第38話:佐治
永禄10年(1567年)
織田家:尾張・北伊勢・南美濃・三河・南信濃領有
織田家の海賊衆への略奪行為が本格化して一年が経過した。
熊野海賊や駿河水軍、安房海賊(里見家)などは、この時点でほとんどなりを顰めてしまった。
そのこともあって、太平洋側の航路は織田水軍の独占となり、堺との航路や駿河、関東との航路は織田水軍が担うこととなっている。
生き残った海賊衆は苦々しい思いでそれを眺めること以外にできることもなく、武田家などはその情報をさらに翌年になるまで気づくこともなかった。
「伊勢に駿河、関東、堺と・・・いや、我が世の春じゃの、佐治殿」
「はっ、お蔭様をもちまして。」
今日は、知多三国同盟の一角であった佐治殿との話し合いだ。
水野氏とはよく交流を持っていたが、彼とは、直接会うことが余りなく、水野氏を介しての交流がほとんどだった。
親父はよく交流を持っているようだったので問題は生じていなかったが、将来的なことも考え、今夏の場を設けたのであった。
「で、佐治殿としてはなにかしら、将来に展望というか、どうしたいという希望はあるのかな?」
俺としては、織田家隆盛のために、海外へともっと打って出てもらいたいし、釜石の制圧も考えている段階だ。
しかし、水野が臣従しても佐治氏は未だ同盟者のままであり、気を遣わねばならなかったのだ。
「・・・そうですな。しいていうなら、淡路が欲しくありますな。堺に行くこともありますが、あそこのものはいささか煩いので。」
彼の希望は、至極真っ当なものであった。
堺との取引量は年々増えており、当然、それに応じて船舶の行き来する回数も多い。
だが、あちらの海域は三好家の淡路水軍が支配しており、ちょっかいをかけてくることもままあるとのことだった。
「淡路か・・。三好が機能しておればなぁ・・・」
そう、三好家がまとまっていた頃であれば、今のようなことは少なかった。
そして、何かあっても三好家に言えば話が済んだのだ、しかし、今では・・。
「割れておりますからな・・。今なら、淡路を取ることも可能ではありましょうが・・。」
淡路島。
その位置どりから考えて、確実に三好の生命線となる立地だ。
しかし、その三好が割れている現状、ココを取ることは容易い。
だが、織田家としては、淡路島を領有することによる影響が全く予想できず、二の足を踏んでいたのだった。
「・・・・やめておこう。あそこを取れば、堺も取ることになろう?それに、三好の争いも本格化しようし、京の連中もあれこれと騒ぎ出す。それはやはり避けたいんじゃ・・・。付随する負債が大きすぎるのじゃ。」
「・・・そうですか。ですが、織田なら天下を取れるのでは?」
「(なるほど、佐治が聞きたかったのはそれか)」
どうにも、佐治としては今後の方針が知りたかったようだ。
だが、・・・
「確かにの。天下を取ることくらいは容易くできような。じゃがの、取ってどうするのじゃ?」
「え・・・?ど、どうするとは?天下が取れる位置におりますし、天下をとるというのは誉でしょう?」
佐治としては、俺の考えが理解できないらしい。
天下統一そのものは夢だ。
ほとんどの大名家はそのようなことを望んでいないし、彼らにとっては単なる絵そらごとだろう。
しかし、今の織田家にとっては違う。
手の届く位置にあるそれは、武士にとっての誉とさえ映るのだ。
「確かに誉じゃろう。しかしの、そのためには数多のものから憎まれ恨まれ、さらには阿呆の相手までせねばならん。そのような苦行なぜ進んでで行なわねばならんのじゃ?」
「我らは武士です。敵から恨まれ憎まれるは本望でありましょう!」
佐治はそう、強くいう。しかし、それは考えが浅いとしか言えない。
「佐治殿、違う違うぞ、間違っておる。わしを恨み憎むのは敵だけではないわ。公家であり将軍であり、わしらのことが気に入らん全ての者らのことよ。」
そう、天下取りに恨みつらみは必須だ。確実についてくる不良債権だ。
敵に恨まれ、占領地のものから嫌われる程度ならまだいい。
それは、こちらが攻めたのだから当然だろう。
だが、恨み憎むのは攻められたものだけではない。
権益を犯されたもの全てだ。
特に公家や将軍はその筆頭だろう。
「は・・?公家や将軍ですか?将軍家などは三好を目の敵にしておりますし、公家の方も畿内を収めれば喜ぶのでは?」
「最初はの。最初は喜ぶじゃろう。しかし、次はこちらを目の敵にして三好にしたように暗殺者を送ってこようよ。」
公家と足利将軍家。
彼らは、己の武力で成り立つ存在ではない。
まだ、公家には各家で蓄えた歴史や文化があるので、その道で生きていくこともできるだろう。
しかし、将軍家は違う。
足利将軍家は、その成立の段階から力がなく。
味方となった者たちに功績として領地を大盤振る舞いしてきた。
3代目の義満などは、そのせいで支那との交易の利益に目をつけ、その利益を持って朝廷での権威を得ることで足利幕府を盤石なものにしようとしたのだ。
そういったこともあり、足利将軍家は初期の頃の応用さはどんどんなりを顰めていく。
そして、その終わり頃には、畿内の大大名の存在を憎み、彼らの足を引っ張ることこそが政治だとでもいうふうにまで落魄れることとなるわけだ。
「暗殺者・・・もしや、あの三好長慶の息子・・、いや、兄弟もですか?」
「さての・・。じゃが、明らかに怪しい点は多いの。長慶が病んだ理由もその辺りにあるのかもしれんな」
足利将軍家や天皇家の周囲にはその手の話は多い。
しかし、自らを庇護するものを暗殺しようとするその性根は、俺には全く理解できないものだ。
ましてや、自分が長慶の立場に立つなどごめん被りたい。
「ですが、それも殺害された前公方によるものでしょう?こちらも、適当なものを立ててやればよろしいのでは?」
佐治のいうことは間違ってはいない。
しかし、それをするには問題が多い。
「その手は悪いとは言わん。じゃがの、もう遅いわ。それはすでに三好がやっておろう。もうひとりの候補もおるが、あれにも朝倉がついていよう。それにク◯のような幕臣どもも一緒じゃ。こちらも不良債権じゃの」
「そうなのですか・・・。幕臣とは、それほど・・・?」
「・・・お主が相手をしたいというのなら構わんぞ。わしもお主の天下取りを支援してやっても良い。ただ、わしは京の者らには関わらん。ぜったいにじゃ!あのような肥溜めに手どころか身体ごと浸かりたいなどと思わんわ!」
「・・・・いえ、結構です。あと、どうせなら水野と同じく佐治も織田の下に加わりたいと思います」
俺が、ぐちぐちと将軍家や公家への不満を言っていると、いきなり佐治が傘下に入りたいなどといいだした。
「は?い、いやいや待て待てどうしてそうなる。あ、いや、うちの傘下となってくれるのは嬉しいんじゃぞ?嬉しいんじゃが、なぜいきなりそのような話になったんじゃ・・・??」
「いえ、以前から考えはしていたのです。しかし、織田の将来がどうなるのかという不安も少しあり、殿に話を伺いたいと機会を伺っておったのですよ。天下についての話は予想外のこともありましたが、しかと織田の将来について私が思う以上に考えていることが知れましたので。」
「それで、決意を決めた、と?・・・まぁ、まぁよい。佐治殿我らの傘下に入ってくれること心より頼もしく、そいて嬉しく思う。今後は我が家臣として、我を助けてくれ。」
「はっ!」
こうして、佐治が織田家の傘下となり、織田水軍は本格的な編成が行われることにもなる。
ただ、すでに基本的な編成は終えていたこともあり、組織上の無駄が無くなるだけで大きな変更は特になかった。
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「よし、これで、海外へと進出する手筈は整ったの。長門国喜和田、陸奥国閉伊郡釜石。この二つが取れれば、日本にはもう用はないの。おーすとらりあと台湾への植民でも狙うかのぉ・・。楽しみじゃ。」




