第28話:水野信元と複合企業体織田家
「では、呼び方も変えろと?」
水野信元が、臣下宣言をしたあと、俺に自分に対しての呼び方を変えろと言ってきた。
「はっ。臣下になるにあたり、呼び方も変えた方がよろしいと考えまする。ですので私めは単に“信元”とお呼びください」
「・・・わかった。信元。では、行くぞ。主の話で逸れたが、まだ見せておらんものはいくつもあるのじゃ!」
「え?は、はっ!」
そうして、俺は信元を連れて、石鹸製造所、粗銅分離、炭場、窯場など発電機による影響が大きい場所から順に見学している。
「あと、変わり種といえばこれかな?」
そう言って俺は、布の染色場を見せる
「・・・これは、色染めですか?しかし、・・この色は凄いですな。ここまで黒い色は見たことがありません」
信元に見せたのは、塩化鉄の水溶液で染めた布だ。
他にも様々な染色が行われている。
塩化鉄の水溶液に染色された布を漬けるとさらに深く暗い色となるらしいのだ。
これを利用して、俺の部隊の統一カラーとして黒母衣衆と赤母衣衆の服を作っている。
あと、黒母衣集はまだ選別されていないので数着分のみだ。
それと、この塩化鉄は、苛性ソーダを作った時に出る塩素ガスの余りで作られている。
余剰が増え次第、各所へと販売する予定だ。
「炭場や窯業の方は中で見学というわけにはいかん。正直、狭いからな。タタラも同じだ。だが、これらの生産量はここの規模からすれば格段に高いぞ。あとで数値を見せよう」
「・・・いくらか見せていただきましたが、なぜ全てここに集まっているのです?何か理由が?」
「そうだな。その理由がこれだ。」
俺はそう言って、最後の見学場所を見せる。
発電機だ。
ガラガラと水車の回る音が響く水車小屋
「こ、これはすごいですな・・・」
そこに、あるのは大きな木枠で覆われた磁石とコイルだ。
中のいろいろな構造についてまでは見えてないのだが、現在この小屋の中には3機の水車と3機の発電モーターがある。
そのどれもが、1人では抱えきれないほどのサイズである。
「これが、俺のやっている事業の心臓部じゃの。城は落とされても、ここは落とされてはならんのじゃ。立て直すために数年は最低でも掛かるからの。」
「これの立て直しだけで数年ですか・・・」
人口磁石がなくなれば、新たにボルタ電池から始めなければならない。
それに銅線も大量に・・・。
今では、相応の利益が出始めてるとはいえ、粗銅の電気精錬での利益はそこそこである。
だって、銅は使われるから。
余った金銀を売っているに過ぎない。
しかも、その金銀でさえも、そのまま売っているわけではなく、ほとんどが鍍金に使われているため、金塊や銀塊は今の織田家にはないと言っていい。
そして、この鍍金製品も、まだまだ販売できるレベルに職人の腕前が達していないために、作品は潰されて作り直されるか、あるいは倉庫行きかの2択である。
最初は、そのまま塊として売っていた金銀も、今では売られていないので、利益どころか売り上げは皆無。
むしろ仕入れ値の分赤字、と言った有様だ。
「それにの、様々なことをやっとるが、まだまだ利益の出ていない事業も多い。出始めれば、熱田の門前町や津島にも匹敵する程度には利が出るだろうがの」
そうだ、売り始めれば利益の出る案件は多い。
現在稼働している石鹸事業などは、既に年間4千貫文ほどの利益が出ている。
木細工鍍金も、稼働を始めればそれ以上の利益が出るだろう。
問題は・・・
「問題は、銭なんじゃよなぁ・・・。」
銭の総量が足りなくなる。
問題はこれに尽きるのだ。
「銭が問題、ですか??どういうことです?」
信元は、何が問題なのか分からずに首を傾げている。
「銭が足りんのじゃ」
「え?でも、売れているものはあるんですよね?なら銭はあるのでは?」
「あー・・・、そういう規模の話ではないんじゃよな。これらが売れ始めると、じゃ、日の本にある銭がなくなってしまうんじゃ。要は全ての銭がここに集まるっちゅうことじゃの」
「・・・・・・は?」
どうやら、規模の違いすぎる話に理解が追いつかなくなったらしい
「じゃからの、そのうちに鋳銭司の官位をそのうち買わんといかんのじゃ。織田で永楽銭を作るというのをやってもいいんじゃが・・・。どうにものぉ・・。気が進まん」
「は、・・気が進まない、ですか?作れるのなら作ればよろしいと思うのですが?」
作れるなら作ればいい。確かにその通りではある。しかし、その分のリスクも加味しなければならない。
「問題はの、ウチが鉱山を持っていないということなんじゃよなぁ。鐚銭を作り直して精銭を作る、それはできんことではない。じゃがの継続性が問題なんじゃ。」
「はぁ?継続性、ですか?」
鐚銭を集めて、精銭を作る。それは不可能ではない。
よくある転生小説でも使われている手法だし、実際に行っていう他の大名もいる。
しかし、
「俺たちが鐚銭を鋳潰して精銭を作る。じゃあ、作った精銭はどうなる?
最初のうちは鐚銭がこちらにもすぐに回ってくるじゃろうな。じゃから簡単に材料は集まるじゃろ。じゃがの、そのうちわしらの作った銭が戻ってきて銭の材料はなくなるんじゃ。」
「??いや、それはおかしくはありませんか?鐚銭がなくなるほどに精銭が流通したのであれば、それ以上作らずとも良いのではないでしょうか?日の本からほとんどの鐚銭は無くなったということでありましょう?」
確かに、言っていることは間違ってはいない。鐚銭はなくなるだろう。
だが、俺が気にしているのは流通量の多い貨幣を、鐚銭から精銭にすることではないのだ。
鐚銭から精銭に変えたところで、この国の貨幣流通総量は単純計算でいくと、変化していないことになる。
堺銭などの鐚銭を供給する箇所があるかぎり大丈夫だという意見もあるかもしれないが、それは他国に貨幣供給の肝を握られることと同義なのだ。
また、鋳銭という意味では二度手間にしかなっておらず、供給量に変化をつけることも困難になる。
「・・・・・・とまぁ、これだけの理由があるわけじゃの。戦に置き換えれば分かりやすかろ。戦場で劣勢になった者らがおった時、援軍を派遣できんということじゃ。できたとしても来年や再来年になる、などということもあるかもしれん。どうじゃ?論外だとは思わんか?」
「・・・なるほど。それは確かに問題でしょうな。そのような同盟者であれば、同盟の価値もないと言われかねません」
「じゃろ?じゃから、躊躇っとるんじゃよ」
私鋳銭でやっておいて、途中から切り替えるという方法も当然ある。
むしろそういう方向で行く方が正しいのだろう
しかし、原盤を作り替える手間もあるし、そもそも、俺が狙っているのは鉱物貨幣からの脱却だ。
要は、陶器か紙幣、布幣への切り替えを狙っているのだ。
実際この当時、朝鮮半島での主要貨幣は絹だ。
日本でも、かつては絹が貨幣だった。
今のこの国で絹は貨幣にできるほどの量はないが、布で作られた貨幣や紙幣というのは案としては良いのだと思う。
問題は、その価値の担保をどうするのか?という問題だ。
「色々、悩んどるんじゃがなー」
「そうなのですね・・・。私には難し過ぎますな・・。流石に手も足も出ませぬ」
「良い良い。俺がそのうちなんとかするわ」
そう言いつつ、信元との会談は終わった。
水野信元は、この会談の後、正式に織田家の傘下となり、俺の直属として付く事にもなった
──────「本当に、貨幣はどうすればいいんじゃろうのう・・・」
転生信長の苦悩は続く




