第10話:城付き集落
「生駒のよ。あと、もう一つあるのだ。」
「おや、まだありますので?
流石にそういくつもは任せていただいてもできませんが……?」
そう言って、少し嫌そうな顔をされる。
「あぁ、大丈夫。最初に言った石鹸にも関わってくることだしな。」
「なるほど、で、どのようなお話で?」
そう言って親重は少し身を乗り出してくる
「石鹸の原料には、海藻や草木の灰と油だと言ったろう?
その油についてなのだがな、
椿油で作ったものと菜種油で作ったものは分けてもらえんか?」
「ふむ、高価値品と低価値品に分けるということですな?
まぁ、それくらいならよろしいでしょう。」
「本当は、椿を増やしたいんだがなぁ
土地あたりの油量は椿の方が上なんだが。」
「いや、しかし、手間が掛かりすぎますからな…。」
「わかってる。あれは落ちた実を使わねばならんからであろう?
うまく落ちた実が1箇所に集まる仕組みでもできれば良いのだがな」
「流石にそれは…。斜面に椿を植えたとしても、そこまでうまくは転がりませんよ。」
「あぁ、わかってるよ。
今の段階では単なる妄想に過ぎん」
「ですが、椿を高級品としてでありますか…。
石鹸の効果も違うのでしょうか…?」
「多少は違うと思うぞ?
しかしな。それより、高級品にはニオイなどをつける仕組みも考えたら良いかもしれん。
その石鹸で体を洗った際には、その匂いがつく、となればより売れるのではないか?」
「ほぉ!良き案ですな。それも試してみましょう。」
「うむ。よし!今日は実りのある一日となったわ。石鹸と白粉は頼むぞ?」
「はい。こちらも大変実りがございました。本当にありがたく」
「良い良い。ではまたな」
と言って、俺は数時間滞在した生駒の問屋を後にした。
「で、次なのですが若様。」
そう言って、護衛の織田恒正が声をかけてくる
「ん?どうした恒正。」
「いえ、今近くの集落の方に向かっておりますが、こちらでも何か目的がありますので?」
「ん、あるといえばあるな。しかし、今日で全てをこなすことはできん。
こちらは本当に様子見だな」
「左様ですか……」
そう言って恒正は少し安心したようにうなづいた。
ちょっと負担をかけ過ぎたか?
いや、しかしそこまで大したことはしておらんのだがなぁ…
三左衛門は落ち着いておるのに、恒正の方はもう少し、落ち着いてはくれんのか。
そうこう考えながら、城付き集落の方まできた。
ここで俺がしたかったのは、稲作の改良がどこまで可能なのかの事前調査だ。
つまりは、よく転生者の小説である、『正条植え』『苗代法』『塩水分離』これだな。
彼らの転生小説では、あまりにも簡単に書かれている。
しかしなあ、これ、そんなに簡単なものじゃねぇんだ。
まず、前提の話をしていこうか。
さっき言った、正条植えも苗代法も塩水分離も、
いわゆる明治ごろには実施されていたこれらの農法。
この原型、というか知識そのものはすでにあるんだよ。
今の時代は、直播で種を蒔いて育ててるが、これがダメそうだ、というのはすでに知られているんだ。
正条植え、という方法までには、一般では至ってないんだが、
正条植えで収穫が上がる理由なんて、この上なく簡単だ。
栄養価の取り合いを無くし、雑草を取りやすくする。
これが目的なわけだ。
だからこそ、収穫量も上がる。
しかしなぁ、実際にはどうだ?
されてないよな?
そして、これら以外にも、
『乾田』というのがある。
この『乾田』というのは、現代の水田での方法だと思っていい。
要は、苗を植えた田んぼに水を入れて育て、終わったら水を抜く。
これでいいわけだ。
だが、この時代で使われている方法は、『湿田』
こっちは、水捌けの悪い泥のような土で米を育てる方法だな。
こっちの方が収穫量が悪い。
生産性も低くないんだよな。
なぜだろうか?
簡単だ。
『乾田』には、水を入れて水を抜く作業があるんだ。
しかし、これは、用水路と排水路が整備されてないとできないわけだな。
そして、それらの整備には手間と金がかかる。
(どう考えても大変だからなぁ……。そもそも彼らの持ってる田んぼもぐちゃぐちゃだし、色んな意味で)
そう。
この時代の農家が持っている田んぼは、湿田が多く乾田は少ない。
そして、それ以前に、区画整理なんて全くされていない。
だから、個人個人の田畑の範囲がパッとみてわかるようなものではないし、
現代のように四角くもないから、本当にぐっちゃグチャである。
(那古野城の周辺だけでも、乾田に置き換えたいんだけどな。あとは区画整理。)
だが、それらをするのは莫大なリスクがありコストがかかる。
乾田に置き換えるためには、まず区画整理をした方が効率的だし、というかそうしないとコストが跳ね上がる。
また、乾田を整備するためには、各田圃に用水路から水を引けるようにしなければならない。
当然、排水路の方も同様だ。
さらに、水が抜けるようにするのは、目に見える場所だけじゃない。
目に見えない地下の方も同様だ。
暗渠と呼ばれる地下に溜まった水を抜くための排水パイプをセットしなきゃならない。
これの設置がかなり大変で、深く掘って各所に設置するから手間がかかるようだ。
後は、土に水が染み込みやすくするため、土を深く掘れる道具もいるな。
鋤とか鍬とかだが、これも改良してやった方が手間暇が少なくなるだろうしな。
馬に引かせることもやってはいるようだが、裕福な農家だけなんだよなぁ……
というわけで、集落を見て回っている。
「庄屋、今日はよろしく頼むぞ」
俺は、ここの集落の代表にそう、声をかける。
「へぇ、こちらこそお願いします」
(こいつも、迷惑に思ってるだろうなぁ…内心じゃ。だがな、こっちにとっても必要なんでな)
税を取り立ててまとめて収めるのが彼らの仕事の一つだ。
当然、そこには税を低く見積もらせようという陰の努力がある。
(こっちとしては、税は多い方がいいんだよな。まぁ、農家の人間が潰れない程度には、だが)
そう、現代だけじゃなく、この時代でも脱税はある。
というか、知っての通り、この時代では脱税のオンパレードである。
脱税した金、というか米で反乱したような地域の話も聞いたことがある。
だからこそ、気が抜けないのだ。
落武者狩りのように、この時代の農民たちは無力じゃない。
兵士として使われることもあるから、武器があり武力がある。
(そのうち、兵農分離もしないとなぁ…。今はまだまだ時期尚早だけど。)
兵農分離をして、農民から武器を取り上げる。
これが安定した統治には重要なのだ。
現代でだって、あるだろう?
アメリカは、銃社会で、治安を守る側も乱す側もどちらも銃を所持してる。
だから、日本に比べて治安が悪い。
さらに南側のメキシコなんて、銃どころか兵器も所持してる。
麻薬マフィアとズブズブにならないと、国の安定さえままならない。
まぁ、アメリカのような広大な国だと、単に銃を奪えばいいというわけでもないから、否定はしないけどな。
アメリカという国を日本と同じように統治しようとしたら統治コストが格段に跳ね上がるんだ。
各所に交番?無理無理。
どんだけ広いと思ってんだ。
てな感じ。
まぁ、それはさておき。
ある程度、安定して守り切れるようになったら、兵農分離は欠かせないんだ。
つまりは、尾張統一後あたりからだね。
あとは、文官と武官も分けて、と、やらないといけないことが山ほどある。
そして、それらをやり遂げるには人材が必須。
孤児やら農家の次男坊以下を集めて、人材教育に乗り出そうとは思ってるんだが……
そもそも、那古野城内での実権が、まだまだ足りないんだよな。
まぁ、そもそも8歳だしな。
言うことなんて聞いてくれるわけねぇべ。
だから、て始めに池田の勝三郎から順に教育してるんだけど
まぁまぁ、って感じだな。
運動はできるようにはなってる。
あー、つまり、体力はある方だろう。
同年代に比べれば。
だがなぁ、俺も槍とか刀を持って戦うとかしたことないし、
どこまで強くなったのかはわからんのよな。
とりあえず、戦は体力勝負だろうとは思うから、体力はつけるようにしてる。
あとは、運動後に大豆を摂るようには気をつけてる。
筋肉をつけるのにタンパク質は大事だからなー
本当は、動物性のタンパク質がいいんだが
卵とか肉とか牛乳とか…
この時代じゃないものねだりだよなあ………
とりあえず、卵は早いうちになんとかしたいと思ってる。
卵がだめとか、肉がダメとか日本だけだし。
ちな卵がだめになったのは公家と仏僧のせい。
肉がだめになったのは仏僧のせい。
それぞれ、自分たちが独占したいからてのと、
大陸で習ってきた仏教の宗派がそうだったから、それに染まったって感じ。
天竺の仏僧は、普通に肉も卵も食うのにな。
この辺りの情報も広めたいんだが……
今の俺じゃぁ、広めるための情報源を隠しきれん。
俺発信の情報だってバレたらどうしようもない。
根拠も説明できないしな。
つまりは、説得力皆無。
だがなぁ、なんとかして広めたいんだよ
こればっかりは結構切実なんだ。
だってさ、もう八年だぞ?
八年も食ってないんだよ、うまいもんを。
俺が食ってる飯知ってるか?
玄米に味噌汁、時々魚。
あとは、大豆なり山菜なり。
こんなもんだ。
しかも醤油もない。
日本人の心たる醤油もないんだ!
挙句に、甘いものも皆無!!
甘味は何処にあるのだ!
正直、早くしないと正気を失いそうなのだ。
せめて、肉と米が食えるようになれば、精神面でも武力を増やすという意味でも助かるのだ。
動物性タンパク質は速筋を育てるのにいいしな。
卵のアミノ酸だって必要不可欠だ。
必須アミノ酸って言葉くらいは聞いたことある人間も多いだろう?
だから、なんとかして食えるようにしたいんだがなぁ…
宗教の壁は厚いのだ…
(…………?そういや、熱田神宮ってここから遠くないんじゃなかったか?)
この日俺は、集落の見回りを早々に終え、護衛と従者を引き連れ、親父殿の古渡城と熱田神宮を訪れることに決めたのだった。




