第60話 チョコレート
二奈のバレンタイン。
今日はバレンタイン。先輩の為にチョコレート作りをしようと思っていた。
けど、私は部活もあったし、1から作れるような腕前も無かった。先輩もぐちゃぐちゃなチョコを渡されても困ると思った。だからショッピングモールにある有名なチョコレート専門店でバレンタインチョコを買って来た。
決して先輩への想いがないわけじゃない。これは、私なりの想いの伝え方だ。
お姉ちゃんは、自力でチョコを作った。それも凄いことだと思う。私は買ったものを渡す。想いがこもってないとか、そう考える人もいるだろう。
でも、少なからず先輩はそんな事は言わないし、思わない。
玄関で先輩達と別れた後、こっそり先輩の下駄箱へと戻る。
先輩の事だから下駄箱の中にチョコがあるかも知れない。そんなことを考えていたが、中には先輩の靴しかなかった。
私には面と向かって渡すのは…少し恥ずかしくて下駄箱にチョコを置いておくことにした。学年が違う事も理由の一つだ。一年生が二年生の教室を訪ねたら、注目を集めるのは自然な流れ。迷惑をかけるかも知れない。
なら、最初から先輩しか見る事のない渡し方をする方がいいと判断した。
「これで良しっ!」
先輩の下駄箱に買ったままの包装がされたチョコの箱を置いて、下駄箱を閉める。
そして心の中で少し祈ってから自分の教室へと向かう。
先輩に私の想いが届きますように。
◇ ◇ ◇
三和のバレンタイン。
昼休みになり、周りの生徒は自由に過ごし始める。
食堂へと向かう生徒。教室で購買のパンを食べ始める生徒。他のクラスへと向かう生徒。様々な生徒が居る中、私はスマホをバレないように取り出し、ある人物にメールを送った。
メールを送った後、私はいつものように食堂へと向かう。いつもの様に、皆んなで食堂で食事をする。
食べ終わった後、いつもは皆んなと一緒に雑談をして過ごすが、今日は部活の集合があるからと嘘をついて食堂を後にする。
少し時間をずらして彼が私の後をついてくる。メールで送った通りに人気のない場所を探す。偶然、空き教室を見つけたので中に入る。ようやく2人きりになれた。
「わざわざ人気のない場所に連れ込んで。どうした…って聞くのは意地悪か?」
真は私の考えがわかっている。その上で、確認の意味を込めて私に質問を投げかける。
「…ううん。…時間をとってくれてありがとう。…その……なんで呼び出したか…わかってるよね?」
「ま、まぁな」
真は恥ずかしがって視線を私から外す。
私も真の顔を直視出来ない。
今、私はどんな顔をしているんだろう。自分でもわかるくらい赤くなっている。恥じらいが表情に現れることに、更に顔が熱くなる。
お互い気まずい空気が流れる。沈黙が続き、私はようやく制服のポケットから小さな箱を取り出す。
「…こ、これっ!…市販のチョコを溶かしただけなんだけど…。…その、喜んでくれたら嬉しいなって…」
両手を突き出し、目を瞑りながらチョコレートを渡す。その姿はまるで告白のようだった。
「ありがとう。三和」
真はそっと私のチョコレートを受け取る。目を開けた私と目が合い、顔がまた更に熱くなる。でも、視線は外さない。なんなら、もっと見つめ合う。
「…その、味は問題ないと思うからさ…。…私から貰った感想、聞かせてもらってもいい?」
その後、時間が許すまで静かな空き教室で2人きりの時間を過ごした。
◇ ◇ ◇
四羽のバレンタイン。
放課後になり、生徒会室で仕事をする。
部屋には真と2人きり。白猫さんと南条さんは職員室に書類の確認へ。青木くんは卒業式に必要になる書類の印刷に向かった。
渡すなら今しかない。そう思っているのに動き出せないでいた。
妙に緊張してしまう。ただチョコを渡すだけ。そう自分に言い聞かせても、鼓動はますます早まる。
こんなに緊張したのは、生徒会選挙の時以来だ。全校生徒の前で告白なんて、今振り返っても馬鹿げた行動だと思う。
なんであんなことをしてしまったのか。
いや、理由は自分が一番理解できてる。彼が本気で好きだから。それだけだ。
最初は、凄く嫌な奴。そんな印象だった。私より成績は上。更に、武田先輩に生徒会長に推薦される程の実力の持ち主。どれだけ勉強しても、学年順位は変わる事がなかった。
どんな人物かと思ったら、屋上で隠れてゲームをしている適当な生徒だった。更に、そんな人が許嫁だなんて…当時は認めたくなかった。
しかし、彼と向き合う内にそんな感情は払拭されていった。逃げずに向き合う姿。そんな姿に私は惚れたのかも知れない。
今も、横で真面目に作業している。夕陽に照らされた横顔は、私には輝いて見えた。
私は覚悟を決めて、足元に置いていた鞄からチョコを取り出し、彼の前に置いた。
「ん?これは?」
「バレンタインチョコです。あなたの事ですから、何個か貰っているんでしょうけどね」
彼は作業を辞め、私が差し出したチョコの箱を受け取る。
「嬉しいよ。ありがとう四羽」
「どういたしまして。あっ。因みに、中には2種類のチョコが入ってるんです」
市販のチョコを溶かしただけど、それなりに時間をかけて試行錯誤したものだ。それに、きちんと私の意味が込められたチョコレートだった。
「へぇ。なんで2種類なんだ?」
「一つは尊敬の意味を込めました。そして、もう一つは…ハート型のチョコです。私の気持ちって事です…」
自分で言っていて恥ずかしくなるが、全校生徒の前で告白したんだ。彼に直接気持ちを伝えるくらいどうって事ない。
私の言葉を聞いて、彼は頬を赤らめる。なんだか愛らしく感じた。
放課後の生徒会室には、普段と違う空気が漂っていた。
◇ ◇ ◇
五花のバレンタイン。
時計は午後7時過ぎをさしている。生徒会の仕事が終わった筈。そのタイミングを見計らってメールを送る。
私は部活にも、委員会にも所属してない。4時過ぎには下校する筈だった。でも、彼を待つ為に近くのカフェや本屋などによって時間を潰していた。
この時間まで時間を潰すのは、自然と苦痛に感じなかった。それよりかは、あっという間に過ぎたくらいだ。
どうやって渡すか。どんな言葉をかけるのか。どんなシチュエーションが一番効果的か。そんな事を永遠と妄想していた。膨らませる度に不安が襲いかかる。
それでも、諦める事はない。彼への気持ちは変わらないから。
ポケットが震え、スマホの画面を見ると真から返信があった。すぐに向かう。簡単な返信なのに、その一言に胸が高鳴る。
この感覚は夏祭りの時に似ている。迷子になりかけた時、彼がずっと居てくれた。一華に好きかどうか聞かれた時は、焦って返答を逃してしまった。
けど、今なら自信をもって言える。私は真が好き。
10分ほど待った後、彼の姿が見えた。
「あ、マコトっち!こんな時間に呼び出してごめんね?」
「いや、良いよ。俺も待たせてごめんな?寒かったろ?少し…確認したい事があって。それじゃあ帰ろっか?」
私は頷いて一緒に歩き出す。
少し遠回りをして帰りたい。そんな変なメールにも彼は文句の一つ言わずに付き合ってくれる。
街はバレンタインのポスターや広告があちらこちらに飾られており、自然と会話はチョコの話になる。
「マコトっちはやっぱりチョコ貰ったの?」
「ああ。皆んなからと、同級生と後輩から。その2つは友チョコらしいけどな」
真は鞄を開けて見せてくれた。
中には、4人が渡したであろう4つの箱。それと、真が言っていた同級生と後輩のチョコがあった。
4つの箱は、皆んなが準備していたのを見ていたから既視感がある。でも、残りの2つは見た事がない。
一つは、袋に入っていて可愛くラッピングされていた。多分自分で作ったんだろう。
もう一つは多分市販の。ショッピングモールかなんかで買われたものだろう。丁寧に包装されている。店員さんがラッピングしなければこんなに綺麗に出来ない。
「へぇー?やっぱりモテるんだ?」
「友チョコって言ってるだろ?そんな疑わなくても、浮気なんてしないよ」
彼はそう言いながら笑う。もう少し意地悪な質問をしてやろうと思ったが、彼の笑顔を見た瞬間、そんな気持ちは消えてしまった。
彼の開けられた鞄にぽいっと私の箱を入れる。
「え?」
「私のチョコ。その……は、恥ずかしいから!バレないように食べてね?」
急に顔が火照る。本当なら、もっとロマンチックに渡すつもりだったけど、現実はそんなこと出来ないほど緊張している。
「ふふっ。ありがとう五花」
「あっ!笑ったな!?人がせっかく思い切って渡してあげたのに!もう良い!回収!」
チョコを入れた真の鞄に手を突っ込み、自分のチョコを取り出そうとする。
真は謝らながらそれを阻止する。傍から見たらカップルがイチャついているように見えるのだろうか。
そんな事を妄想しながら、2人で楽しく家へと帰った。