第7話 魔力操作
ドラゴンとなったロスタノは翼も羽ばたかず不自然にゆっくり地上へと降下していく。
その理由は重力魔法を使っているためである。
ロスタノは翼でUの字をつくると大きく扇いだ。
辺りの赤い霧が一気に晴れる。
視界が晴れるとリアは息を呑んだ。
死屍などは残っておらず、赤く濁った湖面が広がっているだけだった。
骨の小さな欠片が浮いている。
薄まった血なまぐさい香りが鼻を抜けていく。
リアはいい気分はしなかった。
この凄惨な景色を見ながらリアは黙してロスタノの背に揺られていた。
しばらくするとファルタン地区の端に着いた。
張られたバリアと壁の前でドラゴン姿のロスタノが香箱を組む。
先程からざわめいていた魔法詠唱が途切れる。
『『氷棺の供え花』』
ロスタノの身体を中心に赤い水面が徐々凍っていく。
加えて、凍ったそばから氷の花が一輪、また一輪と咲いていく。
まるで命散らした魔物たちへの手向けの如く。
「ロスタノさん…もしかしてこの花は魔物たちのために…?」
『世界の敵とは言え、私の身勝手で命を踏み潰したのは事実だから。自己満足に過ぎないけどね』
「…いえ、そんなことないです」
リアは、ロスタノのことを冷酷無比な人と思っていたが評価を少し改めた。
辺り一面に広がる白い氷が光を乱反射して甚だしく眩い。
糸の如く目を限りなく細めて光の洪水から目を守っているとパキリパキリという卵の殻が割れるような音がした。
ドラゴンの背の柔らかそうな肉が裂け、人の形のロスタノが這い出てくる。
辺りが凍てついているからか、ドラゴンの身体の中から漂ってきた空気は暖かかった。
ロスタノはハリのある肌に残ったドラゴンの肉片を摘み取ると口にひょいと放り込んだ。
「え、食べるんですか…それ」
生肉をそのまま食すのは食中毒のリスクが高かったはずである。
「ふふ、このドラゴン肉を焼却処分するのは勿体ないからね。 生食用にいろいろ改良を加えたよ」
ロスタノが微笑んだ。
心做しか自慢げである。
「ふふ、それとねぇ、ほれ」
「っむぅ…!」
リアの口にドラゴンの肉片が突っ込まれる。
弾力のある食感。
ベーコンやソーセージのような加熱された豚肉しか知らないリアにとって、口内を満たす全てが新鮮である。
なにより、
「味がついてる…! 美味しい…!」
「ここに来てから何も口にしてなかったんじゃない? 修行中に好きに食べるといいよ」
おいしおいしと肉を頬張るリアを明るい表情で眺める。
「ところで、怪力を操るための方法についてだけど、君には魔力操作を教えるよ」
「…! ふぁい!!」
リアは食事を止めてロスタノの言葉に耳を傾ける。
一語一句聴き逃さぬように少し前のめりになりながら。
その時、リアの手が握られる。
突然の握手に戸惑いどういう意図かとロスタノを見る。
座っているロスタノの両手は彼女の膝に置かれていた。
リアはうげぇ!? と声に出しそうになったが、ロスタノの発言を思い出す。
「あぁ、魔力で手を作っているんですか!」
「そういうこと」
自分の手には相手の手の感触が伝わっているのに視覚にはなんの反応もない。
奇妙な感覚である。
「魔力操作は繊細でね、今みたいに腕一本作るだけでも、筋繊維一本一本の動きや骨の構造まで正確に意識して作り、維持しなきゃいけない。その上、維持だけでも大変なそれを動かす必要がある。
君がこれを練習していくことで身につく力は必ず怪力の制御に活きると思うよ」
リアの顔がパァと明るくなる。
リアは、魔力操作が難しいことは理解したし、これから年単位で習得を目指していくことになるだろうことも分かっているが、それ以上に嬉しかった。
怪力のせいでまともに生きる資格が無いのではと悲観していた自分はその資格を得られるかもしれないのだ。
喜ばない理由は無い。
「それでは、早速始めようか」