第12話:熱田神宮
親父と長々と話しながら、進んでいくと
目の前に熱田神宮のその姿が見えてきた。
あぁ、途中、門前町も通った。
海が目の前だってのもあって、かなり賑やかだった。
海産物だけじゃなく、畿内からのものもかなり出ているようだ。
まぁ、偽物なんかも多いだろうけど、本物の唐物も出ているんじゃないかな?
熱田神宮の支配下で露骨にやらかすものもそう多くはないだろう。
よほど自分に自信のあるものだけだろうな。
「季光」
「おや、これは信秀様。今日も参られたので?」
「お、おい。言うんじゃない。」
「ほぉ〜、親父殿は毎日のようにここまで遊びに来られておるのかな?」
「毎日と言うほどではありませんが、頻繁には来られておりますね。」
「それはそれは。」
「」
「はぁ…、親父殿、とりあえず私を紹介してくれ。でないと話も進められん」
「う、そう、だな。よし。
季光、こっちのチビが俺の息子の吉法師だ。
こいつもここにきて色々見たいてことなんでな。
またよろしく頼む。迷惑ならいってくれ、すぐにやめさせるからな。」
「親父と一緒にするな。俺は弁えてるから大丈夫だ。」
「どこがだ?もう少しちゃんとしろよ。俺が悪いみたいだろ。」
「いや、こっちの方がよかろう。最初に私心を晒しておく方が千秋殿もやりやすかろうと思ってな。」
「いや、普通は逆だろうが」
「ははは、いやいや、やりよい方で構いませんよ。信秀様のご子息ですしね。」
「おっと、そりゃどう言う意味だよ」
「そういう意味ですよ?」
などと、しばらくの間、談笑を続けた。
・・・・・・
「で、話はそのくらいにして、俺の方から頼みがあってきたのだ。」
「ほう?吉法師様から頼みですか?」
「あぁ、先日には生駒にも別のことを頼んだのだがな。
千秋殿にも大事な頼みがあってな。」
「お伺いしましょう」
「うむ、まずは欲しいものがある。
塩水・お酢・玉鋼・鉄・銅・銅線・麻布・漆。これくらいだな。」
「塩水、お酢、鉄に銅、玉鋼、ですか……?」
「あぁ、漆と皮布もな。
銅は細くて長い紐みたいにしたものが欲しい」
「それは構いませんが、何に使われるので?
いえ、単体で使われるというのならわかります。
しかし、そうなると吉法師様がわざわざ私にまで頼みにくる理由がわかりません…」
「新しい戦だよ。いや、商売ってことにしておこう」
「新しい戦……」
「そ。今、織田弾正中家は津島とここ、熱田神宮を抱えていることで大和守家に対抗してる。」
「…ですな。」
「しかし、しかしだ。資金の面では大きいが、権威の面ではとてもとても小さい。
斯波様は言わずもがな、大和守家にも対抗は難しい。」
「しかし、力の上では圧倒しているのでは…?」
「あぁ。だが、守護や守護代の権威を丸切り無視して攻めてみろ、どうなる?」
「………国人領主たちは嬉々として寝返るか独立するでしょうな」
「あぁ。そしてその先は、今川だろうな。」
「・・・・でしょなぁ…」
苦々しい表情を浮かべつつ、千秋の当主はそういう。
「今川は巨大だ。今はまとまり欠けるところもあるから隙があるが、強い当主が出ればどうだ?
そうなれば、かつての今川がまた蘇ってくるだろう」
「さて、そこまでの人物が出てくれば、そうなるかも知れませんな。
しかし、土岐もあるでしょう?美濃方面はどうなのです?」
「美濃か。あそこはもうダメだ。
恐らく、そろそろ反乱か追放が起きるな。」
「反乱…、追放ですか?」
「あぁ。」
「それはまたどうして。」
「簡単だよ。土岐頼芸が兄を追い出してから随分と無茶をしているからな。
裏で長井が動いているようでもあるしな」
「そして親父殿は、権威が足りない分を他で補おうと考えているようだな。」
「……分かるか?」
「別におかしな考えではないしな。順当と言えば順当だ。
が、問題もある。」
「………何?問題だと」
「あぁ。土岐頼芸が神輿にすらなれん馬鹿だという点だ」
「いや、馬鹿だろうと守護だぞ?それなりに価値はあるだろう?」
「俺は“ない”とみる」
「そこまでの、というわけか…」
「実際にあったことがあるわけじゃないからな、そこまではわからん。
しかし、美濃では2度目だろ?守護を追放したのは。」
「あぁ。…あ、もしかしてそれが原因か?」
「最初に美濃守護を継いだのは、確か土岐頼武だろう?
で、二十五年前に追放されて、また戻ってきたんだよな?」
「………あぁ、そのぐらいの時期、だったかな」
「で、そのあとは朝倉の力で守護に舞い戻ってる。」
「このまま追放されるとすると、その時の再現になりそうだな」
「あぁ、そうなれば、俺もそれを狙うだろうな。朝倉もやり切ったんだから、俺でもできるだろう」
「そこが問題だ。
本当にできるのか?いや、親父の力を疑っているわけじゃない。
当時と今とでおきく違うことが一つあるだろ、ということだ。」
「……?なんだ?何が違う」
「土岐の力だよ。」
「土岐の……?馬鹿だってことか?いや、それじゃ違うってことにはならんか……」
「あいつら、散々美濃の中で争ったんだろう?兄弟揃って。
それに巻き込まれて、どれだけの美濃の国人達が迷惑したんだろうな?」
「あ・・・、そうか。それがあったか。
そりゃ、恨んでるわなぁ…。それで、それだけ争っている間、誰が国人達の世話をしていた?」
「長井・・・いや、今は斎藤だったか、あいつだな。」
「そうだ。そして、まぁまだ追放されちゃいないが、それでも相当嫌われているようだぞ。
そんな相手が戻ってくるのを歓迎するか?」
「しない、か。しかしな、時の権威は使えるんじゃないか?」
「ここでは使えん。斯波と敵対することになる。
そうすれば、尾張中の勢力が敵に回ってもおかしくない。」
「そこまでいくかぁ?精々が、他の織田くらいだろ」
「いや、水に落ちた犬を叩くのに理由はいらん。
ましてや、守護の斯波の権威を潰す行為だ。尾張領内には置いておけん。」
「いや、だがなぁ…。」
「毒饅頭だ。」
「む……そうか。」
「あぁ」
「はははははははは、いや、なかなか面白いですな
傍目に見ていて、どちらが親か子かわかりませんな」
そう言って、大声で笑う千秋を親父と見つめる。
「笑いすぎだろ、お前」
「いやいや、失礼。内容もそうですが、沈んでいる信秀殿もなかなか愉快でしてな
なかなか見れぬものを見たと思い、笑わせていただきました。」
「はぁ、お前はもう、ホントにさぁ…」
「ま、しかし、私も若君と同意見ですな。
土岐は毒饅頭でしょうな。」
「むぅ・・・そうか。」
「とすれば、権威は他で補うしかないでしょう」
「他?」
「えぇ、朝廷の官位などであれば多少は効果がありましょう」
「公家にでもなれと?」
「いえいえ、適当な官位を得て斯波の色を薄れさせる程度でしょうな」
「無意味ではないか」
「さて、そうとも言えませんよ?
今、弾正中系は形式上、斯波の家臣です。
しかし、朝廷からの官位を頂けば、これが朝廷の臣となる。
この違いは大きい。」
「朝廷の臣、か」
「斯波の指図など、多少無視しても問題はなくなるでしょうな。」
「ぬぅ・・・。それは確かに魅力的だな」
「でしょう?それに、朝廷は困窮しておりますからな。
金をくれてやれば、官位の一つ二つはいただけるでしょうな」
「伝手がいるな・・・」
「よろしいですか?親父殿千秋殿。」
「お、と。で、なんだ?話はまだ終わってなかったのか?」
「終わっとらんわ。というか、始まってすらおらん。」
「そうだったか、すまんすまん」
「はぁ…。官位もいい悪くはないと思う。
が、それだけでは足りんと思うぞ。もう一歩踏み込むのと足場を固めることが必要だと思う。」
「若君は何かお考えが?」
「ある。踏み込む方は、公家を招く、ということだ。朝倉や今川でもやっているようだしな。
公家を招いて、公家を中心とした街を作ってやる。これが一つ。」
「街……、そこまでいるか?」
「いる。そして次は、民草の心をとる。織田弾正中家にのみ、民草が忠義を尽くすように仕向ける」
「ウチにのみ?流石にそれは無理があるだろう」
「いや、できる。実際にやっている家が、すぐそばにあるだろう」
「すぐそば?・・・・もしかして本願寺のことを言っとるのか?」
「そうだ。それに千秋家もそういう側面はあるだろう。」
「確かに、ウチも昔は越前方で神主だか宮司だかをしていたようだがな……」
「少し、問題もあるのだがな・・・。」
「問題は山ほどあるようにも思うが、なんだ?」
「織田の名前だ。織田神宮を建て、そこを中心に民草の心を集めるつもりだった。
だが、織田というのは、ウチ以外にも多くいるだろう?そちらにも流れられると困るからな。」
「あぁ……しかしな、そう簡単に変えるというわけにもいかんしな」
「あぁ、俺も変えるつもりはない。
斯波氏を継ぐ、というのも考えたが、できるとしてもだいぶん先になるだろうしな
それよりも、“那古野の”織田神社の名前で売った方が早い」
「まぁそれはそうだろうが。そもそも、民の心をってどうするつもりだ?」
「そのためのさっき言った道具だ。」
「……あん?」
「塩・お酢・玉鋼・鉄・銅・皮布というあれだ。」
「あぁ、なんか言ってたな。それで何かするのか?」
「する。というか、色々できるようになる。語ればキリがないほどにな」
「む、まぁいい。後で話せ。」
「あぁ、話すよ。だが、それより千秋殿に物を用意してもらわねばならん。」
「あぁ、そうだったな。」
「で?先ほどおっしゃっていたものを如何程必要うとされますので?」
「具体的には、だ。」
※当時の単位で書くとかなり面倒になるので、現代の単位で記載します
また、もっと厳密にミスも考慮したものにもできるのですが、ややこしいので、下記で妥協
・鉄板:A4サイズ(厚さ1mm):7×9寸8分:重量120匁:60枚
・銅板:A4サイズ(厚さ1mm):7×9寸8分:重量130匁:10枚
・容器:A4サイズが入る(0.5L):仕切りのある木箱(水漏れしないもの):10個
・穀物酢:約4L×6:2斗4升:24L
・食塩:約100g×6:162匁:600g
・棒状の玉鋼(高炭素鋼):長さ10cm、太さ1cm:6本
・銅線:15m×6:48間:約90m
・銅線:10m×:5間半:約15m
・漆:銅線全体にしっかりと付ける
・手袋・覆面:酸から身を守れるもの
「これくらいだな」
「……いやはや、これは…」
「最低でもこれくらいは必要なのだ。」
「しかし、20、いえ、低く見積もっても15貫文はしますよ?」
「なに、これで作れるものに比べれば安い」
「おいおい、出すのは俺だぞ?少しは遠慮しろよ。」
「おぉ、ありがたい。持つべきものは器の大きな親父殿だな!」
「調子いいこと言いやがって……。」
「どうされますか……?」
「吉、これがあればウチは大きくなれるか?」
「なれるな。まぁ、誰ぞかに邪魔されなければ、な。」
「おいおい、そんなこと言うのやめろよ。…たく、わぁったよ。出してやる。
だがなぁ、しっかり成果は出せよ。」
「あぁ、しっかり返すとも。何、物が集まりさえすれば、そう時は掛らんとも。」
「物が?」
「えぇ、はい。あー、塩やお酢はまぁ、ありますからすぐにでも出せますが…。
銅線や玉鋼というのは…、特に刀にするわけでもなく、棒として、それもこの大きさでは、まずないでしょう。
その分、相応に時がかかるかと思われます。」
「あぁ、そういうことか……」
「えぇ、ですので、前金としてとりあえず、10貫文。
あとは、掛かった額次第、ということでいかがでしょう?」
「あー、構わん構わん。それで頼むわ」
そういう流れで、熱田神宮での話は終わった。
(これが集まれば、この戦国時代は変わる。いや?俺が戦国時代なんていう区分を消し去ってやる)
転生者、織田信長の日々は続く……




