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聖人:織田信長録  作者: 斎藤 恋
元服後:織田信長

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第34話:ダンピング

永禄元年(1558年)5月

信長25歳




「長恒!ようやく準備が整ったようじゃの!」



今川・武田両家と戦を決意して2年の月日が経った。

あれから俺たちは、織田家の全戦力を上げて周辺の米を買い漁り、畿内からは塩さえも買い漁って溜め込んだ。


国内でも、“電動・流下式枝条架法“による塩の生成によって、大量の塩が蓄えられている。


さらに、俺の作った聖水が、人体だけでなく農作物の生育速度を上げることも発見され、国内では米の生産量がさらに上がった。

各地では乾田も整備され、正条植えや各作業の機械化も進み、農家の生産性は格段に上昇している。


この改良で米単体でも2.5倍の生産量となった。

生育速度が上がったことで、裏作の量産も進み、食料の種類と量は格段に増えている。

これら全ては、税以外も織田家で全て買い取られ、2年間、織田家の蔵に貯められることとなった。



「はっ!整いましてございまする。・・・が、信長様本当にこれをなさいますのか・・・?」


これから行うのは、今川に対する大規模ダンピング行為だ。

それは恐ろしく、とんでもないことになるだろうことは長恒にも予想できたようである。


「やる。というかどっちみちやらねばならん。ここまで蓄えたものを他にどう使えと言うのじゃ」



そうだ。

この2年間で蓄えられた物資は、尾張一国で賄い切れるようなものではなく、麦・米・塩、それらが他国の一国分どころか尾張だけで換算してもおおよそ4倍。

塩単体では20倍以上の蓄積である。

今川の石高がおおよそ80万石であるから、これら全ての放出によって、今川家では米麦が一気にゴミと化す地獄になるだろう。



「そ、それはそうでありまするが・・・。私は恐ろしゅうてなりませぬ・・・。」



「それは自然な感情じゃ。忘れんようにするのじゃぞ。」



長恒は、この計画にどうもビビりまくっているようだったが、俺からすると、「今川や武田に織田家が勝っている部分など、経済力と生産性だけなのだから、当たり前だろ何を躊躇うってんだ?意味わからん。」と言う程度の感情しか持ってない。


そして、これらは今川や武田家だけでなく、尾張領内にも流されることとなる。

そうなるとどういう展開になるだろうか?


尾張全土から買い取ったとは言ったが、俺が買い取ったのは織田家の直轄領と尾張市場に流れていた穀物のみだ。

国人衆から直接買い取っているわけではなかったのだ。

そして、これからもそうするつもりはない。



だからこそ、この策は一挙両得以上の効果を今回の策はもたらすだろうな。



「初手は、来月じゃ。まずは麦と塩を流せ。」


「はっ、畏まりました。」


「そして、武田に支援する。交流の一環じゃ。5年前からやり取りしとる手紙もこれで意味をなすじゃろ。」


「量はいかがなさいまするか?」


「ふむ・・・。50万石で良いじゃろ。塩も相応に付けておけ。いいかげん溜まりすぎじゃし。」


「それはそうですな・・、わかりました。塩も送れるだけ送っておきまする。」



───そうして、7月。



◇今川領内side



「おいや、麦がばか安いら?ふんとどうなってんだい?」



どうやら、今川領の農民が商人に対し苦言を呈しているようだ。



「今年は尾張だもんで、麦と塩がどえりゃあ流れてきてるだに。これでもめいっぱい下げただらぁ、しょんないら」


「だども、こんだけ安けりゃ売っても普通に暮らせんだに!」


この時、今川領内の小麦価格は、既に例年の1/10を割っていた。



「ほんなら、売んないでおくか?俺は普通に構わんよ」



「・・・とりあえず、ちっとだけにすうわ。こんだけ買っとくれや。」



「あいよ。ほんならお代はこれでいいだに」




◇今川領国人衆side


「なんだに?麦がそんげえ安いら?麦だけら?」


「いえ、どうやら塩もどえりゃあ下がってきとるもんで・・・。」


こちらでは、今川領の国人が麦価格について話しているようである。



「ほぉ?ほんなら、今んうちに買っとくかや。とりあえず、こんだけ売っとくれ」



「愛!ありがとうございますだに。塩の方も安いもんで、どうずら?」



「そっちも頼むだに」



どうも、こちらの国人は、麦と塩の購入を決めたらしい。

例年の1/10の価格は、国人衆たちに食料の溜め込みという方向へと走らせたようだ。



~side end




「策は好調なようじゃの。」



今川領内では、例年にないほどの麦に湧き立っており、農民の中でも売らずに溜め込むものたちが出ているようだ。

しかし、塩の方は余りの安さに、塩商人は顔が青くなっており、既に夜逃げか首を括るかを検討している者も出ているようだ。



「はっ。今の所は、麦塩の安さに顔を顰める者と、蓄えが増やせると歓迎する者の2種が出ているようです。」


「ま、麦じゃからな。しかし、塩の方は流石に伝わるだろうが、そのあたりはどうなっておる?」



塩は塩商人による専売が基本だ。

今川領では、一部の塩商人に特権を与え、その分の税を徴収することでやりくりしている。

この税は、相応のものだったので、今川の懐をダイレクトに攻撃する一手ともなるのだ。



「はっ、駿河の座の者が駿河城と幾度も行き来しているという報告がありますな。相当に焦っておるようです。しかし、それに対し今川が動いた様子は見られませんな」


この時、今川は事態をあまり把握しておらず、塩の価格が安いことも一時的なものだろうという認識だった。

それに、塩座からの収入は相応のものであり、「それを今年は無くしてくれ」などと言われても今川としては承諾などできなかったのだ。

よって、塩商人、塩座の意見は取り入れられず、「例年通り税を納めるように」との通達が塩座を通じて塩商人たちへと正式に下った。



「ふっ。阿呆じゃのぉ〜。ここは身を切ってでも手を打つところであろうに」



塩の価格崩壊は、塩商人だけの問題ではない。

買い支えか商人たちへの補填がいる事態だったが、そういった経済観念のない今川家の者には、そのような手段は考えもつかないのだろう。



「では、次を展開いたします。よろしいですね?」


「おうよ!頼んだぞー。」



そうして、8月。

米の放出が始まった。




◇武田side


秋山から武田晴信へと報告が届く


「お館様。織田家より物資の支援が届いておるようです。どうにも、武田家との関係をもっと深めたいと。」



「ほぉ?確かに手紙にもそのようなことが書いてあったな。して、いかほどの量がきた?」



武田晴信は、秋山からの報告に、ニヤリと笑顔を浮かべつつ秋山に聞く。



「はっ・・・、いや、それが・・・」



秋山は、なぜか晴信への報告を言いよどむ。

訝しんだ晴信はそれに対し問いかけるが・・・



「ん?なんだ、どうしたのだ?早う言ってみよ」



「はっ。それが、米50万石。麦50万石。塩がおよそ200万貫です」



これを聞いて、晴信も余りの量に頭がフリーズする。



「・・・・・・・?????・・・・・。あ、すまんな。どうやら聞き違えたようだ。もう一度言ってくれんか?」




秋山は晴信のその様子に理解と哀れみの表情を浮かべつつ、再度答える。



「米50万石。麦50万石。塩200万貫です。」



「・・・・・・・・」


その余りの量に、再度頭がフリーズするが、同時に、複数のことに考えを巡らせ始める。


「お館様?大丈夫ですか?」


「あ、あぁ・・・。本当にそれだけの量を送ってきておるのだな?」



「えぇ・・。おそらく間違いはありませんでしょう。今、この館から飯田城、さらにはその向こう側にまで隊列が続いておる有様です。正直、倉庫の方が足りんようになるでしょう・・・」



武田領では、その余りの量に城の倉庫だけでなく、商人や豪農の倉庫まで借り上げて事態の収集に望んでいた。

領内ではその噂でもちきりで、喜びより恐怖の方が優っていたほどだった。



「と、とりあえず、各地の城に優先して運び込ませろ。あとは、恩賞名目で国人にもばら撒くぞ。余った分は・・・、そうだな。百姓にでもやれば良いか・・。」


「はっ!では早速動きまする」


「うむ。頼んだぞ」



秋山が晴信の指示を受け、即座に行動を始める。



晴信はそれを眺めて1人ごちだ・・。



「支援・・・、支援するとは言うておったが・・、流石にどうなっておるのだ・・・。米と麦合わせて100万石に塩200万貫?どうすればそんな量を支援員出せるのだ・・・・・」



織田家からの支援量は、武田の想像を遥かに超えていた。

その生産量が尾張一国で賄えるものだとは到底思えず。


しかし、それを溜め込んでいたとも買い付けたとも考えられずに、困惑しかなかったと言っていいだろう。



「いくらなんでも、量が多すぎる。最近では織田領内からの草の報告も減っておったな。だが、だがのぉ・・・」



晴信は、真剣に織田領内への考察を巡らせるが、どのように考えてもそれだけの量を賄うための手段方策が思いつけなかった。



「これはもう、恐ろしくてならんな。これだけの量で養える兵。どれほどの人数になる?織田相手に戦などできんな。正気の沙汰ではないわ。」



晴信は、この織田家の支援量から、おおよその織田家の兵数を試算し、どう考えても武田家一国では対処できない数になるだろうと認識する。

だが、今争っているのはおだけではなく、長尾である。


この長尾との諍いに一定の決着をつけねば、織田家どころではないのだった。



「まずは、これで長尾と決着する。あやつらを信濃から叩き出し、その先の春日山まで狙うか・・・?」



晴信は、織田家との争いの可能性を一旦捨て、長尾との戦に思いを馳せる。

この米と麦を使い、長尾との戦での勝利を狙うのだった。



「待っておれよ、長尾景虎。わしがその首叩っ斬ってくれるわ」






───翌年、1559年。武田家と長尾家。両家の本格的な戦が始まった。

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