第63話 私はファン一号
3月12日。
玄江先輩のお陰で新しい家は見つけることができた。
今日は一華と大家さんの部屋に行き、契約書などの書類の話をした。
このマンション自体、一華の所属するアイドルグループの生徒が住む用のマンションだったので、一華のダンスレッスンに付き添う形でマネージャーさんとも話をしに俺も練習場所に来ていた。
「わざわざ私に挨拶しに来てくださったんですか?」
「マネージャーさんには夏にもお世話になりましたからね。マンションに住めるようになったのも、マネージャーさんのお力なんでしょう?」
まぁ本当は一華から聞いたんだけど。
あたかも気づいてましたよ?、と言う雰囲気を出してみる。
「…やっぱりあなたには何か不思議なものを感じます。なので、どうですか!?男子アイドルグループに!顔も整ってますし!あなたなら!」
「冗談がお上手なんですね。マネージャーさんの面白い人柄が、一華達の信頼を掴み取ってるんでしょうね」
やんわりと提案を断ると、マネージャーさんはわかりやすくテンションを下げた。
その後もマネージャーさんの勧誘を回避しつつ、一華のダンスレッスンを遠目に見学していた。
その後は、特にする事もないので、二人で近くのスーパーに買い出しに向かっていた。
一華とこうして二人きりになるのは久しぶりで、二人の間に少し緊張した空気が漂う。
俺も…例の彼女なのかを確実に見分けるために一華を注意深く観察する。
5人のうち誰か1人は、中学生時代に会ったことがあり、後輩の後藤八重を俺に仕向けて来たりと、俺の事を避けるような行動をして来た。
「白菜と…にんじん。あとは…」
「お味噌も無かったっすね。あっ、あと牛乳は朝に飲むから必要……ってこれからは別々に住むから必要ないっすよね!な、何言ってんすかね!私!………」
一華は牛乳を商品棚に戻し、俺に頬をかきながら笑顔を見せる。取り繕った、無理矢理な笑顔。
必死に笑顔を保ってはいるが、隠し切れていない。
今の生活が失われるのが…いや、この6人の関係が壊れるのが怖いのか。一華はそんな不安な感情を読み取られないように無理をしている。
「これからは、近いっすけど別々の場所で暮らすんすよね。まあ、あの部屋3人用っすからね。6人は無理があったし、許嫁とは言え、真とは…付き合ってないっすからね。当然なんすけど…」
「寂しいか?」
「えっ!?」
図星だったのか一華は手と顔を激しく左右に振りながら慌て出す。
「べ、別に!?学校では会えるし、元に戻るだけだし!さ、寂しいわけ…ないじゃん」
「本当に?」
「………本当だよ。ま、まあ別に?私はアイドルだから、ファンの皆んなが居るし?寂しくもなんともないし!」
会話はそこで終わってしまった。
買い物を終えた俺たちはマンションに向かって歩き始める。気づけば外は夕陽で照らされ、街を行き交う人の流れに乗るように二人で歩いて行く。
一華の気持ちは俺もわかる。この約5ヶ月。6人の生活は狭くて、騒がしくて、楽しくて温かいものだった。
関係は変わらない。でも、当然会える時間は減る。これまで通りとはいかないだろう。
俺は、表情に靄がかかった一華の腕を掴む。
「ん?なんすか?真」
「ちょっと付き合ってくれ」
「へ?」
○ ○ ○
薄暗い部屋。液晶画面の明かりが部屋を包み込む。
真と一華はカラオケルームに来ていた。いや、一華に関しては連れられて来た。
訳もわからずソファに座っている一華。真に目をやると着ていた上着を脱ぎ始めている。
部屋の電気は消えたまま。真はコートを入り口のドアにかける。外からは見えないように。
「…ね、ねぇ?真……さん?ど、どうしたんですか?」
「え?」
「いや『え?』じゃなくて。急に個室なんか連れ込んで…ど、どうしたの…すか?」
明らかに動揺している一華。いまいち連れてこられた意味を理解できていないように感じる。
感じ取れない空気が流れる。高校生の男女。二人きりの密室。一華の喉が鳴る。
俺は曲を選択して一華にマイクを持たせる。
「え?は?ちょ…マジで何?これ」
「何って。かわいい歌姫担当の一華ちゃんの歌声が聴きたいなと思って」
「っ!?その呼び方で呼ぶなっ!てか、え?急に言われても………」
「ほら、始まっちゃうよ?」
「え?あっ、もーーー!!」
一華は曲が始まると、言いたい言葉をぐっと飲み込み歌い始める。しかもダンスつき。
アイドルとして活動してるから当然だが、やっぱり歌が上手い。歌唱力だけじゃなく、ダンスのキレ、表情に至るまでテレビに映るアイドルグループと遜色ないほどだ。
5曲連続で歌い切ったあと、一華は怒りが爆発したように俺に詰め寄る。
「なん…なの………よっ!5曲連続とか…馬鹿なのっ!?殺す気かっ!」
息が上がる一華を宥めて、カラオケに連れて来た理由を話す。
「一華の歌が聞きたいと思ったんだよ。あんなにファンがいるけど、今は俺だけの一華だろ?」
「え?………はぁ。真ってなんか、時々強引だよね?」
「そうかもな」
「そうだよ」
あれ?私…今、普通に喋ってる。本当の私になってる。
少しドキドキしてしまった自分が恥ずかしく思った………いや、今もドキドキしてる。
さっきは気持ちを言い当てられて…ちょっと悔しくてあんなこと言ったけど………やっぱり私のファンは真だけ。そして、真のファンも私だけ。
「しょーがないな〜!じゃあ、仕方ないから歌ってあげるよ!真専用ライブ!」
「ああ。頼むよ」
その後1時間ほど一華を独り占めした時間を楽しんだ。