第23話:三河一向一揆①:未だ暴発せず
天文14年(1545年)
今年は、史実で河東の乱が起こった年だ。
そしてそれは、この世界でも起こる。
今川は、三河方面をほぼ現地の代官に任せたまま東への侵攻準備に勤しんでいるようだ。
「親父、機だぞ。」
俺は、集まった織田家家老と父:信秀に対してそう告げる。
「おう、わかってる。今川の出立がわかったら、俺たちは岩倉に向かう」
「おう。美濃には気をつけろ。ないとは思うが、手を出してくるかもしれん。」
「あぁ、俺もないとは思うがな。蝮にそんな余裕はないだろうし、何より国内の国人連中がゆるさねぇだろ。」
そう、今川が東にかまけている間に、俺たちは尾張の統一を優先するわけだ。
もしかすると、今川もこちらに警戒を払っているかもしれないが、安祥城にも兵を入れているし、知多半島の佐治水野の2家にはいざというときの防衛を頼んでいる。
それに、反北条の気運が関東で高まっている現状を、今川が逃すとはとても思えない。
「こっちの準備はいける。で?三河はどうだ?」
そう、問題は三河だ。
このときのために着実に準備をしてきたとも言える。
聖水の量は確保したし、戦略物資として運ばせる準備もされている
検証はさらに進んで、手足の欠損部も指程度なら、一年程度で治る(生える)ことはわかった。
それ以外にも、感染症に効くことなどもわかってきたのだが、病に関してはまだ検証が進んでいない部分が多い。
それに、飲むより直接振りかける方が効果があるらしい。
なので、もしかすると、病に効いていないというより、病の箇所に触れられていないと考えた方がいいのかもしれない。
三河の国人衆で内密に取り込んだのは3家のみだ。
それも、こらから積極的に取り込んだというより、水野との関わりで向こうからやってきたものを取り込んだといた方が正しい。
それも今川には届いているだろうが、こちらから三河へと入り込んでいるものがほとんどいない以上、警戒もかなり薄いだろう。
「こっちに寝返ってきた者の家に10数人ほどバラけさせて入り込ませました。既に1年ほどになります」
「ほぉ、1年か。警戒も緩んできてるかな?」
「多少は警戒しておりましょう。
しかし、既に織田は三河に手を出さないと思われておりますれば。」
「ふははははは。まぁ、絶好の機会が幾度となくあったにも関わらず、干渉せなんだからな。」
「で、今年の秋ごろで構いませんので?」
「あぁ、やれ。上宮寺、本證寺、あとはなんだ?まぁいい、本願寺系の寺の全てでやれ。ちゃんと今川の命だと言えよ?」
「わかっておりまする。・・・くくく、なかなか楽しゅうなってきもうした。」
「悪いやつだ。ははははは」
悪人2人がくすくすと笑っている。
そんな2人に、他の者たちは呆れたふうに肩を竦めてはいるが、表情が隠しきれていない。
「皆、内向きの戦さばかりでは退屈だったのかね?」
「まぁ、今回の岩倉も、先ごろの清洲も、どちらも織田が相手でありますしね。やはり、斯波の時の屈辱を返すという意味では、今川相手の方が盛り上がるのでは?」
「そんなもんかね・・」
などと、親父たちと連絡を取り合うなどしていたある日。
「殿、今川が動きました。東です」
今川が北条へと進軍した。
「よしっ!では我らも支度に取り掛かる。目標は北だ、岩倉を攻め獲る!」
そうして、正式に岩倉攻めを宣言し、織田家も戦争状態に入る。
こうして、東と西で争いが起こったわけだが。
間の三河では不穏な気配が積み重なっていた。
・・・・・・・・・・
「証恵はどうした?」
「あいつは寺を離れられん。今も門徒を抑えているのだ」
本證寺、その広間には、坊主ばかり10数人が集まり、今後についての話をしていた。
「しかし、今川は本当にやるのか?」
「やるに決まっておる。あやつが書いておる目録とやらを知らんのか?」
「知らん。だが、話は聞いたぞ?不入を認めておらんとかなんとか」
「なんでその程度なのだ!今川は仮名目録の中で守護不入の権を認めておらん。つまり、わしらの不入も認められんのだぞ!」
「しかしなぁ、相手は今川だぞ?相手が大きすぎんか?」
「関係ないわ!大体、今川とはいえ、不入の権を認めんとはけしからん!仏罰が怖くないのか!全く!」
「もともと、寺の出身だからな・・・。こちらのことも同じように考えとるんだろうよ」
「もしや、うちを潰し、別な宗派を入れるのではないか?」
「・・・あり得るな。崇孚の伝手で、臨済を入れるつもりなのだろう。既に幾らか建てられておるしな」
「しかし、そこまで短慮か?我らの不入も、話次第では認めるのではないか?」
「・・・・さてな、なんともいえん。だが、無理やり進める可能性もある。今は東のことで手が足らんだろうが、それが終われば・・・」
「むぅぅぅ・・・、今川に余裕ができれば、どうなるかはわからんか」
「崇孚が入ったところもあると聞いたが?」
「世間話のみよ。不入の話など一切なかったわ」
「・・・・・もしやこちらの陣を見るために来たのではないか?」
「・・いや、まさかそんな・・・・」
「だとすればまずいのではないか!?」
「落ち着け!まだそうと決まったわけではあるまい・・・」
「決まってからでは遅いだろう!!今川は既に東へと兵を出しておるのだぞ!」
「戻ってから話を聞けばよかろう。そうすればすぐにでもわかることだ。」
「一揆で勝てるのは今しかないのだぞ?!今川が東へと声を進めている今しかな!!」
「落ち着け、というに。そのようなことはあるまい。第一、今川が不入の権を認めないと言う話も、噂にしか過ぎんであろう。」
「どちらにも確たる証はないのだ。そう言い合っておっても仕方あるまい。我らが決めねばならんのは、今川に一揆を起こすのかそれとも静観するのか。このどちらを選ぶのか、じゃろ?」
「まぁ、そうだが・・・。」
「俺はすぐにでも一気の準備に入るべきだ」
「わしは静観じゃの。ことがあれば動くしかないが」
「私も静観で。」
「私も静観じゃ。噂だけで一揆を起こしてどうする?」
「ことが起きれば、一揆。何もない今は静観。これでよろしい」
───三河の導火線に火はまだつかない
・・・・・・・・・・
「三河の本證寺の連中が会合を開いたらしいな」
「えぇ、大分今川を警戒しているらしいですね」
不入の権。
寺が寺領を領国化する権利。
「しかし、不入の権など、松平も余計なことをする」
「門徒の協力が必要だったのでは?あの辺りは門徒も多いようですし」
「かもしれんが、後の者のことも考えて欲しいものだ」
「ぷっ、若様、流石にそれは無理でしょう。」
「ふっ・・、しかしな、今川も同じことを考えると思うぞ?」
「今から考えられればよかったですのにねぇ」
「油断しすぎなのだ。義元は。戦国大名だというのに警戒心が足りん」
そう。今川義元は史実と違い、今少し覇気に欠けている。
史実の今川家は、家中での争いに加え、北条けからの干渉、そして何より、織田弾正中家との争いが多かった。
しかし、この世界では、織田との争いそのものが存在していないと言っていい。
織田の影響力は大きいままだが、三河内での影響力は大きく減っている。
「(それもこれも、俺が手を入れ、今川に経験を積ませなかったせいだの)」
そう。史実で有能だった人間も、誰しもが活躍できるわけではない。
未来というものは、ほんの些細なことで形を変える。
また、有能だと言われたものであっても、人生における苦労や苦悩を削っては、その力量を発揮できないことがほとんどなのだ。
「しかし、俺は留守番か」
「それは仕方ありませんでしょう。大殿と若様、2人が岩倉攻めに向かうとなると、この辺りがガラ空きになりまする」
「しかしのぉ・・・。北の方も順調に進んでおるのじゃろ?遊びに出かけても良いと思うのじゃが・・・?」
「ダメに決まってます。岩倉の手のものが潜んでいることだってありうるのですよ?」
「わかっとるが・・・、暇じゃ」
「はぁぁ・・・、それが本音ですか。なら信広様に何か電報でも打ってみては?」
「そうじゃな!信広兄いに電報じゃ!行くぞ!」
「はいはい(すみません信広様・・・。)」
そうこうして、織田の岩倉攻めは東からも北からも干渉はなく、順調に進み
そして───
「親父!よくやったな!おめでとう!!尾張統一じゃ!!!!」
「おいおい・・・、よくやったってなんだよ・・ったく。まぁ、ありがとよ。だがこれで、足元は固めたな!」
「うむ。しかし、すぐには無理じゃろう。多少の手入れは入れんといかん。」
「・・・お前、少し喋り方変えたのか?」
「なんじゃ!別に良いじゃろう!こっちの方が気に入っとるんじゃ。」
「い、いや、別にいいけどよ・・・。だが、また何かするつもりなのか?お前。」
そう言って、親父は顔を近づけてくる。
「ん?まぁ、まずは道の整備じゃ。この那古野城をへそとする尾張道を作る!」
「尾張の道ねぇ・・・。今もあるじゃねぇか。」
「ふふふふふ、わかっとらんの、親父殿。道だけではない。乗り物も作るぞ!馬車じゃ!」
「乗り物?・・・昔にあった牛車みたいなものか?牛が曳くものがあったと聞くが。」
「そうじゃの。馬の数も増やし、競馬もやりたいのぉ。というか、古渡の城は邪魔じゃから、親父殿はとっとと清州に移れ。いい加減、いい機会であろう。」
「そうだな。移るのはいい、しかし、古渡城は潰すのか?悪い立地ではないと思うが・・・」
「いや悪い。あそこにあっては、那古野を中心とした道が作れん。それに、城の近くに熱田の分社も構えるつもりじゃ。だから余計に邪魔になる。」
「なるほどな。道はどう作る。那古野から清州はわかるが・・・他は?」
「北にも城を作るつもりじゃ。よいじゃろ?どうせ美濃を相手にするのに必要じゃろうし。そこと那古野を結ぶ。あとは東じゃが・・・」
「安祥城があるな。あそこはどうなんだ?」
「戦のための城としては悪くはない。じゃが、金の流れとして見るなら微妙じゃ。じゃから、安祥城にも繋げる。しかし、大元は亀崎城じゃの」
「亀崎?水野が築いたあれか?確かに悪くはないと思うが・・・。」
「今はまだ、婚姻同盟でしかないじゃろ?しかも側室じゃ。織田と水野、そして佐治の関係は弱いと見るの」
「む・・・、まぁ油断すれば今川に寝返るだろうな」
「おう。じゃからの、次は西尾を取る。こっちはわしが向かう。」
「おう、それはいいが・・・。やれるのか?あそこは吉良の城とはいえ、もう今川に落ちてるだろ?」
「できる。昨年、作ったものがある。それなりに溜まってきたのでな、使ってみようと思っとるんじゃ、楽しみに待っとるとええわ!」
俺は、そう笑顔で親父に告げ、親父の前を後にする。
───「ふはははは、白燐の恐ろしさを目の当たりにするといい。灼殺じゃ」




