異世界で努力を怠るなかれ
ソレは突然だった。
移動教室でたまたま一緒に歩いていた2人の女子高生は、気づくと異世界に召喚されていた。ハルノとハルカ、名前が似ているという理由から何となく一緒に過ごすことが多くなった2人。
召喚成功に湧き立つ人々に囲まれ、教科書を取り落とし、互いに抱きしめ合い、固まって目の前の人々の狂喜に怯えていた。
この時、確かに2人は友達だった。
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「また、お一人ですか?」
洋画に出てきそうなお団子ヘアに厳しい顔に片眼鏡をした、老年に差し掛かった女史が呆れたようにハルノに言う。
「すいません」
「いえ、貴女に言うことではありませんね、昨日の続きから始めましょう」
あの後、城の部屋で話を聞いた。2人は、アニメや漫画の影響から聖女だ勇者だと言われるのかと身構えたが、何と王宮魔術師達による単なる魔法の実験だという。遠隔地同士を結び、片方の地点から片方へ物質を移転させる。予言で成功率が高い、と導き出された日時に儀式を行い、天文学的な確率により2人のいた位置を繋いだ結果らしい。
何と傍迷惑な、と、2人は帰ることが難しいと聞かされ、暫くわんわんと泣いた。頭が痛くなるほど泣いた。仕方ない、十五歳で突然前振りもなく親兄弟から切り離されたのだから。何か珍しいモノでも召喚できれば御の字だったのに、まさかの人2人を転移。魔術師達は大成功に沸いたが、その後王宮のお偉い方々にこってり怒られ、罰も下されたらしい。
その罰の1つがこの、教師のノーニャ夫人の報酬支払いだ。ハルノとハルカは2.3日は王宮の豪華な部屋に不自由ない生活を過ごしたが、いつまでも泣いて引き篭もるワケにもいかない。高校生だった2人は、とりあえず移動教室の時に持っていた理科の本を端から端まで読み込んだ。
2周したところで、大して面白くもなくどうしたものかと机を挟んで向き合い嘆いていた。
そして、その姿を見た職員が、上に進言して教師をつけてくれたのだ。
言語、地理、宗教、建築物、歴史。
元貴族の家庭教師をしていたというノーニャ夫人は、幅広い分野を1人で教えられるくらい博識だった。子どもの家庭教師をしていた時期もあるということで、ゼロから教える事にも長けていた。この世界のあらゆる知識を毎日、学校のマンツーマン授業のように教えてくれる。
だが、ハルカは最初の3日で飽きたらしい。
「ねえ、馬鹿らしくない?ウチら、別にこの世界の人間じゃないのに。何の役に立つっての?」
「うーん、でも、何も知らないのも怖くない?地図だって初めて見たけど、知らない国ばっか。当たり前だけど全然気候も違うみたいだし」
「地図なんて、外出なきゃ意味ないし。見方はなんとなくわかるじゃん。数学とかはウチらのが知ってたし」
ハルカは段々と1日かかりの授業に出なくなり、仲良くなったメイドや職員のような人達とだらだらとお茶をしたりして時間を潰していた。
ハルノは、先生を1人にするワケにはな、という義務感からも毎日机に向き合い、着々と先生から知恵を伝えられた。
ある日、ベッドでおさらいをしていたハルノの元に、バタバタと足音を立てて興奮したハルカが飛び込んできた。
「聞いて!すごいの、王子様に会った!」
黒髪黒目は珍しく、黄かかった白肌はこの世界では異質だ。すぐに件の少女だと気づいた王子は足を止め、ハルカに声をかけて、暫く話をしたらしい。
「すごいね、王子様って」
「でしょ?すごい美形だった、私とまた話がしたいって!」
上気した頬で、キラキラした目をした友人を見ながらハルノは、王子って8人いるって教わったな、何番目の王子なんだろう、とノーニャ夫人に教わった語呂合わせの歌を思い出していた。
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その後も、ハルノはノーニャ夫人の都合がつく限り毎日授業を受けた。最初に持っていたルーズリーフはとっくになくなり、その後はノートが支給されている。多少ごわつくので、ボールペンで書いていたらあっという間にインクもなくなったので、羽ペンを使っている。付箋のような便利なものもなく栞だが、それを話すと商品開発部が頑張って開発する、と張り切っていた。空のボールペンは彼らに渡した。参考に開発してほしいと言う気持ちと、「罰」がどのくらいかわからないが、いつまで滞在できるのか不安があった。味方がほしいという打算があった。
そのころハルカは、頻繁に待ち合わせをして王子に会うようになっていた。
一度、ハルノは2人が美しく整えられた庭園を腕を組み歩いているところにばったり出くわした。
「ああ、君がハルノだね」
確かに絵本に出てきそうな綺麗な王子様だ。ハルノは何とか礼儀を保って習った通りのお辞儀を初めて人前でした。
「何それ?」
見慣れないお辞儀に、馬鹿にしたようにハルカが笑うが、王子様は美しい微笑みのままだった。
「ノーニャ夫人に習っているのだろう、知識は助けになる、頑張りなさい」
上から目線だな、と思いながらも、ハルノははい、と答えた。
その夜、久しぶりにハルカがハルノの部屋に来た。
「ねえ、グレシャス王子、カッコいいでしょ?」
「そうだね」
気のないハルノの返事は気に入らなかったらしい。
「あんたは相手にされないから、近寄らないでね」
棘を感じたハルノは首を傾げた。
「グレシャス王子様は、婚約者とかいないの?」
「いるけど、全然会ってないんだって。小さい頃に予言だかで相性みて決められて。なんか、嫌われてるって言ってた」
「不味くない?いくら仲悪いって言っても」
その言葉に、ハルカはサッと顔色を変えた。
「うるさいな!余計なお世話よ!王子様の方が偉いんだから、婚約者だって何もできないし!」
怒鳴らなくとも、と歪んだ顔で騒ぐハルカを、ハルノは少しうざったいな、と思ったが、それは顔に出ていたらしい。
「ふん、あんたは間違っても王子様に選ばれる顔じゃないし、ウチが羨ましいんでしょ」
明確な悪意に俯くと、ハルカは音を立ててドアを閉めて出ていった。
これが2人が会った最後だった。
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その後のことは、ハルノはノーニャ夫人からと、部屋を掃除してくれるメイドから聞いた。
第8王子のグレシャスは、婚約破棄し、異世界からの少女を選んだそうだ。どこからも反対の声は上がらなかった。婚約破棄された女性の生家からも。2人はそのまま綺麗な対になった衣装を着て、決められた財宝と召使いの数を揃えて、パレードの路を祝福の声を掛けられながら歩いたという。
パレードの路は、王家の墓と呼ばれる建築物に続いていた。
ノーニャ夫人から渡された教本をもう一度開く。
王家の血をもつ者が予言の相手以外と結ばれる方法は、神の世で結ばれること。この世界の人達は、神の言葉である予言を大事にする。そして、死ぬと新たな世界に切り替わり、神々の国で新しい生が始まると信じている。
予言は一方通行だ。そのため、お相手を連れ、世界を切り替え神の世で、予言以外の相手を娶る許可を神から貰うことではじめて神の世で一緒になれるという。
あの子は、生きたまま王の墓に入る。出口は表から厳重に塞がれる。一緒に向かった召使いは外で見届ける役目、財宝は神々への訪問のための捧げ物だ。
あの子は、出口が塞がれて初めて何が起きているか気づくのだろうか。
そして、気づいて?
気づいた時には手遅れなのだ。
ゾッとしてカラダを抱きしめた。
おめでたいこと、と人々が口々に2人の真実の愛を讃えた。ノーニャ夫人も顔見知りになったメイドも。
私は、机の端に追いやられたカラフルで目立つ理科の教科書を久しぶりに手に取った。
そうして、友達だった彼女を思って少しだけ泣いた。