第61話 後輩の恩返し
3月5日。
早くも桜が咲き、寒い冬は過ぎ去りつつある今日この頃。百花学園は卒業式を迎えていた。
体育館は旅立つ先輩たち。その後ろに座り、送り出す後輩とそれを見守る保護者の姿があった。俺自身三年生と関わる事は少なかったが、玄江先輩には何回も助けられた。
「卒業生代表。武田玄江」
凛々しい返事が体育館に響き渡り、玄江先輩は壇上へと上がって行く。3年間を走り続けた先輩の姿は輝いて見えた。
先輩のスピーチに耳を傾けながら、先輩との3年間を振り返る。
初めて出会ったのは入学式。誰よりも早く俺の能力を認めてくれて、俺のことを気にかけてくれた。この学校の特殊校則を使って、真っ先に俺のことを生徒会長へと推薦してくれた。そのお陰で俺は変わる事ができた。周りとの関係を嫌ってた俺は、周りに頼られるようになり、俺もそれもに応えるようになった。
感謝しても仕切れない。最後の最後まで玄江先輩に頼ってしまったな。
目の前のスピーチを観ていると、先輩に頼れるこの環境が一番幸せな環境だったんじゃないか。そう思った。
「この学校で仲間達と3年間を過ごせた事を誇りと思う同時に、ここまで育ててきてくれた保護者、先生方。そして、支えてくれた後輩達に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました」
その言葉に偽りや取り繕った様な違和感は感じられない。心の底から先輩が思っている言葉なのだと感じる。
先輩のスピーチが終わり、生徒代表として現生徒会長の白猫紅葉が壇上に上がる。白猫のスピーチが始まったという事は後もう少しで卒業式が終わる事を示唆している。プログラム的に、後は卒業生の校歌斉唱で終わりだろう。もう少しで尊敬する先輩との別れがやって来る。
○ ○ ○
外は桜が舞って辺りをピンク一色に変える。
在校生は解散になるが、卒業生と最後の時間を過ごそうと、多くの生徒は学校に残っていた。俺もその1人だ。
一華、二奈、五花は帰ってしまったが、三和と四羽は学校に残っていた。四羽は玄江先輩に最後の言葉を。三和はバレー部の先輩に挨拶するのだとか。
卒業式が終わり、卒業生が校舎から出て来る。それを待ってましたと言わんばかりに在校生が押し寄せ、校門付近で卒業生と在校生が入り乱れる。
「あっ!居た居た!いや〜凄い人だね!」
手に卒業証書が入った筒を持った玄江先輩が、待っていた俺たちを見つけて声をかけて来てくれた。
先輩は笑顔でこちらに駆け寄って来るが、近くで見ると、少しだけ目元は赤く腫れていた。先輩も涙を流す事があるんだなと心の中で驚く。普段から飄々としたキャラだが、先輩も先輩なりにこの青春から旅立つ事に寂しさを感じているんだろう。
「先輩!ご卒業おめでとうございます!」
「四羽ちゃーん!あぁ〜こんな可愛い子とお別れなんて寂しいよ〜!真くんに意地悪されたら、遠慮なく私のところに来ても良いんだからね?」
先輩は四羽に抱きつき、頭を撫でながら俺の方をじと目で見つめる。
「えっ!?いや、そんな…ことな」
「遠慮しなくても良いって!でも………真くんには苦労すると思うけど、よろしく頼むね?私の可愛い後輩でもあるしさ」
まるで姉の様な発言。でも、実際俺も先輩を姉の様に慕っていた。
四羽を放し、俺に向き直った先輩は両腕を大きく広げる。まるで何かを待っているかの様に。
「え?先輩何してるんですか?」
「んっ!わかんない?ハグだよ!ハ・グ!最後なんだよ?恥ずかしがらなくても良いんだよ?ほ〜らっ私の胸に顔を埋めるチャンスはこれが最後だよ?」
先輩の発言に四羽は顔を赤くする。慌てる四羽とは対照的に俺は至って冷静だ。
ハグなんて言っている先輩だが、俺にはわかる。先輩は我慢しているが、今にも泣きそうなんだろう。
顔を埋めるのは表情を悟られない為。後輩想いの先輩。俺たちの成長が誰よりも嬉しいんだろう。
先輩のハグを断る様に俺は右手を先輩の前に差し出す。
「良いじゃないですか。泣いても。ちゃんとした別れの挨拶のほうがいいでしょ?」
「…………ふふっ。あはははっ!真くんは本当に変わったね。あの時の君はもう居ないみたいだね。少し寂しい気もするけど……私はっ……嬉しいよ!」
俺の右手を握り、握手を交わすと先輩の瞳から涙がこぼれ落ちる。満足した笑顔からこぼれ落ちた涙は春の日差しに照らされてキラキラと輝きを放つ。
最後まで成績でも、人間としても勝つ事はできなかった先輩。そんな先輩に少しは俺の成長を見せる事ができた。
先輩に与えられて来た俺の恩返しは、先輩に届いたと思う。
○ ○ ○
3月10日。
学校は春休みに入る。特にする事なく、のんびりと心地いい春を楽しんでいた6人に、一華が一つの手紙が持って来た。それは大家からだった。
「えー、こほんっ。実はこのマンション。改装工事をするらしく、退去命令が出たっす!」
「………………は?」