第49話 家出シスターと家嫌いお兄ちゃん①
リビングのこたつで叶は体を温める。よく見ると指先は赤くなり、小刻みに震えていた。朝のニュースでアナウンサーが、今日は天気が悪く12月並みに気温が下がると言っていたのを思い出した。相当寒かったのだろう。
しかも、叶は薄着だった。家を勢いに任せて飛び出してしまったのだろう。四羽がホットミルクを淹れてくれた。目の前に置かれたホットミルクが入ったマグカップを両手で大事そうに握りしめて手の震えを止めていた。
一口ミルクを飲んだ後に、叶はゆっくりと口を開く。
「皆さんごめんなさい。急に押しかけてしまって…。お兄ちゃんの所しか行けるところがなくて…」
「…全然大丈夫だよ。…いつでも遊びに来てって言ったでしょ?」
「そうっすよ!私達なら大丈夫っす。何も心配する事はないっすよ叶ちゃん!」
2人の言葉に叶は少し安堵の表情を見せた。ホットミルクを一気に飲み干して、何かを決心したのかのようにここに来た経緯を話し始めた。
「………実は家出して来たんです…私。ここ最近、お父さんは私にとても厳しくなりました。それは、いつもの事だったから良かったんです。だから、お兄ちゃんが居なくなった後、もっと結果を出そうと努力して来ました。当然、結果も出して………。でも………お父さんは認めてくれませんでした。それどころか、私の知らないところで結婚相手を決めたとか言って…。高校卒業したらその人と結婚しろって…実際に会ったこともないのに………」
叶は目に涙を溜めながら話してくれた。そんな叶を一華がぎゅっと抱き寄せる。妹がいる一華は二奈と叶の姿を重ねて、いても立ってもいられなくなったのだろう。
俺の嫌な考えが当たった。最悪だあの男は。聞いてるだけで体の底から怒りと嫌悪感が湧き上がって爆発しそうだった。
しかし、それと同時に自分にも怒りと嫌悪感が同じくらいに湧いた。叶がこんな事になったのは、俺のせいなのだ。俺が身勝手に家出したから、あの人から逃げ出したから叶はこんな事に。
叶が落ち着いた後、午後は叶と一緒に過ごした。俺は叶の事を励ましたくて、「何かしたい事はないか」と聞いてみた。これまで勉強と習い事しかしてこなかったんだろう。家出して来たのだから、そんな事をする必要はない。やりたい事をやらせようと思った。
俺の問いかけに叶は「ゲームセンターに行ってみたい」と、意外な返事が返って来た。しかし、やりたい事をやらせたかったので皆んなでゲームセンターに行く事にした。ショッピングモールの中にある大きめなゲームセンター。UFOキャッチャーや格闘技ゲーム台の光が、店の中を照らしていた。
叶は入り口に来ただけで、目をキラキラと輝かせ、俺の腕をグイグイと引っ張っている。そんな叶を見るのは久しぶりだった。手を引かれるがまま、店の中へと入っていく。
中には色々なゲーム機があり、一つ一つ気が済むまで遊んだ。音ゲーと呼ばれるゲームは2人とも初めてで、リズム感が無くて全く出来なかった。ゾンビをおもちゃの銃で撃つゲームは、叶がビビりまくって、五花の手を握りしめながら遊んでいた。それで俺よりも高得点を出したのは腑に落ちないが…。
プリクラを撮りたいと言う願いを叶えようと、全員で入ってみたが、7人でプリクラは無理だったので、俺は外で待つ事にした。中から叶の楽しそうな声が聞こえて来て、少し安心した。楽しめている様だ。
プリクラの写真を加工している時もとても楽しそうに笑っている。そんな姿を少し離れたところにある椅子に座りながら眺めていると、二奈が俺の隣に静かに座った。
「叶ちゃん良かったですね。すっごく楽しそうです」
「だな。良かったよ…………」
「先輩。自分の事を責めてないですか?」
「え?」
叶から目線を外して横を見ると、二奈が俺の目をじっと見つめていた。咄嗟に視線を晒してしまう。図星だった。このゲームセンターも罪滅ぼしのつもりだった。叶が喜ぶたびに自分のせいだと心が締め付けられる様な感覚が襲いかかる。
もう一度叶を見る。あんなに楽しそうにしている姿を見るのは久しぶりだ。あんなに小さな背中に、門川家の責任を背負っている。そう思うと、自分を責めずにはいられなかった。俺が背負うはずだったのだから。叶は俺を頼ってくれたが、俺は頼りになる兄じゃない………。
そう考え込んでいると、二奈の手が俺の両頬をぱしっと掴み、そのまま強引に二奈の方に顔を向かされる。
「先輩はダメなお兄ちゃんじゃありません。叶ちゃん言ってましたよ、優しくて自慢のお兄ちゃんだって」
「ふぇ?」
プリクラの前に二奈と叶は一緒にテーブルホッケーで遊んでいた。その時に話してくれたらしい。
「急に押しかけても受け入れてくれて、こうやって励ましてくれる。ダメなところもあるけど、勉強とか運動はずっと得意で、私と違って急にお見合いをされてもお兄ちゃんは平気な顔してる。凄いです。皆さんが良い人って事もありますけど、それでもお兄ちゃんは強い人です」
そんなふうに思ってくれているなんて知らなかった。信頼してくれているんだ。
明日から立ち上がって店の外へと歩いていく。
「あれ?先輩、どこに行くんですか?」
「ちょっとトイレ。すぐ戻るよ」
「あっ…トイレは反対ですよ……?」
俺はゲームセンターから少し離れた所で電話をかける。2度とかける事ないとないと思っていた番号を打ち込み、スマホを耳に当てる。
「………何の用だ」
「叶の事に決まってるだろ。単刀直入に言う。お見合いを無かった事にしろ」
「ふんっ…。部外者に発言権があるとでも?お前には関係ないだろ」
「確かに俺はあんたの子供じゃない。でも、叶の兄だ。妹の結婚相手が俺より頼り甲斐が無い頭の鈍い人のようだから、兄として心配なんだよ」
返事は返ってこないが、俺にはわかる。相手は当然キレている。この無言が証拠だ。そして、売られた喧嘩をあんたは絶対に買ってくる。そして、勝負に出るはずだ。
「そこまで言うなら、彼の情報をやろう。彼も高校三年生だ。今度の全国模試の結果で決めようじゃないか。数字は人の能力の全て正確に炙り出す。結果が全てだ。これが望みなんだろ?真くん」
やはり乗ってきた。あんたはずっと人を見てない。人のステータスしか見てないんだ。
変わらないな、あんたは。
「ああ、それで良い。結果が全て…望む所だ」
「…………楽しみにしているよ。じゃあ」
プツンッと通話が切れてしまう。僕も逃げるのはやめだ。正面からぶつかって恥をかかせる。親子喧嘩はこれで終わらせる。