あーこりゃ死
「ああ、こりゃ死んだな……。」
刺されたところから赤黒いのが、まぁ滝のように流れてるんだから、間違いない。携帯も致命的に割れてるし、周りには逃げていくあいつの背中以外誰もいない。
あゝ…殺されて然るべき人生を送ってきたとはいえ、いざその時が来るとなると中々に痛い。
それでいて、怖い……。
艶に語れば、意識と呼ばれた飾りが身体から剥がれてほろほろと外気に溶かされていくような、そんな堪らない怖さが募るばかりである。
この後はどうなる?
ひとつ、死体が出来上がる……?
ああ、なるほど……その程度か。
蚊やアリに比べてちょっとだけ大きいだけの塊がそこに倒れ込んでいるだけ……。
他には何も残らない。
強気に考えよう。
ニューロンの気まぐれで生まれた意識に“魂”なんて名前をつけて戯れてる浮世から離れることができるんだ。せいせいするわ!っとね。
2017年10月……まさか御徒町の高架下が世界の出口になろうとは……へっ。
そろそろだ……。
眠たくなるのとは全く違う終わりの感覚が足先から段々と全身に延びていく……。
カウントダウンが始まった気がする。
5……4……3……2……1…………1……1……1……
……あれ、なかなかしぶとい……
1……1……1…………
1……と数えていたら、眼前は瞬く間に白く光り、濡れたアスファルトの澱んだ臭いが吹き飛んだ。
「うわぁっと……何よ?」
俺は体勢をよっこら起こして辺りを見回した。
そこは温度や湿気も感じない異空間。
遠近感すら判別させないほど真っ白だ。
恐らくは死後の世界。さながら天国に来……いや地獄だろ。俺みたいなもんは特に。
ともかく、そんな眩い景色が眼前にひろがって、はぁ……はぁあ……!
「バッフォイッッ!!!」っと思わずくしゃみが出てしまう。
……!
しまった。
ざっくりいってたんだよねぇ……。
俺はハフハフ言いながら腹部を押さえてみると
……あれぇぇえ!?
さっきまでここにあったはずの致命傷を失くしてしまった。すぐ側をまさぐってみても見当たらない。
傷は完全に紛失した。
「フォォォォーーーーーッ!」
治ってるゥゥゥ!!!!!!!
それに、この全身にほとばしるエナジーは何だ。
これから42.195kmを全力疾走出来るくらいの、この、何というか、そのぉ……、パワーは!
何だか、ファイヤー!って言ったら火が出そうなくらいに、今まで経験したことのない形容し難い用途不明な力がみなぎる。
生きてる時にこれくらいの活力があったら、いったい何連戦出来ただろうと考えてしまう。
おっと失礼。
推定黄泉の粋な計らいに思わず感動して少し取り乱してしまったが、改めて状況を確認しようか。
真っ白で、無味無臭で、まるで無機質な空間。
誰からも支配されることのない、誰にも染められることのない無垢な世界。
こう踏んで立てている以上、天地はあるのだろう。ただ今のところはそれだけが決められているのみで、すべてが未定に感じられる。
俺は何をすれば……もちろん目的なんてここから汲み取れるわけがない。
……とりあえず今は、目の前にいる女性は一体なんなのか気になるばかりである。