第56話 ホワイトサンタガール④
12月24日。
俺はマンションから電車を乗り継いで40分程の所にあるアウトレットに来ていた。正面には大きなクリスマスツリーが立っており、煌びやかに装飾され、LEDで光り輝く。家族連れやカップルで賑わう中、俺は彼女のことを待っていた。
「先輩!お待たせしました!」
「いや、俺も今来たところだよ二奈」
「あ、あの!今日はよろしくお願いします!」
「何だよ改まって……それじゃあ行こうか」
俺は二奈とクリスマスプレゼントを買いに来ている。後藤さんとの誘いを断って。
時は昨日に巻き戻る。
○ ○ ○
12月23日。
放課後、誰も居ない教室で自習しながら人を待っていた。静かな教室に夕陽が差し込み、窓側の席が照らされ廊下側の席は陰る。
生徒会の仕事はもう終わった。部活動も今日は無い。学校中が静寂に包まれている。
実は先週に期末テストがあり、明日から冬休みになる。午前中に全校集会があり、長ったらしい校長先生の話は今年の終わりを感じさせた。
今日まで後藤さんとのデートの話を考えていたが、もう答えは決まっている。
教室の扉が音を立て、暗い廊下から後藤さんがゆっくりと入って来る。
「こんにちは先輩。もう明日ですよ?答え、聞かせてください」
「ああ。俺もそのつもりだよ。でも、その前に一つ聞いていいか?」
俺はずっと疑問に思っていた事を、覚悟を決めて聞く。
「この前、部費の申請書を訂正しに行ったよな?」
「はい。その節はすみません。私の確認ミスで…」
「後藤さんが仕組んだ事だよね?部長に確認したけど、数字は間違ってなかった。後藤さんと一緒に確認したからミスは無いはずだって」
「………それは」
「それだけじゃ無い。これは偶然なんだけど…全校集会が始まる前の時かな?聞いちゃったんだよね」
それは、全校集会が始まる前。生徒会は体育館の準備があったので俺は早めに体育館に向かっていた。
そこで偶然聞いてしまった。空き教室で後藤さんが誰かと通話している所を。
「うん…うん。わかった。………大丈夫よバレてないから。あなたも気をつけなさいよ?一緒に暮らしてるんだから。大丈夫だって。私が明日、門川先輩を落として見せるから」
俺が見たもの、聞いたものを伝えると後藤さんは黙ってしまった。夕陽が作り出す影で顔は見えないが、何か底知れない秘密を持っていることは理解出来た。
「………そうです。私は頼まれて先輩とデートしようとしました。別に先輩が嫌いってわけじゃ無いですよ?ってか、逆にアリですよ?まあ、頼まれたからってのが大きいっすけどね〜」
「因みに誰だ?」
「それは言えません。先輩もわかってるでしょ?…こんな事してすみません。本当に悪いと思ってます。それじゃあ私はこれで。今度会う時は変わらず可愛い後輩ってことでお願いします!」
「………まぁ、わかった。それじゃあ」
後藤さんは更に暗くなった廊下に消えていった。つまり、あの5人の中に頼まれていたという事になる。
あの5人を疑う事はしたく無い。でも、こんな事をするほど、あの写真の人は俺の事を嫌っているという事だろう。修学旅行前のショッピングモールの試着室で話しかけてきた彼女を選んだらこの5人との関係もめちゃくちゃになってしまう。
俺は、人狼ゲームのように5人の中から写真の彼女を選ばなくてはいけない。
○ ○ ○
12月24日。アウトレットは所々がクリスマスを盛り上がる煌びやかな装飾を施され、とても賑わっていた。
5人の中から人狼を見つけ出すと言っても、今はまだ情報が少なすぎる。俺が疑い深くなって関係を壊す事になってしまえば元も子もない。まずは情報集めだ。その為には5人のことをこれ以上に知る事が重要だと考えた。
「先輩!あのお店見に行ってもいいですか?」
二奈は楽しそうな笑みを浮かべて子供のように俺の腕を引っ張る。
今日たまたま予定が空いていた二奈からだ。プレゼントを買い来たのは嘘じゃ無い。でも、どうしても昨日の事が気になってしまう。
二奈と色々なお店を見て回った。美味しいチョコレート屋、おしゃれな服屋、綺麗なアクセサリーにマンションにあったら便利そうな家具など、様々なものを見て回る。
「お姉ちゃんは前にこのアクセサリーの話をしてました!これにしましょう!」
「四羽にはこのペンにしないか?あいつ、生徒会の仕事でペンを酷使するし、小さなガーネットが埋め込まれてるんだ。努力の石言葉があるし、あいつにピッタリじゃ無いか?」
「良いですね!」
「三和は……何が良いんだろうな」
「う〜ん…あっ!この髪留めとかどうですか?いつもバレーする時に髪を結んでますし、可愛いデザインだし!」
「おお、流石だな。じゃあ五花は…このブレスレットにしよう。派手過ぎないし、ひまわりの飾りが五花っぽくないか?」
「あははっ!確かにそうですね!じゃあそれにしましょう」
皆んなへのプレゼントが決まって行き、一旦カフェで休憩する事にした。
店内はほぼ満席で、テラス席に座って休憩する事にした。冬の冷たい風が二奈の髪を撫でる。頼んだコーヒーが指先を温め、歩き回った疲れを癒してくれる。
「ん〜っ!ふぅ、この後どうしますか?残るプレゼントは私と先輩のですけど」
「それなんだが、この後は2人で別れて行動しないか?お互いにプレゼントを買って、合流した時に渡し合うってのはどうだ?」
「良いですね!それ!じゃあそうしましょっか!」
「そう言えば、これまではどんなプレゼントをもらって来たんだ?」
プレゼントの参考にしようと思い、俺が質問した瞬間に二奈の顔が曇った。空気が変わり、俺に焦りと後悔が一気に襲いかかった。
「いや、その…すまん。なんか嫌なことでも思い出したか?」
「いえ、先輩なさいじゃ無いんです。………先輩になら言ってもいいですよね?」
「…ああ。何でも言ってくれ。でも、辛かったら話さなくても良いんだぞ?」
俺の言葉に二奈は首を横に張る。そして、二奈はココアを一口飲んでから、過去のクリスマスのことを話し始めた。
「私も、お姉ちゃんも親からプレゼントをもらった事がないんです。いつも封筒を貰うんです。お小遣いが入った封筒。それだけです。去年は皆んなが祝ってくれましたけど、中学2年まではプレゼントなんてもらった事ありませんでした」
「そうか…でも、実は俺も似たようなものなんだ。俺と叶も母さんが死んでからプレゼントなんて無かったよ」
母さんが生きていた頃はプレゼントを毎年楽しみにしていた。でも、事故の後、父の口からクリスマスなんて言葉を聞いたこともないし、まともに話したことなんて無かった。
「だから、気持ちは少しわかるよ」
「………先輩と私って意外と似てるかもですね。それに………なんだか、先輩にならなんでも話せちゃいます。遊園地の時もメリーゴーランドでこんな事ありましたよね?」
「ああ、そうだな。そんな事あったな〜。そう言えばあの時の五花は面白かったな」
「ええ?何があったんですか?」
話はいつの間にか、7月に行った遊園地の話になっていた。あの時の思い出がフラッシュバックすると同時に、時間の流れの速さを実感する。あの時はやっと信頼されて来たくらいだった。今では家族同然になっいる。
6月に出会ってから半年。本当にいろんな事があった。良くも悪くも、彼女達に出会ってから俺は色々と変わった。家の事も自分自身も。
カフェでゆっくりした後、俺たちは別行動になった。
二奈には何が良いんだろうか。美術部だから道具?筆?いや、素人が買っても迷惑だろう。かと言ってアクセサリーとかは少しハードルが高い。服は…サイズがわからない。食べ物は………消耗品で無くなってしまう。何か、残るものが良い。
自分でも驚く程プレゼントに悩んでいた。どうするべきか、何が良いのか全く分からない。ふと自分の腕に視線を落とす。左腕には飯塚さんがくれた腕時計があった。
この時計もたくさん悩んでくれたのだろうか……。誰かのことを思って、何度も考え直して、やっとの思いで答えを出しても相手に喜んでもらえるからわからない。相手が喜んでくれると信じて渡す。それは勇気がいることだ。
………………いつから俺はこんなに他人の気持ちを汲み取ろうとしていたんだろう。さっきまで疑うような事を考えていたくせに、二奈の事を必死に考えて頭を悩ませる。こんな事をいつからするようになったんだろう。本当に俺は、彼女たちに全てを変えられたらしい。
○ ○ ○
18時。
辺りはすっかり暗くなり、ライトアップが更に輝いてアウトレットを色鮮やかに染め上げる。待ち合わせたクリスマスツリーは1番綺麗に光り輝いている。アウトレットを楽しむ人たちの笑顔を明るく照らしている。
先に着いた俺はクリスマスツリーをぼーっと眺める。吐く息が白く舞い冬の夜空に消えていく。
待つ時間が落ち着かない気持ちを加速させる。腕時計に目をやって、辺りを見回して、また腕時計を見る。
「先輩〜!すみません、ちょっと混んでて…」
「いや、大丈夫。それじゃあ…はい、どうぞ」
俺は紙袋を二奈の前に差し出す。受け取った二奈は嬉しそうで落ち着かない様子だった。効果音をつけたら「ドキドキッ」とか「ソワソワ」と言う効果音がつきそうだ。
「………!これって」
二奈は紙袋からマフラーを取り出す。桜の模様が入った白とピンクのマフラー。
「二奈と初めて2人きりで話した時のこと覚えてるか?桜柄の風呂敷に包まれた絵画を見つけただろ?それを思い出したんだ。どうだ?」
「とっても嬉しいです!でも、驚きました」
「え?何がだ?」
「そんな事を覚えてる事に。後、私と似たような事を考えてる事に……ですかね!」
そう言うと、二奈は紙袋を俺の前に突き出した。受け取り、中身を開けると…そこには赤いマフラーが入っていた。
「プレゼントが被るなんて…こんな事あるんですね!」
「はははっ!本当だな!」
「あははっ!…ねぇ先輩。マフラー巻いてくれません?」
俺は二奈からマフラーを受け取り、彼女の首に巻く。巻かれた二奈は嬉しそうに微笑んだ。
「えへへっ。あったかいですね。先輩のも巻いてあげますよ」
首にマフラーが巻かれ、首元から顔まで暖かくなる。それがマフラーによるものなのかは、分からなかった。
すると空から白い粉がぱらぱらと降り始めた。雪がクリスマスツリーを更に幻想的にする。
ホワイトクリスマス。首元に温かみを巻いた2人はゆったりとした時間を過ごした。