第27話:知多半島領主、水野信元
その日俺は、義兄の水野信元に、亀崎城の周辺を貸してもらえないかと頼み込んだ。
「信長殿、ここ亀崎の土地を借りたいと?それが如何に無茶苦茶な頼みなのか存じておられるのだろうな?」
少し怒りを堪えた表情で信元はそういった。
「誤解しないでもらいたい。周辺の土地を多少借りたいだけだ。今川や諸勢力に隠れて船を作りたいのじゃ」
そう。俺が亀崎の土地を借りたいと思ったのは、海が近いという利点からだった。
「あぁ、なるほど。そういうことでしたか。しかし、ここは私の本城ですぞ?流石に他のものらも警戒していましょう。」
確かに、この辺りの勢力主:水野家を監視していないということはあり得ないだろう。
しかし、他のものに紛れさせれば話は別だ。
「問題ない。ここをもっと拡張させるつもりじゃ。それと、普通の安宅船や関船も作ってもらうつもりなのじゃ。そうすれば欺瞞にもなろう」
「ですが、それほどの大工事をすれば乱波の類も入ってまいりましょう?それでバレてしまうのでは?」
「問題ない。今な、尾張では人があまり始めている。そのこと、気づいておったか?」
そう。ここ数年、尾張での死者数が一挙に減り出している。「なんでなんだろうな?わからんわ(笑)」
「え?そうなのですか?それは知りませんでした。」
「あぁ、だから、建設は全て尾張者で行う。お主の領内のものも使っていいぞ。だが、身元確かなものに絞れ」
「???それで人は足りるので?多くは集まりそうにありませんが・・・?」
「ふふふ、大丈夫だ。問題ない。こちらは数千は確実に集められるからの」
そうなのだ。
現状、俺が尾張で動かせる人員はかなり多い。
もちろん、戦となれば違うのだが、単純な人手という意味ではむしろ使わないほが問題になるほど、人手があまり出していた。
そして、その大半は、今、俺の領地で働かせている。
古渡城を撤廃したことで、その周辺の領地も俺の管理下に入ったのだった。
「尾張が統一されて、俺の土地も増えてな?織田家の直轄地も多くなった。俺自身が使える手駒もかなり増えたのじゃよ」
俺はそういって煙に撒く。
水野の父の方は信用できたが、息子の方はまだまだどうなるかわからない。
織田家が、三河にまで伸長している現状、謀反などは流石にないだろうが、近隣には武田も今川も健在ではある。
水野が、知多の領主らしく、経済観念も高いのであれば、武田や今の今川に靡くことはないだろう。
しかし、そうでないのならば・・・
「そうでしたか・・・。そうなると、今の亀崎はどうするのです?昨今建てたばかりなのですが?」
「問題ない。主となるのは船場じゃ。造船が主なのじゃから、そこまで気にする必要はないぞ?しかし、何か建てたいものがあるのなら聞こう。どうじゃ?」
ここでキャラック船・ガレオン船を作るのがメインである。
その他のことは余剰に過ぎないのだ。
だから、信元が建てたいものくらいなら、余程にとんでもない物でもない限り建設は可能だ。
「建てたいもの・・・ですか?そうですね・・・」
信元は少し悩んで、答える
「湯殿などはどうですかね?那古野城にはあると伺いましたが」
「ん?あるぞ?しかし、そのようなものでいいのか?どうせなら水路を引くようなことも可能じゃぞ?」
「それも悪くはありませんが・・・。以前、那古野城の湯殿がいいと話を伺いましてね、林殿から。」
「(林!お前かよ!!)あぁ、なるほど。しかしな・・、あれは単に建物を作ればいいというわけではないのでな。相応に時間と銭がかかるぞ?流石に俺だけの判断で作るのは厳しいな。」
「あ、そうなのですか・・?単なる風呂とは違うと?」
「あぁ、そうじゃ。あれは薪代が掛からん風呂なのじゃがな、初期投資、つまり最初に掛かる金が膨大なのじゃ」
「なるほど、そうだったのですね・・・。でしたら、別のものでも「いや、構わんぞ」よろしいのですか?」
俺は、頭でそろばんを弾きながら答える。
「あぁ、構わん。ただ、半値は出費してもらいたいが構わんか?10貫文ほどなんじゃが・・・」
「10貫文!ですか?え、えとその風呂だけで、ということなのでしょうか?」
「あぁ。建物などはこちらで負担する。風呂の方も、半値はこちらが負担しよう。じゃがのあれを作るのに、20貫文はするのじゃ・・・」
「なんとっ!それほど・・・。それほど掛かりますのか。でしたら、諦める他ありませんな・・・。」
「いや、諦めることでもないんじゃがな。お主、風呂一つに10貫文は高過ぎる。そう思っておるんじゃろ?違うか?」
「え、えぇ、その通りですが・・・?」
「風呂一つではないとしたらどうじゃ?」
そうだ、発電機で作れるもの発電機の活用法は、別に風呂だけではない。
「そ、それはどういう・・・?」
「まぁ、わからんじゃろうの。・・・そうじゃな。まずは、俺の城に来られい!話はそれからじゃ!」
「え?城にですか?・・・それで何かわかる、と?」
「あぁ、わかる。というより、ここでは説明できん。聞くだけではわからんことばかりじゃろうからの。」
電気についての説明、風呂、暖房、扇風機、石鹸などなど。
那古野では様々な取り組みが行われている。
しかし、そのどれもがこの時代の人間には想像しづらく、実際に目にしなければわからないことだらけなのだ。
「そら、行くぞ。支度せい!義兄者!」
「は、はっ!今すぐに!」
ここから、那古野城までは歩きで8時間ほどだ。およそ4刻
だが、馬で走ればもっと早い。
途中、替え馬することで、一刻半ほどで着いた。
「なかなか無茶をなさる・・・。これでは早馬の速度ですぞ?」
「なぁに、着いて来れたではないか?良いから上がれあがれ」
そういって、俺は、信元を促し、那古野の城内へ入って行った。
「それで、見せて頂けるものというのは・・?」
「うむ、まずはこっちじゃ」
最初に普段使う広間を案内する。
「一つ目はこれじゃの」
最初に見せたのは、扇風機だ。
今は夏、ヒートアイランド現象がない分、涼しさもある。
しかし、夏の暑さというものは早々変わるものではない。
それを改善するのが扇風機である。
大名や領主ともなれば、扇子やうちわで仰いでもらうことも可能なのだが、いちいち指示しなければならないというのは思いの外、手間だ。
それに、仰いでもらうためだけに人手を割くというのも無駄の極みであろう。というのが俺の考えだ。
が、この考えはイマイチこの時代では納得されない。
人件費が安過ぎて、人を雇うことがてまだとい考えもないからである。
「これは・・、風を起こしておるのですか?」
「あぁ。夏場には最適であろう?が、本当は冬場の方が効果が分かりやすかったのじゃがな・・。今はこれで我慢してくれ。それと、他にもあるのでな。」
「冬場・・冬場でもこれを回すので?」
「ん?いや違うぞ?冬はこれを温めるものへと変える。薪代が掛からんでの、さらに火事の恐れも減る優れもんじゃ!」
「ほぉ・・?なかなか面妖なものですな。しかし、これは・・・、なぜ回っておるのでしょう??」
信元は、扇風機の近くへと寄り見て回っている。
どうやら、仕組みが気になるらしい。
「それも後で見せよう。次はこっちじゃ(見るうちに、織田との力の差もわかるやもしれんがの)」
「はっ」
・・・・・・・・・・
続いては外だ。
那古野城は、最初に親父から受領した時とは形を変え、その曲輪はさらに大きなものとなっている。
規模だけでいけば、小田原にも匹敵するといえよう。
だが、未だ建造中の箇所も多い。
「しかし・・・、こちらも建造途中のようですな・・?」
「あぁ、そうじゃの。まだまだ拡張する予定じゃ。じゃが、そもそも、ここは戦のための城ではないのでな。」
「は?戦のためではない、というのは・・・?」
「来る途中に関所があっただろう?あの関所はの、将来的には城門になる予定なのじゃ」
「え・・・?ここから相応の距離がありまするが?」
そう、途中通った場所には関所があったのだが、そこも那古野城の一部となる予定である。
ちなみに、那古野城の中心からおよそ10kmは先、熱田神宮のあたりになる。
「じゃよ?ここから熱田までを全て飲み込んだ城になる・・・予定じゃ!」
「はぁぁ・・・、凄まじいですな。しかし、北側はどうなのです?」
南側は熱田神宮まで。
では北側は?信元からすると気になるのだろう。
「そうじゃのぉ、清洲に九之坪城、守山なんかも含むの。」
「・・・・・・。」
信元はその計画の野放図さに、空いた口が塞がらないようだった。
「流石に、無謀ではありませんか・・・?」
計画があまりに大き過ぎ、少し不安を感じたのだろう
しかし、別段、直ぐに建設するわけでもないため、特に問題は生じていないのだ。
「いいや?問題なんぞも起きとらんし、時間がかかるだけで、そこまで大層な計画でもないぞ?」
俺からすると、むしろ必要なものだと言える。
というより、この計画は、農地の整備や河川の氾濫対策も含んでいるのだ。
それ以外にも、黒鍬集の訓練を兼ねるなど、幾つもの作業を並行して進めているのを大袈裟に言っているようなものでしかない。
つまり、一つ一つは小さい計画でしかないのだ。
それを、巨大城壁計画などと名付けて、あることあること言っているだけである。
嘘は何一つ言っていない、というのはポイントである。
「・・・とんでもないですな・・。織田家ではそのような計画でも破綻せぬのですか?」
「せぬ。稼ぎが段違いなのでの」
そうなのだ。
俺が発電機を作り、本格的に動き始めてからは多くの内政チートとでも呼ぶべきことを成してきた。
現実の問題にも数多くぶち当たったが、成し遂げられたことも多い。
「例えばこの漆喰じゃ。これは南蛮でも使われとる漆喰らしくての、手早く城が建造できる優れものじゃ。向こうでは、『ローマ・・』なんとかとか呼ばれとる」
ちなみに、『ローマンコンクリート』のことである。が、この時代ではそのような呼ばれ方はしていないために、ローマ、だけで濁しているのだ。
「ほほぉ・・?南蛮の・・。それはすごいですな。そのようなものがあるのですか」
「おう、あるぞ?主のところで建造したいのも南蛮の船であるしの」
「へぇ・・、そうなので・・、え?南蛮の船を当家の領地で作られるのですか?」
驚きを隠せないように信元が顔を向けてくる
「じゃよ?キャラックとかガレオン、とか呼ばれとるものらしいがの。」
「ほぉ、それは興味がありますな。私めも関わってよろしいので?」
「当たり前じゃろ?主は俺の義兄殿ではないか!」
そういうと、信元は少し感動したように口元を抑え、頭を下げてきた。
「某はずっと不安だったのです・・。織田殿は私の父の頃より遥かに大きく強くなられた。もしかすると当家の協力なぞ必要ないのではないかと・・。」
「そのような「しかしっ!信長様は、私を義兄と慕ってくださり、なおかつ南蛮船という未知の船の開発も当領地でなさるという!これに答えねば男ではありますまい!」ことは・・・ないのじゃが・・・」
「信長様。改めて、水野は織田家に臣従いたしまする。」
水野信元は、そう言って深く頭を下げた。
「え、え?あの、ちょ・・・。あ、あぁ!わかったのじゃ!こ、これからよろしゅう頼むぞ!」
そうして、風呂や暖房、石鹸などを見せる前に、水野の家は同盟国から臣下へとジョブチェンジしたのだった。




