第67話 兎を追うアリス
先輩……門川真を追いかけ始めたのはいつだったっけ。
地元で有名だった先輩。中学の文化祭に友達とお姉ちゃんの3人で行った時。その時に初めて先輩に出会った。
まぁ…私の事なんて覚えてないだろうなとは思っていた。でも、やっぱり…ちょっとだけショックだった。
あの日から…何も無かった私を門川真に見てもらいたくて頑張ってきた………。
そう。あの告白がなかったら…真を追いかけなかったら、私は今頃何してたんだろう。
○ ○ ○
4月5日。
うるさいアラームが耳元で鳴り響く。
スマホの画面を少し強く叩いてアラームを止める。指先がジンジンして痛い。
目を擦りながら体を起こし、昨日の夜の事を思い出す。
昨日の夜は……そうだ。寝れないから無意味にスマホに齧り付いてたんだ…。それで寝落ちしちゃたらしい。ここ最近はずっとこんな感じだ。そろそろ治していかないと。
マンションの時のベットは狭かったけど、皆んなが居たから楽しかったな。自分の家ベットの上でそんな事を考えていると、不意に部屋のドアが開けられる。
「あ、起きたんすね。そろそろ出かける準備しないと置いてくっすよ?」
「今からする〜」
私はベットから降りて洗面台へと歩き出す。
今日は珍しくお姉ちゃんと出かける予定を立てていた。珍しくお姉ちゃんから誘って来たから、何事かと思えば、「新学期に必要な物を買いに行きたい」と言う単純な理由だった。
髪をとかしながら鏡に映る自分を見て目線を外す。目の下に染みついたくま。日に日に濃くなってる気がする。最近は寝れずに夜遅くまで起きてる事も多い。
理由はわかりきってる。先輩との関係だ。
正体がバレてしまった事で関係が変わってしまう事は理解出来ていた。
けど、いざ関係が変わってしまうと…やっぱり寂しかった。
○ ○ ○
ショッピングモールは休日ということもあって賑わっていた。こんなに人が多いと、友人とばったり…なんて事もあるかもしれない。
そんな考えに耽っていると、お姉ちゃんに話しかけられて現実に戻る。
「ちょっとあっちのお店見てくるっすけど、二奈はどうするっすか?」
「う〜ん。私は少し休憩してるよ。そこのベンチで休んでるね」
「了解っす。じゃあ、またあとで」
お姉ちゃんと別れて、私は休憩用のソファに深く腰かける。別に疲れているわけではないが、ずっと体が、気持ちが重い。
これから先輩とどう関わっていけば…いや、関わることすらできないだろう。
後藤さんと先輩が付き合えば、この気持ちを否定できる気がしていた。
そんな浅はかな行いは、先輩には通じなかった。失望させちゃったかな。
スマホで何かを見ているフリをしながら、私は悩む。
その時だった。視界の端に人影が映った。目を疑ったが、間違いない。
ソファから立ち上がってその人を追いかける。
ここで動かなきゃ、私は一生後悔する。そんな気がした。
単なる偶然に私は手を伸ばす。
「先輩!」
「え?……二奈?ど、どうした?」
「そ、その…………少しお時間良いですか?」
○ ○ ○
私は先輩と2人きりになれる場所を探し、ショッピングモールの中庭に出た。外では子供が数人走り回っており、私達は少し離れたベンチに腰をかける。
沈黙が続き、2人の間を少し強い風が通り抜ける。
私は覚悟を決めて、ゆっくりと話しかける。
「…その…。あの日はすみませんでした…」
「いや、謝ることじゃないよ。俺の方こそごめん。お前の事は…一華から聞いた。俺は………一回、二奈の事をふってたんだな」
そう。佐倉二奈は門川真に告白してフラれている。
中学校の文化祭。友達とお姉ちゃんに誘われ、私は真が通う中学に足を運んだ。一通り巡った後、私達は体育館でダンスパフォーマンスを見る予定だった。
でも、私は人混みに流されて迷子になってしまった。知らない学校で1人きり。不安にはならなかったけど、どうする事もできなかった。
そんな時、真は私を助けてくれた。
ダンスに夢中になっている体育館では、2人を探し出せない。そう判断した私達は、時間を潰す為に文化祭をもう少し回ることにした。
その時間は、まるで夢のようだった。今まで味わったことのない甘い時間。全く興味もなかった他校の男子。恋に私は縛られた。
フォトスポットで写真を撮った後、私は真に告白した。勿論、成功するなんて思ってない。好意を向けるだけで良かった。名前も知らないあったばかりの子に告白されても困るだろう。でも、この気持ちは溢れ続けた。
真と対等になりたかった。相応しい人間になりたいと思った。
なんとなくで入った美術部では、賞を取るようにしたし、勉強も学校で一番になった。
百花学園に入学した後も私は努力を続けた。
屋上に居る真を見つけた時は、心臓が高鳴った。
そんな時。お見合いの話が来た。こんな運命的な事があるのか。そう思った。
やっぱり真は覚えてなかった。でも、当時の印象と全く違った。許嫁になれたのなら、このチャンスを手放す事はしない。近くで真を追いかけ続けた。
勉強もして、美術部でも結果を出して…真の背中を追い続けた。
………いつから私と先輩は…こんな気まずくなってしまったんだろう。いや、理由はわかってる。私が隠したからだ。写真を見られて、隠してしまった。まだ相応しい人間になれてなかったから…。
私の話を先輩は黙って聞いてくれている。気づけば走り回っていた子供はどこかに消えてしまった。
呆れられたかな?失望されたかな?
俯いた私は、顔を上げる事ができない。まるで、死刑台に上がった囚人のように…終わりを待つだけだ。
「あの時は…多分わかってると思うけど、俺は恋愛に向き合ってなかった。でも、二奈がその考えを変えてくれたんじゃないか!あの日の放課後。物置きで二奈に会ってなかったら…今の俺はないよ」
やめて。そんな耳触りのいい言葉ばかり。
「二奈。言いたくない事も話してくれてありがとう。俺も関係が変わるのは、寂しよ」
先輩は優しいから。私を慰めるつもりで…。
「二奈は許嫁だし、友達だし。許嫁の5人は俺の大切な人なんだ。恋愛だけじゃない。俺の人生を変えてくれた人なんだよ。一番最初に俺を変えてくれたのは……二奈でしょ?」
ぽと。太腿に水滴が落ちる。染み込んで色が変わる。それでようやく、私は泣いてることに気がついた。
「先ぱ……真。私の事を許してくれるの?」
「うん」
「隠し事して、今の話を聞いても?」
「うん。許せるようになれたのは二奈と4人のお陰だよ?」
「………ありがとう………真…!」
その時、長くて暗い迷路から出れた様な気がした。
泣いてる私を真は優しく頭を撫でてくれる。春風は私を少し撫でて遠くに消えてった。
○ ○ ○
「落ち着いた?」
「…うん」
「そっか」
「…改めて、私は真が好き。ずっと前から。返事はまだ大丈夫。でも、いつか聞かせてね?5人のうち誰を選ぶのか」
「うん。わかった」
数年越しに私の願いが叶った。そう安堵した瞬間、予想外の声が耳に入って来た。
「佐倉二奈様〜。お姉様がお探しです〜」
「あっ!お姉ちゃん!」
その後、二奈と真 (巻き添えをくらった)はこっぴどく一華に怒られたのだとか。