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第4話 怪力殺害

 初めて殺した人は僕のお母さんでした。


 我が家は母子家庭でした。

 父親は、僕が産まれて早々にお母さんと喧嘩した後、家を出ていったそうです。


 女手一つで僕を育てるのは大変だった様で、精神的に疲弊してきたお母さんは僕に暴力を振るうようになりました。


 でも僕は生まれながらに身体が異常に頑丈で痛くはなかったのですが、浴びせられる数々の罵声に心が耐えかねて、お母さんをどん、と突き飛ばしました。


 お母さんは家の壁を突破って飛んで行き、頭を打って死んでしまいました。


 僕は耐えられたのに…僕が抵抗したから…。


 そして、親の亡くなった僕は孤児院に入りました。

 二度目以降の殺人は孤児院の皆と院長です。


 僕が親殺しだという噂が孤児院では広まっていて、気味悪がった孤児院の皆は僕をいじめ、僕に目をつけた院長は毎日僕に折檻をしました。


 ある日、孤児院が火事になりました。

 僕は瓦礫が当たったり、火に炙られたりする位は平気だったので、孤児院の中で取り残された皆を救助しにいったんです。


 ですが、院長だけ助けられませんでした。

 孤児院の皆を優先して助けたせいで間に合わなかったんです。


 そのあと、僕は大いに責められました。


「院長を見捨てたな」「本当は混乱に乗じて院長を殺したんだろ。お前は親殺しだからな」


 殴られ蹴られ、石も投げられました。


 気づけば僕は…血塗れになっていました。


 右…右腕には…僕に腹部を貫かれた孤児院の子がぶら下がっていて、左足は、地面に倒れていた子の顔を踏み砕いていました。


 とうとう、偶々ではなく、故意に人を殺してしまったんです。


 次に僕は牢獄に入れられました。

 そこでも同じでした。


 囚人仲間からも看守からも暴力を受けました。


 殴る蹴るなどは当たり前、トイレに顔を突っ込まれたり、ご飯をひっくり返されたり、よ、夜中に襲われたりと様々でした。


 でも、平気だったはずなんですよ。

 攻撃されても痛くないし、息も人より保つので水責めされても苦しくはないんです。


 それに特に罵声を浴びせられた訳でもなかったのに。


 なのに、いつの間にか失っていた意識を取り戻したときには、囚人も看守も殺してしまっていました。


 安易に人の…命を…奪ってしまった。



 看守も牢も破壊して、手に負えなくなった僕は魔境ダンジョン送りになったんです。


 なぜそうなったかといえば、僕の超人的な力があれば、処理に困っていた魔物を処理してもらえるし、無理だとしても厄介な殺人鬼を殺してもらえるしで、どっちに転んでも利があるからです。


 そんな経緯でここ「フォルタン地区」に放り出され、鳥の魔物に空に連れていかれた後、落とされて地面に突き刺さってしまっていたんです。


 ◆◆◆


「どうです?やはり軽蔑するでしょう?」


 自分自身がフォルタン地区この場所に来た経緯を、リアは簡潔に伝えた。


「また理性を失いでもしたら、ロスタノさんのことを…こ…殺してしまうかもしれない、そんな男なんです」


 彼は畳んだ足を抱きしめて縮こまる。


「大変だったね」


 慰めの言葉をかけながら、少年の背をやさしくなでてやる。


 彼の背がビクリと震える。


「今の話を聴く限り、君は底抜けに優しい子だね」


 リアは怪訝そうな目でロスタノを見上げた。


「君は、己を痛めつけた者どもを責め恨んだっておかしくは無いのに、彼らを殺した自分自身を責めた。これはなかなかできる事じゃないよ」


 加えて、とロスタノが言う。


「命を軽視しない君の考え方は非常に好ましい」


 リアの口がへの字に結ばれ、瞳が潤む。


 リアはとことん人との出会いが悪かった。

 自分を傷つけてくるような人にしか巡り会え無かった。


 ロスタノの素直な賛辞はリアの心にとって、何よりの慰めであった。



 ◇◇◇



「私を全力で殴りなさい」



「…………………………、へ?」


「私の胴体を狙って全力で殴りなさい、今すぐ」


「……ぇ……ぇ…な…なんでですか…?」


 リアが慰められた後、ロスタノに『その怪力を御せるようになりたいかい?』と問われたため、『もちろんです!』と返事した結果、唐突に投げつけられた言葉が殴りなさい、であった。


 うろたえない理由はなかった。


 老体から若人の肉体に姿を変えたロスタノが腹部をポンポンと叩く。


「その暴れん坊な怪力を御ぎょせるようになりたいという意思が、覚悟があるのなら、殴りなさい」


 強調された「怪力を御す」という言葉。

 リアは思案顔になる。


「でも……殴るのは、…思い出してしまって、怖いです…」


 過去に人の胴体を自らの拳で貫いた経験は重度の心的外傷トラウマになっているようだ。


「それなら、わかった。私の周囲に障壁バリアを張ろう。これならいい?」


 ロスタノは手の甲で腹部に展開した魔力障壁をコンコンと叩いて見せる。

 ガラスを叩いたときのような、少し籠った音が響く。

 服越しとは言え、人の皮膚が立てる音ではない。


「…バリアがあっても…この手で…殴るなんて…」


 しかし、リアは渋る。

 嫌だと心臓が喚き、恐怖と不安が全身を駆け巡る。


「本当に、どうしても無理そう?

 バリアはまず割れないよ?割れたとしても緩衝するからダメージはわたしに殆ど入らないし」


 ロスタノが柔らかな口調で尋ねる。

 リアは返事もできず、少し震えながら黙り込んでしまった。


 ロスタノはその沈黙を肯定と捉えた。




「そうか。じゃあ、殺すね」




 虚をつかれたリアの息が止まる。

 理解ができなかった。


 先の身の上ばなしに対して、ロスタノが掛けてくれた優しい言葉と背を撫でる大きな手。

 そして、トラウマに悩むリアにおっとりとした口調で掛けたこと。


 それらの経験ゆえにリアは、またロスタノが背を撫でてくれるとばかり思っていた。


 実際には首元を大鎌が撫でていた。


「な、ん…で?」


「我慢強さは基本的に美徳だけど、君は違うよね。

 我慢の結果、感情を理性が抑えきれずに他者を殺してしまう」


 ロスタノの口調は穏やかなままである。


「だから私は、どうにかできる方法があるよと言ったのに…君は他者の命より己の精神的な健康を優先した。

 その時点で、私にとって君は魔物になった。

 魔物というのは人類に仇なす、殺さねばならない世界の敵だからね、君を殺さなきゃ」


 ロスタノは優しく諭すように告げた。


「これからフォルタン地区ここの魔物をまとめて一掃するつもりなんだけど…君は少し可哀想だから苦痛なく殺そう。安心してくれていい。

 それでは、さようなら。悲運の子」


 ロスタノがリアに指を向けた。


 リアは心に刻まれた深傷ふかでの痛みを忘れる。


「待って!待って!待ってください!やります!ロスタノさんを殴りますから!」


 人生最大の焦りを原動力に声を張り上げる。


 人を殺めてしまったことは後悔しているが、一死を以て罪を贖あがなおうとするほどの覚悟はなかった。


 それに怪力に苦しまずに生きるための方法を目の前でぶら下げられたのだ。

 死んでも死にきれない。


 リアの決意に対して、ロスタノは微塵も表情を変えずにそう、とだけ答えた。


 ◆◆◆


 リアはぎこちなく拳を構えた。

 ロスタノは諸手を広げてインパクトの瞬間を待つ。


 リアの胸中が再びジクジクと痛みだす。


 しかし、もうリアは踏みとどまらない。


 死への恐怖が、不安が、人生を狂わせた怪力に対する怒りが奥底から湧き上がり、血潮を沸き立たせる。


 リアは歯を食いしばった。


「……っ…いきますっ!!!!」


 喧嘩慣れしていない少年が振り上げた拳が来る。


 拳の速度は、振り上げる動作の不格好さに似合わず上昇する。



 衝突の刹那──────────────





 ――魔力障壁が解かれる。


 拳を握りしめた少年が驚く暇も無かった。


 鉄拳がロスタノの腹にめり込み、身体がはるか上空へと吹っ飛んで行ってしまった。


 リアは空に浮かぶゴマ粒サイズの女性を見つめる。


「…」


 彼は唖然としてしまった。

 しかし、思考に空白が生まれたのも束の間、力なく膝をついた。


 また、殺してしまったのか?


 孤児院の子と異なり、腹に大穴を開けてしまうことにはならなかったものの、リアの拳が彼女の内臓をいくつか潰した感触を記憶している。


 あれでは助からない。


 魔物を一蹴するロスタノが只者でないことくらいはリアにも窺い知れたが、内臓を潰されて生き残れるとは思えない。


 リアはどうしようも無い己の怪力を強く恨む。


 あれほど純粋強固だった、ロスタノの提案を受け入れるという決意に悔恨が混じる。


 所詮、僕は生きてはいけな──



 ッッッッッッッッドォォン



 突如、周囲一帯に爆音が響き渡り、風が頬を叩く。


 彼の鼓膜が揺さぶられるのとほぼ同時のことであった。


 ロスタノが少年の元に帰還したのは。


「ただいま」

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