第51話 家出シスターと家嫌いお兄ちゃん③
最近、お兄ちゃんの様子がおかしい。確か、ゲームセンターの後くらいから勉強量が倍以上になっている。お兄ちゃんのお友達と勉強した後、帰ってきてから勉強会をしている。そこから更に深夜に1人でこっそり勉強している。寝る場所が足りない為、普段お兄ちゃんが寝ているベットに私が寝て、お兄ちゃんはリビングのソファで寝ている。深夜にリビングの電気がついている事には気がついている。静かに勉強しているんだ。
お兄ちゃんは睡眠時間を削って勉強している。目元に染み付いた黒いクマは体が悲鳴をあげている証拠だ。顔色も悪くなっているし、無理をしているのは明らかだった。
それに、お兄ちゃんに竹内さんの事は詳しく話してない。なのにあの日、スーパーの前で一目見ただけで年齢も、学校も、顔すらもわかるなんてあり得ない。元々知っている………と言う可能性も低い。あまりにも不自然だった。何かを隠している様だった。最近様子がおかしいのも、お兄ちゃんは何か秘密裏に動いてるんじゃ無いか。そう思う様になった。
その事を問いただす為に、呼吸を整えて勢いよくお兄ちゃんが居るリビングに入る。
「お兄ちゃん!ちょっと…話が………」
「シーッ!静かに。真は寝てしまいました。譲っても起きないくらいぐっすりと」
お兄ちゃんはこたつの上に突っ伏して寝ていた。私は起こさない様にお兄ちゃんの寝顔を覗く。男性にしては長いまつ毛。イケメンというわけでは無いが、一応それなりに整った顔。しかし、口から涎を垂らし、机を汚している。まるで体だけ大きな子供みたい。
5人はそんなお兄ちゃんの寝顔をまじまじと観察していた。普段見せないお兄ちゃんの隙を、これでもかと堪能している。妹としてちょっと複雑な気持ちになる。
「はぁ〜真の寝顔初めて見たっす!これは貴重っす!写真撮っとこ(パシャッ)」
「………先輩がこんな顔するなんて」
「…真の寝顔かわいい…。…これが、母性?」
「マコトっちって案外、子供みたいでかわいいね〜!」
「も、もうちょっとだけ!寝させてあげましょう!」
私のお兄ちゃんが、目の前で可愛がられているのに抵抗を感じつつ、こんな良い人たちに出会えたお兄ちゃんを羨ましく思った。
どうやら、帰ってきてすぐにこたつに入って寝てしまったらしい。相当疲れていたんだ。その理由が私だったら…。お兄ちゃんには迷惑ばかりかけてしまっている。
「あの………最近のお兄ちゃん様子が変じゃないですか。何か理由を知ってませんか?」
私は思い切って5人の許嫁に聞いてみた。今や私以上に一緒にいる5人なら何か知っているかもしれないと思った。
すると、5人は目を見合わせた後に二奈さんが知っている事を話してくれた。
「私、ゲームセンターの時に先輩が電話してる所を見つけて、話してる内容を聞いちゃったんです。先輩は…お父さんと勝負をしてるみたいです。その……叶ちゃんの結婚相手と今度の模試の成績で競ってるんです。叶ちゃんの婚約を破棄させる為に」
「……え?」
やっぱり私のためだった。お兄ちゃんは私の為に、家出までして離れたお父さんに立ち向かっている。もしかしたら、お兄ちゃんは自分が家出した事で、私がこんな事になったっと思っているのかもしれない。どこまでも優しくて、自分の事よりも他人の為に何かをする。いつものお兄ちゃんだ。そんなお兄ちゃんを私が苦しめてしまっているんじゃないか。そんな考えが頭の中に浮かび、罪悪感でいっぱいになる。
「私の…せい………?」
「それは違います」
「!な、なんで?」
四羽さんがきっぱりと否定する。5人は真剣な顔つきで…でも、どこか母親の様に優しい表情で話してくれた。
「私、二奈から聞いた時に、最初はイライラしたんです。また1人でやってる。私達に相談しないで1人で解決しようとしてるって!」
「まぁ、いつものことなんでもう慣れたっすけどね」
「そうだね、マコトっちはどこまでもお人好しさんだからさ」
くすくすと笑い合い、寝ているお兄ちゃんの目の前で、本人の愚痴が飛び交う。一度決めたら最後まで頑固にやり切るところ。意外にもお風呂の時間がこの家の中で1番長い事。こんな美女5人と暮らして、一緒に寝てるのに一向に手を出してこないところ。いろんな愚痴が溢れる。けど、それを話している本人たちは笑顔で、心の底から嫌いになっているわけじゃない事が目に見えてわかる。
お兄ちゃんの愚痴(半分惚気話)を聞いた後、脱線した話題を元に戻す。
「…でもね、私達は今回は1人でやらせてあげようと思った。真の事を信じてやり切るところを見守ろうって」
「それは…なんでなんですか?」
「…真が好きだからだよ。全て協力するのは違う。偶には信じて待ってあげることも必要でしょ?それに、今回は自分の妹の為に頑張ってる。それを邪魔しちゃいけないって思ったの」
お兄ちゃんは本当に幸せ者だ。そう思った。こんなに良い人たちがお兄ちゃんのそばに居てくれるなんて。
いや、もしかしたら、お兄ちゃんがそうさせたのかもしれない。ここまでの関係を築いたお兄ちゃんの凄さを改めて実感した。嫌な事から逃げずに真正面から向き合う。昔から何も変わってない。
「だから、先輩の事を待っててあげて?きっと先輩なら大丈夫だから」
二奈さんの言葉通りだ。私もお兄ちゃんのことを信じてみよう。ここまで私の事を大切に思ってくれる家族はお兄ちゃんだけだ。
静かに寝ているお兄ちゃんの顔をもう一度見る。今だけはもうちょっとだけ、休んでて貰おう。
○ ○ ○
11月21日。全国模試当日。
教室はさっきまでは生徒たちの慌てる声が響いていた。「本当にやべぇ!まじで勉強してない!」とか、「まぁ何とかなるでしょ!」と騒いでいた生徒の手には付箋だらけの参考書が握られていた。
絶対勉強してる。なんなら俺みたいに徹夜までしてるはずだ。
そんな教室も、予鈴がなるとさっきまでとは別世界の様に物音一つない無音の世界へと変貌する。こう言うメリハリが凄いところは、さすが由緒正しい学校なだけはある。
学校中が静寂に包まれ、先生がテスト用紙を前列の生徒に配り始める。
負けられない。絶対に。
チャイムの音と同時に、テスト用紙を捲るぺらっと言う音が聞こえる。まず、一気に最後まで全ての問題に目を通して解けそうな問題に印をつける。一周出来たら、二周目で印のついた問題を解いていく。こうすれば時間切れなんて事は起きないし、効率が良い。
確実に点を取らなければ。叶の顔をふと思い出して手に汗をかく。周りのペンがコツコツと音がより一層緊張感を強める。深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。今は目の前の事に集中しろ。
4教科が終わり、昼食休憩をとった後は最後の一教科だ。食事する時間すら惜しい。左手で菓子パンを頬張りながら右手で参考書を捲る。
しかし、流石に疲労が溜まっていたのか、目が霞んで意識が飛びそうになる。気を抜けばすぐに寝てしまいそうだ。そんな姿を見て、皆んなは体調を気遣う言葉をかけてくれる。
「ま、真?さ、流石にやばいっすよ?クマが凄すぎてパンダみたいになってるっす」
「でも、あと一教科ですからね。最後まで頑張ってください!真!」
「…真、これエナジードリンク。これで最後だから!頑張って!」
「先輩!私もミントのガムあげます!」
「えっと…じゃあ私はマコトっちに運気をあげるね!んん〜っ!」
背中に手を置き、何かを念じながら励ましてくれる五花に感謝して、みんながくれた物を順に使っていく。先程よりも眠気が解消され、最後の悪足掻きに集中できる。
皆んながサポートしてくれる。お腹と心を満たして最後のテストへと向かう。
「やっと最後だね!門川くん限界っぽいけど…頑張って行こう!」
「…ああ。そうだね。これで…最後」
「本当に大丈夫?寝てたら消しゴム投げて起こしてあげるね!」
それはカンニングを疑われそうなので断っていると、予鈴が鳴り響いた。これで最後だ。そう言い聞かせてテストに臨む。
でも、みんなから貰った物も効力は長続きしない。それに、そんな物でどうにかなる物ではなかった。解いている最中なのに、どうしようもない眠気に襲われる。瞼が鉛の様に重い。視界がぼやけて、今にも意識を失いそうだった。
最後まで…諦めない………叶の……ために………。