第55話 ホワイトサンタガール③
12月21日。
今日は学校は休みだが、生徒会の仕事で午前中は学校に来ていた。生徒から集められた学校アンケートの仕分け作業や、各部活の部費の申請書の確認。どれも面倒な仕事ばかりだ。
休日は基本的に皆んな忙しく、マンションに揃う事は中々ない。一華はアイドル活動。二奈と三和は部活動。四羽と俺は生徒会の仕事か、勉強。五花は……昼まで寝ている。こんな風に皆んなバラバラな生活を送っている為、休日の方が実は一緒にいる時間が少ない。今もこうして生徒会室で作業していると特にそう感じる。
部費の申請書を確認しているとバスケ部の所に誤りがある事を見つけた。しかし、今までこんなミスはなかった筈だ。少し違和感を感じながらも俺はバスケ部の居る体育館へと向かった。
「あれ?門川先輩?こんな時間にどうしたんですか?」
「生徒会の仕事でな。あれ?バスケ部は違う場所なのか?」
体育館に入ると、そこにはバレー部が練習しており、バレー部をサポートするバスケ部マネージャーが居るだけでバスケ部の姿は無かった。
そういえば、今日は午前中はバレー部が全面を使う事になっていた。自分から提案しといて忘れていた。仕方ないので後藤さんに申請書を渡す事にした。
「後藤さん、この申請書なんだけどここ。桁が一つ多い。それに、ここの計算なんだけど……」
「あ、本当ですね。ここは…ボール代、遠征用のバス代、ガソリン代、ユニフォーム代。合宿費用は別で申請中ですから、27万5800円ですね?」
「おお…そ、その通りだ。………計算得意なんだな」
「あっ!いえいえ!そんな事ないですよ!マネージャーとして何度も数字は見てましたし、私が最後確認したんです。すみません、私がミスしてしまったみたいですね」
「…いや、良いんだ。ミスは誰にでもある。じゃあ俺はこれで」
「あっ!先輩!」
離れようとした俺に駆け寄り、後藤さんは顔をぐいっと近づけて囁いた。
「デートの件。お返事待ってますね。決まったらメールで送ってください」
あの日、バスケ部とバレー部のいざこざを解決させた後に提案されたデート。しかし、内容は「部活動のことでの相談」と言うことだった。そろそろ返事を返さなければ。
足早に体育館を立ち去り、俺は生徒会室に遠回りで戻る。歩きながらほんの小さな違和感について考える。
バスケ部の申請書はいつも完璧だった。計算もミスはなかった筈。それに、後藤さんも計算が早い。じゃあなんで今回だけミスを?それに、後藤さんのデート。何かが引っ掛かる。誰もいない廊下には冷えた空気が溜まり、外と気温はあまり変わらなかった。
○ ○ ○
「あ、門川くん!こっちだよ〜」
飯塚さんが右手をぶんぶんと振っている。
飯塚さんとのデートは結果として今日になった。クリスマスイブに誘われたが、俺が無理を言って今日にずらしてもらっのだ。イブは……予定があるから…。
「ごめんね?予定ずらしちゃって」
「ううん。予定があるなら仕方ないよ。それなのに、こうやって予定開けてくれたじゃん!門川くんの方こそ忙しいのにありがとうね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。それじゃあ行こうか」
駅で待ち合わせた2人は電車を乗り継ぎ、映画館へとやって来た。チケットを買って、ポップコーンを持って案内された部屋へと入っていく。席に座ると館内の電気が弱まり、薄暗くなっていく。見に来たのは最近話題の恋愛映画だ。すごく泣けると噂になっていたので見てみたくなったのだとか。
目の前が暗転する。映画が始まり、物語が始まる。この映画に興味は無かったが、見ていくうちに引き込まれていく。
ふと、ポップコーンの箱に手を伸ばすと柔らかい感触が指先に伝わる。ポップコーンじゃない。彼女の手だと理解する頃にはお互い箱から手を離していた。彼女を横目に見ると、スクリーンの光が反射して彼女の火照った顔が見えた。
それからポップコーンが減るスピードは落ちた。
映画館を出た後、そのままグッズコーナーに来た2人は、さっき見た映画のグッズを見ていた。
「ねぇ!このクリアファイルお揃いにしない!?」
「いいな、他にはなんか無いか?」
「え?…う〜ん特には…」
「じゃあ、少し待っててくれ」
「え?」
そう言うと、門川くんは私の持っていた2枚のクリアファイルを奪ってレジヘと向かってしまった。あまりにも自然な動作だったので一瞬ぼーっとしてしまう。はっとして店員と門川くんの間に慌てて割って入る。
「だ、ダメだよ!自分の分は自分で払うから!」
「良いよこのくらい。あ、カードで」
「えっ!?」
門川くんは黒光りしているカードを取り出し、ささっと会計を済ませてしまった。あれって発行するのすら難しいカードな筈。セレブの人専用のカード。それを男子高校生が?いくらお嬢様とかお坊ちゃんが通う百花学園でも、あれはお坊ちゃん過ぎない!?どう言うこと!?
困惑したまま映画館を出ると、時刻は丁度12時を示していた。
「このままご飯にする?」
「え?あ、うん!私、どこでも良いよ?門川くん何か食べたいものってあるかな?」
「う〜ん…飯塚さんってお肉好き?」
「うん!私お肉好きだよ!」
「なら良かった。良いお店知ってるんだ。そろそろ予約の時間だし、行こうか?」
「………ほへぇ?」
そのまま門川くんについて行くと、他のお店とは雰囲気が違う敷居の高そうなレストランに着いた。高校生が来る様なお店じゃない。場所を間違っていないか聞く前に門川くんは入ってしまった。「予約した門川です」慣れた口調で店内へと入っていき、何食わぬ顔で注文までしてくれた。
「か、門川くんって………めちゃくちゃお金持ち?」
「まぁね。今は家出中だけど……」
「え!?家出中なの?!それでカードって……ご、ごめんね?私とてもじゃないけどお金は…」
「気にしなくて良いよ。俺が連れて来たんだし。それに、予定ずらして貰ったからね。フェアって事で!」
全然フェアじゃないよ!?
門川くんって全く別次元の子なのかも知れない。強いて言うなら、家出をするところは私達と変わらないかもしれない。なんだか、彼はいろんな部分が謎に包まれている。一緒に勉強会もしたし、少しは理解できたと思ってたけど…そんなことは無かった。
運ばれて来た料理は美しく盛り付けられ、ルビーの様に輝いた肉料理だった。そんな料理に思わず舌鼓を打って、ゆったりとした時間が流れた。
「はぁ〜なんだか凄い時間を過ごしちゃったな〜」
「その…楽しめたか?ちょっと雰囲気が合わなかったりした?」
「ちょっとびっくりしたけど、凄く楽しかったよ!ありがとうね!」
「なら良かったよ。この後どうする?」
「………」
その言葉を聞いて、私は言葉を詰まらせる。すぐに返事が出来ない。
本当なら………このまま告白しちゃおうと思ってた。でも、私は思っていた以上に彼の事を知らない。今日の内に何回驚かされたことか。彼と私は全く違う。
でも、唯一彼と同じ事があった。映画館でポップコーンを取ろうとして手が触れ合った時。私は顔が火照っていた。あの時、彼も顔を紅く染めていたのを私は観ていた。スクリーンに映っていた主演の俳優と全く同じ表情だった。どれだけ違っていても、彼のことを考えてしまう。彼のことを知りたい。そう思えた。だから、これからもっと時間をかけて知っていきたい。
「う〜ん特に行きたいところはないかな!」
「そっか。じゃあここで解散かな」
「ちょっと待って。実は渡す物があるんだ!」
私は肩にかけていた鞄から小さな箱を取り出す。リボンで飾り付けされたプレゼントを手渡す。
「本当はクリスマスに渡すつもりだったんだけど、ちょっと早いクリスマスプレゼント!はいっどうぞ」
「え…俺に?…ありがとう!本当に嬉しいよ。開けても良い?」
彼女はこくりと頷いた。リボンを解き、箱を開けると時計が入っていた。恐らくそんなに高級な物ではないが、おしゃれで使い易そうな腕時計だ。
「門川くんに似合うと思ったんだけど…ちょっと重かったかな?」
「そんな事ないよ。本当に嬉しい。俺も良いかな?」
「え?」
門川くんは鞄から私と同じ様なクリアファイルと小さな箱を取り出した。それは映画館で買ったクリアファイルともう一つは彼が買っていた物だった。
「これ、映画でヒロインがつけてたネックレス。どう…かな?」
「………やば」
「え?」
「チョー嬉しい!本当にありがとう!」
彼の事は知らない事が多くある。でも、今日の彼は私しか知らない。それだけで十分だ。
少し早いクリスマスイブは私の中に忘れられない思い出になって残っていった。