第52話 家出シスターと家嫌いお兄ちゃん④
11月27日。
門川家の書斎に置き電話の着信音が鳴り響く。
息子だけでなく、娘すらも出て行ったこの家の静けさを突きつける様に着信音がうるさく感じた。受話器を取り、通話相手を尋ねる。
「はい。門川です」
「こんばんわ門川さん。僕です、竹内です」
「ああ、竹内君か。模試の結果だね?どうだったんだ」
受話器から、すぐには答えは返って来なかった。言いづらそうに口紡ぐ様子を通話越しに感じ取る。
しかし、結果は容易く予想出来た。真の勝ちだろう。彼の数値なら…。そう少しでも考えていた時点で私は彼との勝負に負けていたんだ。
私をわざと怒らせて勝負に出て、叶との婚約を白紙にさせる。自分が勝てる保証はないが、真なら自分の絶対的な実力を理解している。相手の情報がない中で、あれだけ大きく出て行けるその度胸にはいつも驚かされる。家柄も申し分無く、成績に関しては竹内君の方が上だった。だが、やっぱり勝てなかった。
真の実力は認める。しかし、これ以上は好き勝手させない。受話器を荒々しく叩き置く。
後日、真の模試の結果がメールで送られてきた。495点。全国順位1位。これが彼の本気……と言う事なのだろう。
○ ○ ○
11月29日。
重苦しい1週間を乗り切った夕暮れの中、鉄製の冷たいドアノブに手をかけてマンションの扉を開ける。
先週は模試で忙しかったが、今週は結果が発表されるまで生きた心地がしなかった。嫌な考えばかり浮かび、なんだかずっと休まらなかった。
父にその結果を送り、長く深い溜息を吐く。忙しない生活がようやく終わり、ほっと安心する。これで叶は大丈夫だ。父との関係は……最悪だろうが、叶は強い。俺と違って大丈夫だろう。
問題はこの事をどう叶に伝えるかだ。皆んなのいるところでは言えない。言ったら、「また1人でやってたんですか!?真なんて嫌いです!」とか…「へぇ〜?真って私の事を信用してないんすね。もう知らないっす」なんて事も言われるかも……。
皆んなに怒られる。いや、怒られるで済んだらマシだろう。最悪、家を追い出されるかも…!それだけは避けなければ。どうにかして皆んなにバレずに………。
「お兄ちゃん?何やってるの?」
「うおっ!?なんだ…叶か…」
「え?何よ。その反応」
「いや、何でもないよ。少し良いか?」
「ん?何?」
叶を寝室に呼び、2人きりになる。そこでこれまでの事を全て打ち明ける。当然驚くと思っていた。しかし、予想に反して叶は特に反応を示さない。
「…あれ?今の話聞いてたか?」
「え?うん。お兄ちゃんがお父さんと勝負してたんでしょ?知ってるよ?」
「は?一体どこから知ったんだ………?」
「私からですよ〜先輩〜」
突然どこからか声が聞こえたと思ったら、寝室の扉が開き、叶との会話を盗み聞きしていた5人が堂々と部屋に入ってくる。
最初からバレていた。まずい。なんて言われるかわからない。いや、最早何も言われないのでは?
手に汗が溜まり、背中に冷たい感覚が走り去る。あわあわと1人で焦っている俺とは反対に5人はじりじりとこちらに詰め寄ってくる。
「はぁ〜。真はまだ私達の事を信用してないみたいっすね?」
「これで何度目でしょう?そろそろ限界ですよね?」
「…真、有罪」
「ちょっと待て!これは………その……」
「お兄ちゃん。頑張って」
ああ、もうダメかもしれない。
そう思った瞬間に6人は俺の事を見て一斉に笑い出す。「ドッキリ大成功〜!」と五花が自作のプラカードを見て、やっと自分が嵌められた事に気がついた。
全身の力が抜けてその場にぺたん、と座り込む。ほっと息を漏らして、どう言うことか説明を求めた。
どうやら、ゲームセンターでの通話の内容を偶然聴いていた二奈が俺の勝負に気がついたらしい。内容を知った5人は敢えて俺の好きな様にさせてくれていたと言う事らしい。秘密にしていたつもりだったが、とっくに知れ渡っていたらしい。なんだかかっこつけてたみたいで急に恥ずかしくなってくる。
「そうだったのか……でも、ありがとう。今回は俺が解決したかったんだ」
「ええ。私達気づいたんです。信じる事も大切だって。今回は、信じてみました」
そう言ってにっこりと微笑む四羽を見て、こっちまで釣られて笑顔になってしまう。
尊い時間が流れている中、その空気を壊す一言が叶の口から飛び出した。
「でも、二奈さんが聴いてなかったら今回の勝負はお兄ちゃんが勝手にやろうとしてたんだよね?事前に知ってたから良いけど、知らなかったら?」
「あ、確かにそうっすね。知らなかったら、今頃やってるっすよ」
「…真、やっぱり有罪」
「マコトっちアウト〜!」
「なんでだよ!?」
叶はニヤリと笑いながらこちらを見てくる。こいつめ、助けてやったのに。
全員の顔が徐々に曇って行き、皆んな悪い顔をしている。
「真?この落とし前はしっかり付けさせてもらいますよ…?」
○ ○ ○
11月30日。
土曜日。俺達は東京タワーに来ていた。なんでも、叶と三和が好きなアニメとコラボしているんだとか。
チケットを買って、展望台までエレベーターに乗り込む。土曜日という事もあり、入り口からどんどんと人が押し寄せてくる。端へと追いやられた俺達は壁に押し付けられる。
どんっ。5人の手が俺の顔のすぐ横に突き立てられる。俺が壁側で5人が俺を守る様に囲ってくれる。
「お兄ちゃん…これ、逆じゃない?」
「俺だってそう思ってるよ」
5人との距離が近づき、6人は顔を赤らめる。そんな姿を見て叶は「何これ」と吐き捨てていた。
展望台まではあっという間だった。動き出すと同時に体に浮遊感を感じたと思ったらすぐにその浮遊感は消え去る。エレベーターの扉が開き、外の光が差し込む。目を顰めながら進むと、そこには空の上の景色が広がっていた。
「すご〜い!マコトっち!ビルがあんなにちっちゃいよ!?」
「俺も初めて来たよ。流石に高いな」
「えぇ〜?へ、平気なんですか〜?これ」
「ま、まま真!お、落ちちゃうっす!」
五花と俺は平気だが、一華と四羽は高い所が苦手らしい。手摺りをがっちりと握り、腰が引けている2人はまるで子鹿の様だった。
叶と三和は景色どころじゃなかった。
「三和さん!○○君ですよ!?等身大です!」
「…凄い!アニメのまんまだ!…叶ちゃん写真撮ってあげる!」
東京の絶景をガン無視して大興奮している2人はそのまま奥に勝手に進んでしまう。子鹿の様な2人を連れながら叶たちの後をゆっくり追いかける。
中にある休憩所のソファに叶と一緒に座って一息つく。皆んなはガラス張りの廊下へと向かった。正確には一華と四羽は連れていかれた。
「お兄ちゃん。改めてありがとうね」
「ん?何がだ?」
「勝負のこと。お兄ちゃんがお兄ちゃんで私良かったよ」
「ははっ、なんだそれ」
叶の顔はいつもの顔に戻っていた。この前の悲しい顔の面影はもう無い。
俺は安心して肩をおろす。少し休んだ後に、俺たちも皆んなの居るガラス張りの廊下に向かう事にした。