序章 この先【迷わずの森】。なんびとたりとも踏み込むベからず
花の妖精達は、美しく咲き誇り、軽やかに踊り、優しく微笑む。
花の妖精達は、夢を語らい、希望を歌い、愛を奏でる。
その全てが音色になり、主張し、干渉し、共鳴し、調和し、新しい音色を創る。
森に響き渡る花達のオーケストラ【ブーケストラ】の演奏が今、開演する。
その演目は……【女王誕生までの物語】
「この辺にいるのは間違いない! 街の城門を封鎖しろ! 路地裏までしらみつぶしに探して必ず見つけ出せ! 捕らえるまで帰れると思うな!」
深夜というのに街の外は騒がしく、多くの兵士がかけずり回っていた。
魔獣の出没という理由で厳戒令が発せられ、だが街中には住人はほとんどいなかった。
本当の理由は、逃亡者の少女の捕獲だった。
「ブルーム通りに逃げたぞ〜」
「ラブール街に怪しい奴が……」
「西回廊出入口から誰か脱出した形跡が……」
「東回廊じゃないのか?」
「いやこちらには北に向かったと知らせが……」
情報は錯綜していた。実際に逃げていたのは三人の少女だった。だがそのうちの一人だけが本物の逃亡者だった。
「こっちきてくれ! 路地に怪しい奴がいる!」
フードを被った少女が左手に持っていた光の玉から男性の声が発せされた。
二人の少女は一人の男の指示を受け、街中を走り回っていた。にせの男性の声が出る光の玉を用いて、このウソの情報をあちこちで流し回って撹乱しては倒していた。
「兄さん、こんな感じでどう? そろそろいいんじゃない? 眠いよ〜」
「追っかけっこも飽きたよ。誰もついてこれないんだもん。罠に引っかかりすぎ」
「そう言うな。お前達と渡り合える奴がそう簡単にいるものか」
離れているはずの一人の男と二人の少女は不思議な事に会話が成り立っていた。
「でもなんでこんな面倒な事するの。もっと単純に助ければよかったでしょ?」
フードをあげた黒髪ロングの年上の少女は裏路地の袋小路まで追手の兵士を誘い、その追手の体に軽く触れた。
「ヨロヨちゃん(軽鎧のあだ名)、ツルルちゃん(剣のあだ名)。メチャクチャ重くなって、任務に忠実なステキなお兄さんを地面に寝かせて」
少女の命令? に、軽鎧と剣は異常な重さになって、兵士は地面に這いつくばった。
「な、なにがどうなったのだ。何がおこった?」
兵士は自分になにが起こったのか理解できず、パニックに陥った。
「任務に忠実なステキなお兄さん、お疲れでしょ。お休みになられたらいかが?」
黒髪ロングの少女はしゃがみこみ、その兵士の額を人差し指で軽く押した。その兵士は瞼をゆっくり閉じ眠った。
少女が一仕事終えたと同時に、司令塔らしき男から先ほどの問いかけの返事がきた。
「スミスさん家まで極自然に来てもらうのが目的だからな。彼女自身にも、追われている感が必要なんだよ」
「でももっといい方法があったんじゃない?」
「絶対、楽しんでいるだけだよ。バカニキは」
もう一人の年下の黒髪おさげの少女は追かけっこに飽きたようでわざと別の袋小路においこまれた。そこで追手二人を一方的な素手の攻撃で、のしていた。
「お、彼女がスミスさんとこへ、うまくたどりつきそうだな。もう大丈夫だ。
念には念を入れて、もう少しだけ陽動してから帰ろう」
「了解!」
「ほ〜い!」
その後、一人の男と二人の少女の影は、どこかの建物の高い屋根の上に集合し、そのままどこかへ消えていった。
……その次の日の夜も捜索は続いていた。襲われた兵士達の証言で協力者がいると断定され一層厳重になっていた。王都から逃亡する事が目的ならむしろ昨晩より難しくなったように感じる。
「よし、奴らはあっちに行ったみたいだな。今なら大丈夫だ」
カーテン越しに外の様子をうかがっていた夫のスミスが妻のサフラに告げた。
「さあ私についてきて。裏口から今のうちにお逃げ」
「気をつけて行くんだぞ。でもダメだと思ったらすぐここに戻っておいで」
「サフラさん、スミスさん、本当にありがとうございました。
スープもパンも、ハーブ茶も、ケーキも本当に美味でした。
この味も一泊のご恩も一生忘れません」
「落ち着いたら又食べにおいで。今度はもっと豪華なもの用意しておくからね」
ブロンド髪の少女は泣きたいのをぐっとこらえサフラと深い抱擁を交わした。
「では行ってきますね!」
少女はかくまってくれた二人を安心させようと今できる精一杯の笑顔を見せた。
美しい髪と美しい顔を隠す様に深くフードを被り裏口の扉を開け飛び出して行った。
スミスはサフラの肩を抱き、少女の後ろ姿を暖かい眼差しで見つめていた。
「あの子大丈夫かしら。どう見てもいいとこのお嬢様よねぇ。
でもどこかで見た事あるようなないような……」
「大丈夫に決まっている。カワイイは最強だからな。
天が見放すものか。仮に天が見放したとしても俺達が見放さない。
それにワイス先生とあいつらが守ってくれるさ。そのために俺達が案内したんだからな」
中年の仲むつまじい夫妻は、素性を一切聞くこともせず、見返りも求めず、ただ少女をかくまり、もてなし、休ませ、そして【希望の森】へと送り出した。
(え、ここはどこ? なにが起こったの? 私どうなった?)
勢いよく飛び出した逃亡者の少女は、あまりのありえなさに絶句していた。
住宅街にあるスミス・サフラ夫妻の家の裏口のドアを開けて外に飛び出したはずだ。
だがその瞬間異世界に飛ばされでもしたかの様に景色は変化し、陽も昇っており、辺りはなぜか豊かな自然の中だった。少女の目の前には大きな森が広がっていた。
その森の入り口には、なにやら物騒な看板が立てられていた。
「この先、【迷わずの森】。なんびとたりとも踏み込むベからず。
従わぬ者、古の妖精の呪いで、わざわいと共にきた道へと返すべし……」
逃亡者の少女はその警告に固唾を飲んだが、それでも引き返すわけにはいかなった。
「ここが【迷わずの森】?……。そうか、先生が導いてくださったんですね」
彼女は周囲を見渡した後にひとつ深呼吸し、意を決し森の中ヘ走っていった……。
……その頃、王宮内の一室。
「……宰相、逃げた娘の行方はまだ判明しておりません。しかし王都の城門は封鎖しておりますので街から脱出する事は不可能でしょう。時間の問題です」
「ふふふ、小娘はとっくに王都から脱出しているだろうよ」
「え? そんなばかな……。い、いえ、では早速追跡部隊を何隊か編成いたします。それに国中に御触れを出し検問を設けます」
「まあ、あせるな。その必要はない。泳がせろ。小娘が逃げる場所はわかっている。その方がむしろ好都合だ。それよりもできる限り隠密にここの秩序の回復に努めよ」
宰相と呼ばれた初老の男は騒乱の中でも誰よりも落ち着きを払って部下に指示を下した。




