第12話 老婆大量発生
いつの間にかリアの背後に立っていた女性、ロスタノ。
村に入った時とその容姿は大きく異なる。
見た目はリアと大差ない若さを持ちながら、その目つき、口元、呼吸、姿勢、手の位置は彼女をただの小娘と感じさせない。
その雰囲気に溶けた、重ねられた年功と見て呉れのミスマッチは不気味である。
「────『杳杳として肉爆』」
ロスタノの一言が口から零れてポシャりと落ちる。
村人を突き殺す寸前だった一角兎の身体が不自然に静止し、横転する。
その赤い瞳が色褪せ、獰猛な輝きを失う。
一角兎が倒れた理由が、脳内の少量の水分を爆発させたことで脳が破裂したためであると理解しているのはロスタノだけであった。
「────『美神様の一撫』」
上空に出現した虹色の光球から出発した一筋の光がリエラのもとに到達すると、彼女の体を軸に螺旋を描いて全身を通過する。
出血と額から滲む脂汗が止まる。
それは怪我を負った他の村人も同様であった。
その時、リアは目を疑う。
ロスタノが複数人いるのだ。
いずれのロスタノもリエラの側にいる彼女と姿、雰囲気ともに変わりは無い。
増えたロスタノたちが負傷した村人のそばにしゃがんで癒えた患部に触れると、ロスタノの手を経由して魔力が吸い上げられていく。
何をしているのかリアには分からないが、彼らにとって不利益になるようなことでは無いだろうとロスタノを信じて見守った。
仲間の死を感知した一角兎が怒りを顕にロスタノへ刺突を食らわせた。
しかし、彼女の周囲に展開された魔力防壁が攻撃を許さない。
跳ね返り、転んだところに魔力弾が止めを刺す。
以上の一連の動作が淡々と続けられる。
一方的な殺戮を前に一角兎が理解する。
今、我々が弱者なのである、と。
やがて、一対一では決して敵わないヒトの女が既に生き残っている一角兎の数を超えた。
敗北を悟った兎たちは立派な角の先端を背後に向ける。
逃走を決意したのだ。
しかし、残念ながら脱兎たちの目論見は泡となって消えた。
脱兎九体のそれぞれの背後に佇む九人の女。
戦慄。
魔力の刃がギロチンのごとく落下し、角を切り落とす。
ロスタノが脱兎を掴むと魔力が吸い上げられていく。
魔物にとって魔力はとても大切なもので、全身の細胞に溶けて重要な機能を担い、動力源でもある。
魔力を吸い上げられれば魔物は絶命してしまうのだ。
最初は身体を振り回して決死の抵抗を試みていた一角兎は徐々に力を失って事切れた。
村を襲った一角兎は騒がしさと共に消滅し、後にはリアと村人と一角兎から魔力を回収する三十六人のロスタノだけが残されたのだった。
地面にへたり込んだリアがあんぐりと口を開けた。
「なんっ…なんで増えてるんです……?」
◆◇◆
「弁明…していただきましょうか」
「……はい」
リエラの家にて、ロスタノが床に座し、腕組をしたリアが彼女を見下ろす形で立っていた。
リアは怒りで顔を赤くしながら彼女をジト目で睨みつけている。
「なんでこの村に来てから寝始めたんですか? 寝た直後くらいに魔物が暴走を始めましたけど、多分関係ありますよね」
リアが高圧的に質問した後、ロスタノから伸びる影が残像のようにブレた気がして視線を向ける。
しかし、変化はない。
そうして視線を戻したその時、ロスタノが立っていた。
「ぅん!?」
座っている老体ロスタノと寸分違わぬ姿の彼女が立っていた。
「これは『地伏せの黒子』という分身魔法でね。現代世界の情報を効率的に得るために私の意識を世界中に飛ばして分身を生成していたんだよ。どうしてもやりたくてね…」
分身のロスタノが喋りだす。
また、リアの背後から声が投げかけられた。
「正確には意識を失ったのではなくて分割していただけだったから、魔力制御が緩まないと思ったし、緩んだとしても魔物が暴れ出すほど魔力探知は縮小しないと予測してたんだけどね。だめだった」
「ごめんね」
部屋の角にいつの間にか立っていた若人ロスタノが説明し、本物の老ロスタノが謝罪する。
三人のロスタノが揃ってリアに頭を下げて謝意を示した。
「…リレーして説明と謝罪するのやめてくれます…?」
リアが呆れ声で嘆息した。
「僕を置いてけぼりにしないでください。あの時も大した説明無しに勝手に寝ちゃって…。僕はフォルタン地区でトラウマを踏み倒して相応の覚悟を示したつもりです。ロスタノさんもそれに見合った対応をして欲しいです…!」
「分かったよ。確かにリアへの対応がおざなりだったね。改めるよ」
ロスタノが申し訳無さそうな顔で言った。
そして徐ろにリアの頭を撫でると微笑んだ。
「逞しく魔物に立ち向かってくれてありがとう。村民を守ってくれてありがとう」
「きゅ、急にどうしたんです?」
「君の『覚悟に見合った対応』というのをしてみようと思って」
「いや、別にそういう意味じゃないんですけど…」
そう言いながらリアの顔は満更でも無さそうであった。