第6話 今日はトクベツ①
7月15日。周りには、はしゃぐ子供とそれを見て微笑む夫婦。フォトスポットで仲良く写真を撮っている女子高生。恋人繋ぎをしてお互いに照れ合っているカップル。様々な人が遊園地を満喫している。
その中で、僕はベンチに腰掛け虚無を見つめる。何故こうなったのかは少し前に遡る。
「遊園地だぁー!!!」
「久しぶりに来たっすね!確か前に来たのは2年前だったっすかね?」
「そ、そうだね。お姉ちゃんと中学の友達で来たよね。」
「…私は3年ぶりくらい。」
「皆んな、乗り物は何処から乗りますか?」
初めて来た遊園地は日本で1番広い面積を誇り、アトラクション、パレード、お土産屋などの娯楽施設は50種類程あるらしい。1日で全てを回るのは難しい。そこで昨日、叶にダメ出しを受けながら考えたプランがある。これ通り回れば、十分満足出来るはずだ。
「なあ、昨日僕と叶が回るプランを考えてきたんだ。これ通り回らないか?」
「へぇー!マコトっち気が利くー!………ってダメだよこれじゃあ!『360度回転!ジェットストリーム』が入ってないじゃん!あのジェットコースターがなきゃ意味ないよ!」
「うーん。私はこの『ゆったりメリーゴールド』が良いです。先輩!行きましょうよ!」
「…私は、パレードが見たい。」
「私は、この『季節限定フルーツパフェ』の店に行きたいです。」
「ちょ、ちょっと待て!このプラン通りに!あ!五花!勝手に突っ走るな!」
……………
…………
………
……
…
そして、現在に至る。それぞれ好きな場所に行ってしまい、現在迷子だ。連絡を取ろうと思っても人が多くて繋がらない。この状況をなんと言うか僕は知っている。詰みだ。
「はぁー。どうしたものか。迷子センターか?いや、高校生が恥ずかしすぎる………。仕方ない。あいつらが言ってた場所に行くか。」
直前に言っていた行きたい所を一つ一つ潰して行くしかない。見つからなかったら…迷子放送だ。プラン通り動かないあいつらが悪い。一つ不安な点があるとすれば、一華だ。あいつだけ行きたい場所を聞きそびれてしまった。だが、それよりも今は誰でも良いから見つける事が重要だ。
ここから1番近いのは、五花の言っていたジェットコースターだ。名前からして凄そうな乗り物だが、なんだか五花らしい。とりあえずここに座っていても何も変わらない。
園内を探しながら歩いていると、観覧車とその隣にあるジェットコースターが見えてきた。高く聳え立つレールの上を、轟音を出しながら乗り物が走っている。恐らくあそこに五花がいるはずだ。
ジェットコースターの乗り場に行く途中、観覧車の前で男女が揉めているのが見えた。ナンパか?ああ言うのを助けるのは、主人公の様でかっこいいかもしれない。でも、ゲームの中の話だ。現実では、関わらないのが一番い…い………。
「しつこいっす!私は逸れた友達を探してるんっす!あなた達に構ってる暇ないっす!」
「え〜?ちょっとくらい良いじゃん!オレ達と遊ぼうよ!ね?」
「お姉さん可愛いからなんでも奢るよ?ほら、こっち来て!」
2人のうち1人が、一華の手首を引っ張る。抵抗するも、男の力には敵わない。そのまま連れていかれそうになるところで、飛び込んできた1人の男性が、彼女の手首を取り返す。
「この子は僕の彼女だ。君達みたいなのが気安く触るな。」
「っ!?ま、真!?」
気がつくと男達の腕を振り払い、一華の手を握っていた。普段ならこんな事は絶対にしない。でも、一華の嫌がる姿を見た瞬間に、反射的に動いていた。
「チッ!なんだテメェ!カッコつけてんじゃねぇよ!」
「へっ!オレらの邪魔したんだ、一発くらい覚悟しろよ!?」
自分よりも体格が大きい相手。こうなるとは分かっていた。しかし、それを承知で一華を守りたかった。振りかぶられた拳が真っ直ぐ向かって来る。僕は、歯を食いしばって目を瞑る。その瞬間
「あんた達…良い加減にしなぁぁああ!!!」
「えっ!?」
「えぇ!?」
「い、一華!?」
護られるはずの一華が、大声で叫んで僕に対しての暴力を止める。その場だけでなく、近くにいた人も驚いた顔で一華を見つめる。ナンパした2人と僕は、口をポカンと開けたまま呆然としている。そこに彼女の怒りが爆発する。
「さっきから言ってるよねぇ!?しつこいってさぁ!!その上、私の彼氏を殴る?ふざけないでくれる!?あんた達なんて眼中に無いの!気持ち悪い!さっさと目の前から消えてくれる!?この【ピーーー】。もう本当に【ピーーー】!!!」
もう後半からは、やり過ぎなほどに彼らの事を罵った。周りの人達も若干引いている。自分達のメンタルを、ズタズタのボコボコにされた彼らは半泣きでその場を立ち去った。僕だったら立ち直れないな。あれ。
怒りに任せて罵詈雑言を吐き出した一華は、僕の方を振り向き、真っ赤な顔で、場所を変えようと提案してきた。
「………。」
「………。」
周りの目もあったので観覧車に乗った。それは良いものの、ゴンドラの中は静まりかえっていた。
一華は、いつも落ち着いていて、優しい。二奈のお姉ちゃんとして頼れるところもある。っと思っていた。しかし、まさかあんな一面があるなんて。
彼女の顔を見てみると、顔は真っ赤になって、目には涙を浮かべている。プルプルと震えていて、今にも泣き出しそうだった。彼女を慰めようと、重い空気の中、口を開く。
「…一華。僕は、あんな事で一華への態度とか、気持ちを変えたりしない。僕を守ろうとしてくれて、ありがとう。だから…その、落ち込まないでよ。」
「……真は優しいっすね。君みたいな人が許嫁で良かったっす。」
まだ、少し暗い表情を浮かべていたが、ようやく彼女は僕の顔を見て話してくれた。ゴンドラはゆっくりと上がって行き、園内が少しずつ見えてきた。
「昔から、性格が悪いんっす。怒ると止まらなくなっちゃうし、自分でも腹黒だと思う部分もあるっす。ずっと治そうと思ってたっすけど。さっきは真が殴られそうになって…カッとなって…。こんな女の子可愛くないっすよね?許嫁の候補から外してもらってもいいっすよ?」
一華はとても辛そうに話す。ポロッっと大粒の涙が膝の上に落ちる。ポロッポロポロ。涙が落ちた所のズボンの色が変わる。
「一華。」
「もう、大丈夫っす。私なんて…。」
「僕は、一華のことが知れて嬉しいと思ってる。」
「……え?」
「意外な一面を知れて嬉しいよ。まだ出会ってから日が浅いから、皆んなのことを何も知らない。そ、その…一華も、僕の…許嫁になるかもしれないんだから、お互いの事を知っておきたい。そう思った。」
「そ、そんな。変なお世辞はいらないっす。本当の事を言ってください。傷つくっす。」
「全部本当だよ。だから、もっと僕を信じてくれないか?」
「………っ!」
今までに出会った男の人の中で、こんな人は居なかった。
私は最初、彼のことを他の男と同じだと思っていた。佐倉家も有名な名家だ。これまでに数え切れない男の人たちとお見合いをして来た。その全ての男が、「一華」ではなく、「佐倉」を見ていた。結局内面を見てくれない。だから、いつからか自分を隠すようになった。決して本心を出さない。出さなくても誰も見てくれないから。
最初は彼にも少し冷たい態度をとった。どうせ、「佐倉家」としか私を判断しないんだろう。それに、許嫁に関して決めあぐねている様子だった。だから、彼との関係は続かないと思っていた。
でも、彼は強かった。あんな事を言ったのに。あんな態度をとったのに。彼は私達に正面から向き合ってくれた。その時から、他の人とは少し違う気がしていた。だから、彼が殴られそうになった時に、私を咄嗟に出してしまった。彼の、真の真剣に向き合う姿を見て、私もそれに応えたいと思ったから。
「ありがとう。真はしっかりと私の事を見てくれるんっすね。」
「ん?しっかり見るって?」
「何でもないっす。ふふっ。これからは本当の私を出していいんっすよね?」
「ああ。お互いの事をよく知っとかないと、許嫁は選べないから。」
彼なら。真なら、私の事を見てもしっかりと受け止めてくれる。そう思えた。さっきまで流してたはずの涙は消えていた。真に消してもらった。
ゴンドラは頂上まで来た。広大な園内を一望することが出来る。清々しい水色の空に、色とりどりのアトラクションと人々が見える。
「……本当は、観覧車に乗って皆んなが行こうとしてた場所を探そうと思ってたんっすよ。」
「そう言うことだったのか。確かにここからなら良く見えるしな。」
「………真。あれ、五花じゃないっすか?」
「え?何処だ?」
下を見下ろしてみるが、ここは観覧車の一番上。人を判断出来るわけがない。
「一華?本当に見えたのか?とても人を判断出来る距離じゃ…な!?」
目線を一華に戻そうとすると、一華の顔はすぐ近くにあった。「ドンッ」一華の右手が、ゴンドラの窓ガラスに吸い付き、壁ドンされる。一華がそのまま、僕の膝に跨る。そして、ゆっくり一華の顔が近づいて来る。
「あれ?真には、見えなかったのかな?じゃあ私は?どのくらい近づけば、私だってわかってくれる?」
「い、いや!こんなに近かったら一華だってわかる!」
「本当に?ちゃんと見て?私の内側まで。全部。もっと近づく?真。」
「ちょ!!本当に、これ以上は…。」
一華の顔が更に近づく。彼女のほのかに香る甘い香り。長くて綺麗なまつ毛。絹のような白い肌。そして、プルっと張りがあり、艶やかな紅色の唇。
更に顔が近く。僕は咄嗟に目を瞑る。心臓の跳ねる音が聞こえる。口を閉じてその時を待つ。
「フニュッ」
唇に感じたことの無い触感が伝わる。こ、これがキスなのか?疑問に思い、瞼を恐る恐る開ける。
唇には一華の親指が押し付けられていた。僕の戸惑った反応を見て、ニヤっと子供のような笑顔を見せる。その顔は、僕と同じ赤色に染まっていた。
「言ったよね?本当の私を出していいって。私は性格悪いからね?これまで以上に、本気にさせてあげるから。わかった?真くん♪」
「〜〜っ!////」
一華にまんまとしてやられた僕は恥ずかしさで死ねそうだった。僕は、彼女の事を何も知らない。知ろうとして、触れてみた。けど、これはパンドラの箱だったのかもしれない。
ゴンドラの中に、囚われた僕と追い詰めた一華。これから先、2人の距離は遠ざかる事を知らず、どんどん近づいていく事になる。
離れ離れになってしまった遊園地は、まだ始まったばかりだ。