第71話 今日は私だけトクベツ
5月3日。
見覚えのある駅の入り口。改札を出ると、目の前には目を輝かせる子供や、友達を待っている学生。20分以上は待っているはずなのに、彼女が来ると「今来た所だよ」と爽やかに決まり文句を言ってのけるイケメン。さまざまな人で賑わっている。
そして、その人の波の先には遊園地が見える。あれから約1年。時間の速さに驚きつつ、それが嬉しくもあった。
「集合時間まで後1時間…。流石に早すぎたな……。」
去年来た時は俺が一番遅かったので、遅れるわけにはいかないと張り切って来たものの、これは流石にやり過ぎか。
カフェにでも入って時間を潰そう…と考えていた瞬間。俺の視界と耳に入ってきたのは、見慣れない不審者と聞きなれた声だった。
「え!?真…早すぎないっすか?まだ1時間前っすよね?」
「えぇっと?…一華……だよな?」
声は間違いなく一華…だが、見た目がそれを否定する。
ジーンズのショートパンツにタボっとした黒のロンT。黒いバケットハットにサングラスをかけて、黒いマスク。もはや誰かわからない不審者だ。
「え?あぁ…この服装のせいっすよね。最近アイドル活動が順調で、ありがたい事にファンも増えてるんす。でも、街でも声をかけられるようになっちゃって…」
有名になれば必ずぶつかる問題。まだ駆け出しのアイドルグループとは言え、人の多い遊園地では声もかけられることもあるだろう。
「そうだったのか…アイドルも大変だな。でも!その変装はかえって目立つ!マスクかサングラスは、外したほうがいいだろ。たとえアイドルだとバレなくても、不審者だからな…今のままじゃ」
「…やっぱりっすか?じゃあマスクは外すっす。…ってか!女の子に向かって不審者は酷くないっすか?普通は!おめかしして来た女の子を褒めるものっす!」
まぁ一華の言う事も一理ある。流石に初手に否定は失礼だったか……。
「でもまぁ、どんな格好してても一華は可愛いからな。服装はあんまり関係無いと言うか…」
「え…!?」
一華は一瞬で頬を赤らめ、目の前の俺から視線を外す。
「ま、まぁ?許してやるっす…」
なんとか機嫌は治してもらえたらしい。
ここで、俺はさっきから気になってた事を聞いてみる事にした。
「それにしても、随分と着くのが早いな?約束の時間まで1時間あるのに…」
「へぇあ!?そ、それは!真も同じっす!」
「いや、俺は去年来た時に遅れてるから早く来たけど…」
すると、一華はもじもじしだす。恥ずかしそうにしながら、小さく呟く。
「そりゃ…早く来たら、長く居られる…から…。っ〜!!もう!言わせるなっす!」
「………」
俺の顔にも熱が籠り、見なくてもわかるくらい頬が赤くなっている。流石に………今のは不意打ち過ぎた。
お互いに恥ずかしくなり、2人は沈黙を貫いたまま遊園地の入り口へと移動した。
○ ○ ○
去年は遊園地に入るや否や、皆んなはバラバラに動き出して、1日をほぼ捜索に費やした。
しかし、今日は2人だけだし、一緒にいるのはしっかり者の一華だ。そんな心配をせずに楽しむ事ができる。
「どこか行きたい所はあるか?」
「ん〜…そうっすね〜。やっぱり…あそこっすね!」
一華が人差し指で指す方向を見ると、そこには観覧車がそびえ立っていた。
去年、2人で乗った記憶が甦ってくる。
「あの時は………色々と凄かった…よな」
「あぁ〜……思い出したく無い思い出が……」
去年、逸れた一華を見つけたのは観覧車だった。見つけた時、一華はナンパされていた。助けようとしたけど……助ける前に一華はナンパして来た男にブチギレ。それはもう…すーっごい悪口が飛び出ていた。
俺が出る幕も無く、その場は鎮火。その後、ブチギレた姿を見られた一華とブチギレた姿を見てしまった俺は気まずい雰囲気の中、観覧車に乗った記憶がある。
「あれは凄かったですねー?一華さん」
「っ〜!?わざわざ言わなくて良いっす!やっぱり乗るのやめる!」
「ごめん!ごめんって!冗談だよ!」
ちょっとやりすぎたか…。
拗ねた一華の手をとって、俺達はゴンドラへと乗り込む。
建物と遊園地を楽しむ人々が小さくなっていく。遠くの景色が鮮明になり、空に近づいていく。
「去年も思ったけど…綺麗だよな」
「………」
窓を眺めながら話しかけたが、目の前に座っているはずの一華の返事が聞こえなかった。疑問に思い、窓から一華へ視線を移す。
一華は小さくなった人々よりも、綺麗な遊園地よりも、美しく広がる青空よりも、俺の事を眺めていた。
「一華?お、俺に何か…?」
「…んえ?あっ!ち、違う!特に何も…ないよ……」
「そ、そうか?」
一華の変わった様子が気になっていると、外が一瞬光った。
まるでカメラのフラッシュの様な…。
「ん?なんだ?今……うぉっ!?」
窓に目を向けようとすると、俺の肌に柔らかい感触が走る。甘い香りに、服の上からでも感じる体の火照り。一華が突然抱きついて来た事に気がついたのは、数秒経ったあとだ。
「真……ごめんね」