それでも
「封印は大詰めにかかってて、成功すれば確実に終戦に向かっていくはずなの。でもモラドたちの抵抗で、準備が十分に取れなかった…。でもヴェルザンディを今止めないと全てが終わってしまう。だからハークとマリナルは今、命を賭して封印しようとしていて…! でも…私は何もしてあげることが出来ない…」
「支えたいと?」
「もちろん支えたいに決まってる!…でも悪魔を封印する魔力は私には持てないから、2人を助けられる役割にない…!それがあまりにも悔しくて……」
「それが運命っていうもんなんじゃないのか?犠牲がつきものなのは今までの旅路で学んできたはずだろ?嫌というほどに」
「……」と黙りこきやがる。
そこで失速するな。もっと想いを走らせろ。
“私が考えているのは単なるワガママだ”
そう思ったのならどうしてもっと叫ばない?
嘆願が上手く通らず、訳の分からない人を呼び出してしまったから何だ?
俺を殴ってでも従わせろよ。
望みを絶つには2,3分ほど早すぎる。
お前の想いを出し切った後の、俺の応えを待って、そっから判断しろ。
次を言わせるために「それでも?」と語頭を与えた。
「…それでも」アリシアは、俺の言葉を口で反射させる。
「それでもなんだ?」
最後まで叫んでみせろ。
「…… それでも!皆んな、あの子達に希望を託して逝ったのよ。これから先の未来を灯す火を!炎を渡して逝った!戦争が終わった後も2人の力が必要だって…2人が世界に勇気を与えるそんな未来を願って!私もそれを願ってるっ…!」
空間に語気が走った。
そしてアリシアは、隣で肩を並べて座る俺の襟元を掴んで「手を貸して…サガラ!」と名前を呼んだ。
自らの不筋を知りながらも、貴女は勇気を支払った。
俺にはそれがあり得ないほどの大金に思えた。
今度はこっちの番だ。
そもそも、犠牲がどうとか言える立場にないくせに、何を生意気に語ってるんだろうか。
俺は不覚にも足元に目線を下ろしてしまった。
アリシア達の大冒険に比べたら、記者というのは本当に気楽なもんだ。真逆と言っても差し支えない。
足を使わず、ある事ない事書けばいいのだから。
時には悪どいクライアントからの発注で、世論を騙して、煽って、貶めて、それを生業にしていたこともある。そんなことが当たり前になって、いつしか俺はクラゲになった。
意識無意識関わらず好きな時に相手を傷つけて、それをさも知らないふりをしてごまかしながら、浮世に身を任せ、ただ流れの赴くままに渦中を漂い続ける毒を持ったクラゲ。
本当に自他共に認めるほどのクズな野郎だ。
ただそんな俺も一年ほど前から、周りの影響もあって少しばかり善行に励んでみようと思った。自分なりに出来ることをコツコツと。特に最後の仕事は我ながら良くやったと褒めてやりたいくらいだ。
だからといって、それでこれまでの業が清算されるわけじゃない。結果ああなってしまったのだから語るまでもない。
自分に呆れ、ため息が溢れたのを聞かれ、「ため息…」と憂い、アリシアは視線をこっちへ向けた。
襟元を掴んでいた手を離す。
……それでも。
もし、これまでの行いが、あいつのナイフによって相殺されたのなら。
“もし生まれ変わったら”っていう、よく聞くようなくだらない状況に今、立たされているのなら。
変われるだろうか。
「いや、なんでもない。こっちの話だ」
「…そう。それで答えは?」
「もちろん。やる他ないだろ」
そう言って、貴女の青い瞳を見つめた。
呼応は済んだ。