第74話 一年を経て
6月29日。日曜日
一年前のこの日。俺はお見合いで5人の許嫁と出会った。
最初は彼女達との関係は上手くいかなかった。上手くいかないどころか、俺は弱みを握られていた状態だった。でも、お互いを知っていき、助け合う事でお互いに信じ合える関係になることが出来た。今振り返ると、いろんなことがあった。
試験勉強で喧嘩して、遊園地に行って、夏は皆んなでリゾート施設を運営、皆んなで同じマンションに暮らすことにもなった。皆んなで過ごした年越しも、昔の俺からしたらあり得ないことだ。
彼女達と出会ってから全てが変わった。僕を捨て、俺自身の道を歩むことが出来た。
そう。今日はそんな皆んなとの記念日なのだ。許嫁としてではなく、皆んなと出会えた記念日。
「なのに!なんで!誰もいねーんだよ!」
俺の声がやたらと部屋に響く。
こんな日だからこそ皆んなでどこか遊びに行こうと考えていたが、こんな時に限って皆んな忙しいらしい。
一華はレッスン。二奈と三和は部活。四葉と五花は友達とショッピング。見事に誰もいない。
なんか…記念日とか言ってた俺が恥ずかしい。女々しい奴みたいじゃないか…?
自分で考えていて恥ずかしくなり、俺は顔を左右に振る。
部屋に1人。特にすることもないので俺は夕飯の買い出しへと向かった。
○ ○ ○
外は既に夏の面影を感じられ、スーパーまでの道のりで肌にじっとりと汗が浮き出る。少し前まで春だったのに。季節の移り変わりの早さに改めて驚かされる。
スーパーでは特に特別なものは買わない。野菜コーナーを見てまわり、次に魚コーナー、お肉コーナーを見た後は調味料がずらっと並んだ棚をゆったりとまわる。
商品棚を眺めながら歩いていると、足元に小さな衝撃が走る。目線を棚から足元に落とすと、小さな男の子が尻餅をついていた。どうやら子供とぶつかってしまったらしい。よく前を見ていなかったのが良くなかった。
「わ、悪い!どこか怪我してないか!?」
「ううん。だいじょうぶだよ、おにいちゃん」
男の子はむくりと立ち上がり、お尻をぽんぽんと叩いて埃を落とす。特に目立った怪我なども見当たらず、俺は胸を撫で下ろす。
5歳くらいの男の子。どこか昔の俺と似ている。近くに親らしき人の影は見えない。迷子だろうか。
俺は男の子になるべく優しく問いかける。
「君、お母さんはどこかな?」
「う〜んとね、あのね、わかんない」
「そっか〜…」
「でもね、パパがね、あのね、いるの」
なんだお父さんと一緒に来たのか。俺は男の子と一緒に店員さんに事情を説明して待合室でお父さんを待つ事にした。店内に迷子の放送が流れる。きっとすぐに駆けつけに来てくれる事だろう。
沈黙が続く待合室に耐えきれず、俺はお父さんが来るまで男の子と話す事にした。
「お父さんはどんな人?」
「うーんとね、やさしくてね?かっこよくてね?がんばってるよ!」
尊い笑顔でそう話してくれる男の顔は光っていた。その後も聞いていないことまでスラスラと話してくれた。
「パパはね〜いっつもおしごとがんばってるんだよ!なんかね?ママがね、とおいところにね、いっちゃったから、パパおしごとがんばるっていってた」
「………」
俺はその子にかけてあげる言葉がわからなかった。
そうか。この子は俺と同じなんだ。
昔の俺と。母を事故で失い、俺が僕に縛られたあの頃と同じ状況なんだ。
この子は………俺と同じような事になってほしくないな…。
○ ○ ○
あの後、無事にお父さんが迎えに来てあの子は引き取られた。
お父さんは優しそうな人で、子供を第一に思っている。そんな人だった。
去り際に見せたあの笑顔は、俺の胸に少しばかり傷をつけた。
「なんだかただの買い物なのに疲れたな」
ポロリと漏れた言葉はどこにも響かず、空に流れて消えていく。
今こうして何不自由なく暮らせてはいる。しかし、それは逃げているだけなんじゃないか?そう思えてくる。
いまだに父親との関係は変わっていない。いや、俺が平行線にしたんだ。
俯きながら俺は自宅の扉に立つ。買ったものが入ったビニール袋を持つ手を持ち替え、鍵穴に鍵を刺し、捻る。
ドアを開けると……静かな部屋が広がると思っていた。
「あ〜!!真帰ってきちゃったじゃないっすか!」
「お姉ちゃんがお化粧に時間かかるから!」
「だ!だって〜………可愛く見られたいし?」
一華と二奈が俺の存在に気がつき、互いに言い合う。2人の手には料理が盛り付けられた大皿が乗せられていた。
「あ!もう帰ってきちゃったの!?キッチン借りてるよ!」
「あれ?何を買ってきたんですか?」
キッチンから顔を覗かせたのは四羽と五花。何かを作っているらしく、エプロン姿だ。
「…真。とりあえず上がったら?ずっと玄関で立ってるつもり?」
三和に言われて自分が立ち尽くしている事に気がつく。あまりに突然の事で我を忘れていた。
「な、なんでみんな居るんだ?今日はそれぞれ予定があるはずじゃ……」
「嘘に決まってるじゃないっすか!サプライズっすよ!サプライズ!」
「今日は真と初めて出会った記念日ですからね。みんなで真を脅かそうって提案したんです!」
「…真びっくりし過ぎて固まってた」
「いい反応でしたね?やった甲斐がありました!」
「さぁさぁ!早く手洗ってきて!ご馳走作ったから!これからパーティーだよ〜!」
なんだ…予定無いのかよ。
スーパーでの出来事を忘れたわけじゃない。が、今は皆んなと……許嫁と楽しい時間を過ごそう。そう。今日は記念日だ。
「ちょっと!お兄ちゃん早く上がってよ!玄関で立ち止まらないで!入れない!」
玄関の扉が開いた事に気が付かなかった。振り返ると叶が手土産を持って来ていた。
「叶?どうしてここに…」
「だって今日はパーティーでしょ?皆んなから教えてもらったの。妹抜きなんて寂しいでしょ?」
そう言ってニヤッと笑う叶は、俺を押し退けて部屋へと入っていく。それを追いかけるように俺も部屋に入る。
この日は皆んなで楽しく過ごした。一年を経て俺は大切なものを見つけられた。そう強く感じる。