンディの森に出没した魔獣討伐だ!」
「魔獣討伐?!」
ヒマワリをのぞいた三人が、どうして? という意味を込めて一斉に聞き返す。
「【フェアリーズ・シークレット・ベース】……やっぱ長いな。
略して【フェシー】と、俺が導き出した完璧かつ華麗な計画だ。」
「あほみたいなごたくはいいから、ちゃんと説明してよ」
「略すとなんだかカワイクなりますね! 兄さん!」
同時にサクラが批判を、ユカリが賞賛の声を上げた。
サクラは、アニキがこんな事ばかりいっているから、話しがいつになっても進まないんだよと言っているのだ。
ユカリは先ほどは自分達が考案したネーミングを勝手に改名された事に抗議し今度は好意的にとらえてくれたのだ。彼女にとってカワイイが世の中の理であり全ての基準だった。
そんな二人の妹を軽くスルーしてレットは話しを進めた。
「街の噂やギルドの情報を集めると、一週間前から三メートル以上の大型魔獣がサンディの森に出没し周辺を荒らしているようだ。十人程の討伐隊も結成されたがあえなく撃退されたらしい。重症者はでたけれど、幸い死者はいなかった」
ユカリが問いかけた。
「その魔獣と、私達のする事とどこに関係があるの?」
「俺は考えた。魔王の転生って、人間だけに限らないのではないかってね。
転生先は人間だけって固定観念のように決めつけているけれど、俺はその常識自体がそもそも違うんじゃないかと思ったわけ。仮に魔王が強さを手にいれたければその器もずっと強い方がいいだろ? ま、それすらもひとつの可能性であって、やっぱり人間に転生するのかもしれないけれどな。
それにこの魔獣、なぁんか引っかかるんだよな。試しにウィルオーを十体程度その近辺に飛ばしたんだ。姿を確認して、行く前にあわよくば正体を暴こうと思ったけれどまるで見つける事ができなかった。結界かなんかで見つけられないようにしているかもしれない。なにか普通の魔獣と違うから実際に行って会ってみたいんだよ。もし珍しい新種や絶滅危惧種で、かつ話しのわかる穏やかな奴なら連れてきて保護もできる」
「ま、ま、ま、魔獣のほ、ほ、保護!?」
ビスカは何度目かの驚きの声を上げた。ここにいると驚かない時がなかった。
「ああ、魔獣の保護さ。俺達の重要な仕事のひとつさ。魔獣の生態を調べる事でいろんな事がわかる。この世界の真実や歴史とかもね。なぜ純粋な魔族だけがいなくなり、魔獣や魔物だけがこの世界に残ったのかの真実へと辿りつける可能性もある」
「そんな事が可能なのですか?」
「ああ、あとで見せてあげるよ」
師匠ワイスと義父の共同研究を引き継いで魔獣の保護・生態観察・研究をしているレットはむしろそちらの方が最大の理由だった。
「うぉぉ、楽しそう。サクラ、闘ってみたい。倒してみたい!」
「うわぁ、楽しそう。ヒマも、会ってみたい。なでなでしたい!」
今度はサクラとヒマワリが同時に別の感想をもらしたが、どちらもウキウキだ。
「あのう私も連れて行ってもらえないでしょうか。戦力にならないで足でまといになると思いますがここにじっとしている訳にはいきません!」
呑気な感想の少女二人とは別に、ビスカは一人だけ真面目な顔でレットに嘆願した。
(危険な場所にも積極的に赴こうなんてやっぱり普通の姫様とは持っているものが違うな)とレットは感心していた。
「あぁ、もちろん最初からそのつもり。俺達は家族だ。一心同体だ。危ないから待ってろなんて言わない。危なさも怖さも大変さも共有して、協力して一緒に乗り越えて行くんだ。
本当のキズナってものは逃げていても遊んでいても何も築けないモノさ。
一緒に困難に立ち向かってそれを乗り越えた先にあるんだ。
俺はみんなと一緒に乗り越え、一緒に笑いあいたいからね。
それにもう一つ。君にはその先にも大義がある。そのために危ないからといってここで引きこもってもらう訳にはいかない。リスクヘッジをしつつ積極的に外に出て、いろんなものを見て、聞いて、体感して考えなければならない。それが良き女王の道へ繋がる。
それは女王を目指す君に限った事じゃなく俺や妹達にもいえる。だから俺は妹達も連れて行く。まあ役割分担で残す事もあるけれどね。
君を連れて行くと言ったからには、最大限、安全対策はするしお互いがお互いを守るから過剰な心配は無用だ。君が思っている以上に俺達は強いしね。うぬぼれでも何でもなく」
レットはいつしかビスカに対して教鞭をふるっているかの様になっていた。
ビスカもレットの言葉が故ワイス先生に言われている様にすら感じた。
「本当にワイス先生のお弟子さんなのですね」
ワイス先生を尊敬していた彼女は、レットに面影を重ね、ありし日を思い出し目頭が熱くなっていた。先生は堅苦しい王宮暮らしを紛らわしてくれ、いろいろな世界を教えてくれ、生きる希望や目的をくれ、今の自分をつくってくれた恩人だった。
(なんでだろう。ここに来てから、ずっと涙腺が緩くなっている気がする)
レットは彼女がそんな事を思っているとは露知らず、イイ意味で感情に水を差した。
「でも、実は魔獣とのお見合いはついでだ。真の目的は他にある」
「また、もったいぶりやがって。いっつも話し長いって。アニキ!」
サクラのツッコミ通りレットの説明は遠回りで、余計な事も入ってなかなか進まない。
「コホン。サンディの森の近くには、フレグラント王国第二の都市ナツメディアがある。
【フェシー】があっても実際の目で街の様子を見る事も大切だ。知り合いの情報通もいるしなにか新しい情報が得られるかもしれない。
それに、そこなら王都と離れているし、帰りにビスカの買い物もできるだろう」
「え、私の買い物?」
「君の目的は二、三日でかたがつく問題でもないだろ? ここを根城にして行動して行くなら日用品とか着替えも必要だ。街にでれば気分転換にもなるだろうし。それにビスカの歓迎会 & 新しい家族ができましたパーティーの買い出しも必要だしな」
兄からの説明をきいて妹達は歓声をあげた。
「おおおおお、もっとやる気出た! ア~ニ~キィやるじゃん、グッジョ! グッジョ!
一ミリだけ見直したぞォォ。でもそんないいこと、先に言え!」
サクラに今までより誤差程度、見直された。
「素晴らしいです! 兄さん、さっさと討伐終わらせてお洋服たくさん買いましょう!
ねっ! お姉ちゃん!」
ユカリの頭の中ではすでにビスカリアコレクション・ファッションショーが開催されていた。
「お兄ちゃん……ヒマにも買って買って」
ヒマワリは、ただただカワイかった。
「よし、全員の了承も取れたので明日の準備に取りかかるぞ~!」
「オー!!!!」
テンション上げ上げなため、三姉妹は兄に合わせる心の余裕があった。ビスカは今回かけ声には参加しなかった。その光景を微笑みながら見ていた。




