第62話 バラバラ
それは突然のことだった。
一華から告げられた退去命令。その一言に、リビングでらくつろいでいた全員が目を丸くする。
「ど、どう言うことですか?一華。た、退去命令?」
「…か、改修工事?」
「そうっす!このマンション結構古いらしくて、来月の後半から工事が始まるみたいっす。なので、今から新しい住居を探してくれ!とのことっす」
あまりにも突然。だか、工事は来月。大家としても余裕を持っての退去と言うことなのだろう。
こちらも、住む家がなくなると言うわけでは無い。それぞれの家に帰れば良いのだから。俺を除いて。
「じゃあマコトっちはどこに住むの?」
「そ、そうですよ!先輩は家出してるんですよ?」
「そこが問題なんすよね〜。なので!行き場の無い真は是非、佐倉家に!」
俺の手を強く握り、目をキラキラさせながら一緒に暮らそうと提案する一華。
その一華を引き剥がす様に三和が間に入り込んでくる。
「…だ、駄目だよ!…私の家なら大丈夫だよ?…その、お母さんも真のこと知りたいって言ってるし…」
珍しく顔を赤くして慌てる三和。そこに更に割って入る様に四羽が会話に入り込む。
「2人とも!真の意見も聞かずに決めては駄目ですよ!ここは間をとって私の家に!」
「一番意味わかんないっす!」
「…全校生徒の前で告白してるからなんでもありになってる……」
段々この会話も収拾がつかなくなって来た。
俺の住む場所を言い争っている3人。その会話に終止符を打つ様に、俺は黙っていた口を開ける。
「なあ、悪いけど…別に行く宛が無いわけじゃ無いぞ?」
「「「………へ???」」」
○ ○ ○
3月11日。
俺は、四羽と共にあるマンションに来ていた。
大通りに面した比較的新しいマンション。見た目は綺麗で、おしゃれな外観をしている。5階に上がり、505と書かれた部屋のインターホンを鳴らす。
少し時間が開いた後、中から聞き慣れた声が聞こえる。
「あ!は〜い!今開けるね?」
玄関の扉が開き、中から顔を出したのは卒業したばかりの玄江先輩だった。
先輩に招かれるまま部屋に上がり、ダイニングテーブルに案内される。先輩はキッチンでお茶の準備をしてくれる。
部屋の中は質素…と言うか、片付いていた。部屋の片隅には段ボールが積み上がっていた。
お茶を3つテーブルに置き、先輩は俺の前に座る。
「いや〜久しぶりって訳じゃないか!この前見送られたのに、こんなに早く会うことになるなんてね!」
頬をかきながら先輩は笑顔を見せる。いつもの先輩の姿に少し安心する。
「急なお話だったのにありがとうございます。引越しの準備で忙しかったんですよね?」
「いや、全然?元々部屋は綺麗にしてたしね。それに少し勿体無いと思ってたんだ!こんな部屋手放すの勿体無いな〜って。後輩に譲れるならこんな良いこと無いよ!」
先輩は相変わらずの笑顔で話を進める。
話は昨日に遡る。
俺の住む場所問題を解決する為、俺は玄江先輩に連絡をとった。1月に先輩に将来の相談した時に、先輩も俺にある相談をしていた。今住んでいるマンションを手放すのが勿体無いと。結構人気なマンションらしく、住み心地も良かったが、先輩は大学の近くにアパートを新しく借りる事に。その為、誰か代わりに住んでくれる人がいないか探してくれ、と頼まれていた。
俺は先輩に連絡をとり、先輩が暮らしていたマンションに住む事ができる事になった。学校からも近く、大家としてもすぐに入居者を決められて嬉しいらしい。
「にしても、すみません。俺が住むことになっちゃって」
「いいの、いいの!大家さんにも話は通してあるし、私がふらっと立ち寄っても、真くんなら許されるからね!」
それが一番の理由だろ。
そう思っても口に出さない。出したところで先輩は怒らないが、無理を言ってお願いしている立場。親しい仲にも礼儀ありだ。
「あの!武田先輩これ、どうぞ!」
四羽はタイミングを見計らった様に持って来ていた菓子折りを先輩に渡す。
卒業祝いを渡せていなかった事を悔やんでいた四羽は、俺が先輩の家に行くついでにお祝いがしたい!とついて来ていた。
「わぁ!ありがとう四羽ちゃん!こんなしっかりとした副生徒会長が居たら百花学園も安泰だね!」
そんな先輩の言葉を、四羽は鵜呑みにして照れる様に頬をかく。お世辞を知らないわけでは無いが、信頼している人に言われたのが嬉しいのだろう。先輩もあんな事をお世辞で言っているんじゃないだろう。
菓子折りを見た先輩は嬉しい表情を見せた後、少し眉を顰めた。そんな少しの表情の変化に四羽は気がつき、その事について疑問をぶつける。
「どうしたんですか?先輩。そのお菓子がお気に召しませんでしたか?」
「いや!いや!そんな訳ないじゃん!嬉しいよ!本当に!少し気になった事があっただけだよ!ありがとう四羽ちゃん!」
その言葉に四羽は胸を手を置き、ほっと息をつく。
「それじゃあ…その気になったことって?」
「ああ、このお菓子にされたラッピング。近くのショッピングモールのだよな〜って思ってさ。この前私も行ったんだけどさ、この包装ってすごい可愛いよねー!」
「わかります!あのショッピングモールじゃないとこんなに綺麗にやってくれないんですよね!」
四羽と玄江先輩は女子らしいトークを繰り広げる。
そんな会話を聞き流し、俺はその綺麗に包装されたラッピング技術を観察する様に眺める。