[第3記]シズリィロ
「…そこを曲がれば支部だ。」
オペとサディはベレケンヤードの路地を歩く。
「ここだな」
階段を降り、地下にある何の変哲もないバーに入る。人はいない。休業中なのだろう。カウンターの下にある荷物をどけると、隠し扉が現れた。ハシゴを降りた先に鉄のドアがある。オペはカードキーを取り出してスキャナーにかざした。
ピピッ…ガチャ
「…誰だ」
ドアを開けると、強面の獣人がオペを見下ろす。
「小さいな。ちゃんと左胸にSIMのロゴがある…他のとこからきたのか?」
「あぁ。本部から来たオペロジャックだ。」
「うちも本部から来たサディノイラだよ」
「なっ…!」
強面の獣人の顔が変わる。
「すみませんでした!!総司令と副司令官だとはつゆ知らず…!本部の方が何かうちにご用ですか…!」
「あっいや…タメ口でいいよ…俺19歳だし」
「そうですか…」
「シズリィロという保呪者について聞きたい」
「わかりました。こちらへ。」
強面の獣人はオペを会議室のような場所へ通すと、数枚の写真を机の上に置いた。
「こちらがシズリィロの写真です。壊れた政府基地の中から、うちの調査班が監視カメラのデータを発見しまして」
「ふむ」
オペは写真を手に取り凝視する。
シズリィロ…という名前のその獣人は、白い毛並みで犬のような垂れ耳を持っている。左目は黄緑、右目はピンク色…そしてこちらを睨んでいる。そんな写真だ
「なるほど…女性なのか。スカートの様な物を履いているし」
「なのですかね…情報が何もなくて…」
「うーん…?」
サディはなにか引っかかるようだ。
「どうしたサディ?」
「いや…どっかで見たことある気が…気のせいか」
「そうか…?こんな特徴の獣人は見たことが…」
「いやまぁ解決しとくよ。」
「ありがとう。見た目を知れたよ。」
「お役に立ててよかったです。」
「サディ、行くぞ。」
「はぁーい。」
写真を見ながら暇そうにしていたサディが言う。
2人は支部のアジトを後にし、写真を見ながら街を歩く。するとサディが何かを見つけた。
「おいオペ。あれ…」
サディが指さした先には、写真に写っていた白い獣人がいた。ニット帽を被り、よれた長袖シャツを着ている。政府軍に絡まれているようだ。
「やめてください…」
「なんで?遊ぼうよ。そうすればめんどくさい呪いの検査は免除してあげるよ」
「……シズリィロだな」
オペが写真と白い獣人を見比べながら言った。
「ボーイッシュなカッコしてるのいいねぇ」
政府軍がシズリィロの腰あたりを触りながら顔に不快な笑みを浮かべた。
「うげぇ…あいつきも…」
サディは政府軍を軽蔑の目で視界の端におさめた。
「俺が行こう。」
オペが政府軍の方を向いたまま写真をサディに渡す。
「おい、困ってるだろ。やめてやれ」
「はぁ?お前誰だよ」
「俺のことはいいだろ。お前キモイんだよ」
「急に現れて調子乗ってんじゃn…」
バタッ…
政府軍が唐突に倒れ込む。
「…どうした?おい、」
「ふぅ…キミが気を反らしてくれて助かったよ。」
「政府軍が…お前がやったのか?」
「そうだよ。じゃあボク行くね。」
「待て、お前はシズリィロ…だな?」
ピクッと垂れ耳が動き、シズリィロがこちらに向き直る。警戒しているような目つきだ。
「…なぜボクの名前を?」
「政府軍の基地に記録が残っていた。」
「そう。」
「やけに冷静なんだな。」
「うん…さっきから『政府軍』って言い方をしてるけど、キミが政府軍ならそんな言い方しないだろう?それに本気で驚いたような顔してた。ボクの呪いを知っていたらあんな反応しないはずだからね。」
「なるほど…」
「つまり全能統治軍のことをよく思っていない…保呪者の集まり所属かな?キミは」
「ただの正義感の強い政府軍かもしれないぞ。」
「ないね。あいつらプライド高いだけだし。」
「うぅむ」
「…で。なんの用?」
垂れ耳を手でいじりながらオペを見る。
「えっ…」
あまりに話が早いので、オペは一瞬思考が止まった。
「俺の反乱軍に入って共に戦ってくれ」
「なるほどね。察してたけど。」
シズリィロはそう言った後、ニコッと笑った
オペも嬉しそうに笑い返した。
「お断りだよ。」
「ええっ!?」
「正直メリットがないね。1人のほうが楽だし。ボクの呪い結構強いんだよ?しかも気持ち悪い能力だ。組織に入っても変わらず1人だろう。なら今が良い。」
「そんな事ないぞ!強いのは良いことで」
「じゃあキミ保呪者だし特別に教えてあげるよ」
少し不機嫌そうな口調で、シズリィロはオペの言葉を途中で遮った。
「ボクの呪いはひとの魂を操れる…。寿命が近いほど自由に操作できて、1年以内まで行くと殺すことだって出来るんだ。」
「この力はずっと忌み嫌われてきたんだ。気持ち悪いだの人殺しだの言われるのは日常だよ。ボクは望んでもないのにこんな人の命を遊ぶような力を押し付けられてさ…でもこれは使命なのかもって思って…」
「普段はそれで病人の魂を奪って!安楽死と謳ったただの偽善殺人をして!それでも感謝されることもなく言われるのは『人殺し』だけだった…!」
シズリィロはオペに感情を投げつける。
「…………」
オペは投げつけられた感情を大事に手に持ったまま、それをシズリィロに返すことは出来ずに唖然とした。
「死神の真似事さ!どうだい!?気持ち悪いだろ!?あは…はは…!」
そう叫びかけ、少し涙を浮かべながらシズリィロは俯いた。
「……………」
オペはまだ感情を持って棒立ちしている。
「うんうん。なるほどなぁ〜」
路地裏のパイプに逆さにぶら下がったサディが、目を瞑りゆっくり頷く。
「うわぁ!?誰だい…!」
「いやぁね?なんかアタシ抜きで話し始めるからさ。上から聞いてたんだよ。あ、アタシサディ。この灰色のニャンニャンとは仲間だ。」
「…!?サディ様…!?」
「おっ。覚えててくれた?」
サディがシズリィロに微笑む。
「ん?知り合いなのか?」
オペが不思議そうに首をかしげる。
「ボクが少し昔、政府軍に追いかけられて拘束されてたときにサディ様が助けてくれたんだ…」
「忙しくてSIMには誘えなかったけどね」
「サディ様…夜だったので見えなかったですが、このようなお顔をされていたのですね…美しい…」
「照れるね…じゃあとりあえずSIMのアジト来いよ。隣町だし本部のほう来てもらおうかな」
「いや…ボクは…」
「こないのか?」
「あぁ…うん…じゃあ…」
そうしてオペ、サディは本部の中に入り案内を始めた。しかしシズリィロはあまり乗り気ではない。
「なーシズ、こんな色々あるんだぜ?楽しもうぜ」
サディがシズリィロを覗きこみながら言う。
「シズって…まぁ良いけど…ここにいる人達も可哀想だね。本部っていうことは最重要なんでしょ?そんなとこにボクみたいな気色の悪い死神が入ってさ」
「ははっ、ネガティブワンちゃんめ!じゃあ気持ち悪がられるか確かめに行こうぜ!」
「……うん」
大広間のような場所にSIMのメンバー達を集めると、サディはシズの頭に手を置きながら語り始めた。
「みんな聞いてくれ!今日からSIMに新しいメンバーが入る!魂を操り、普段は不治の病の患者を看取っている最強の保呪者、シズリィロだ!」
「ちょ…!そんな詳しく説明したら嫌われ…!」
数秒の沈黙が流れたあと、メンバー全員が大喜びしてシズの周りに一斉に集まる。
「すげぇ!魂操れるの!?」
「かっけぇ!よろしくな!」
「美人だね〜!お菓子いる?」
「仲良くしようね!シズリィロさん!」
静かに壇上から降りたサディが、壇上のシズに向かってニッと笑う。シズの顔にも笑顔がこぼれた。
サディが大声でメンバーにいう。
「お前らーー!あだ名はシズだぞー!」
「「「シーズ!シーズ!シーズ!」」」
大広間に歓声が湧き起こった。
集会が終わり、メンバーは任務に戻る。
「…シズの戦闘服も作ってもらおうな。要望書いとけよ。衣類作製役に提出するから。」
廊下を歩きながらオペがシズに説明する。
「…ここのひとたちは温かいね。さっきもボクの呪いを気持ち悪がるどころか羨んでくれてた…」
「だろ?」
「まさかサディが反乱軍所属だったなんて…」
「俺も驚いてるよ。知り合いだったなんてな。ところでなんで本人の前だと『様』付けなんだ?」
「…サディは…ボクが昔に会ったとある人に凄く似てるんだよ。その人はもう死んじゃったけどね」
「そうか。」
オペは静かに言った。
「案内ありがとう。あとはボクだけで出来るからオペは戻っていいよ。」
「分かった。おやすみ。」
―翌日
オペが目覚め食堂へ行くと、シズとサディが隣同士の席で朝食を食べていた。
「おはようオペ。戦闘服が出来たよ。」
「おはようオペ!シズのこれ似合ってるよな!」
「ありがとう。」
シズは帽子を被って立ち上がり、回りながら改めて自分の服を見下ろした。
戦闘服は全体的に赤く、軍帽のような帽子には丸い金の紋章がついており、ウィンドブレイカーのような服には右胸にSIMのロゴが付いている。黒に金の装飾が付いたブーツ、茶色いズボンの上からスカートのような布がつけられたような装いだ。腰にはポーチや短剣が見える。
「…似合ってるよ。SIMに入ってくれてありがとう」
「嬉しいよ。」
再び椅子に座り食事を食べ始める。
オペはシズの向かいに座ると、フッと笑った。
「…何」
「シズ、食べカスがついてるぞ」
手を伸ばしシズの頬から食べカスを取る。
「…あのさぁ…キザすぎない?」
「えっそうか?でも気はないから安心しろ」
「本当に…?」
「まぁ可愛いとは思ってるが…」
オペが俯く。チラッと顔を上げるとシズは心底引いたような顔をしている。サディは吹き出しそうになるのをこらえて明後日の方向を向いている。
「オペ…キミ…正気なのかい…?うぇえ…」
シズはオペをジトっとした目で見る。
「くふっ…w」
サディはプルプル震えている。
「…なんかおかしいこと言ったか?女性に可愛いと言うことの何がおかしいんだ…?」
「あー…そうゆうことかい…」
おかずをひとくち口に運ぶ。
「ボク、男だよ」
そう言い放ち、シズはスープを少しすすった。
「…ん??すまない。なんだって?」
オペが腕を組み、シズの方に顔を傾ける。
「アタシは真理の力で知ってた」
サディは笑いながら頷き、シズの背中を叩いた。
「そうか…それは…すまない」
「「あっはははははは!」」
シズとサディは顔を見合わせた後、オペを見て笑う。食堂に笑い声が響き渡った。