第40話 紅葉狩り〜親友、ごめんね〜
「な、なんでここに?どうやって…」
「…正直者にはあなたのスマホをあげましょう。…ほら」
三和の伸ばされた右手には確かに俺のスマホが握られていた。それを受け取る。電源をつけると見慣れたホーム画面、落としたからなのか、ケースが少し欠けている。
三和が横に座る。長い足を組んで座る姿はモデルの様だった。
「………えぇっと?なんでここがわかったんだ?」
「…うん。それはね………」
○ ○ ○
神社から離れた薄暗い路地まで勢いで走って来てしまった。ここが何処かもわからない。走った疲れとぐちゃぐちゃになった気持ちで脚に力が入らない。その場に座り込んでしまう。
私は皆んなと一生残る思い出にしようとしていたのに、皆んなはそんな事なかった。それが悲しかった。前まで家族以上の親友だと思ってたのに今は違う。今は……なんかもうよく分からない。
冷たい裏路地は誰の目にもつかない。果てしないほど静かで、そこだけ時間が止まったかの様に孤立している。この寂しさを私は知っている。勉強会の夜の静けさ、寂しさと同じだ。せっかく真が助けてくれたのに、私はまたこの不安に勝てない。段々と目に涙が溜まっていく。泣いちゃダメだ。泣いたら立ち直れない気がする…。
「三和!」
「…え?」
名前を叫ばれて顔を上げると、路地の入り口に一華がいた。路地の入り口はオレンジ色に光り輝居ていた。
「…なんでここが?」
「スマホの位置情報を確認したっす。………三和」
一華がゆっくりと近づいてくれる。なのに、私は顔を合わせられない。合わせたくない。体育座りの様に、ぎゅっと腕で膝を抱き寄せて顔をそこに埋める。本心では見つけて欲しかったくせに、それを何故か拒絶してしまう。
「三和…こんな事になったのは私のせいっす。私は自分の事しか考えてなかったっす。本当に…ごめんなさい」
「………」
「こんな事されても許せないっすよね。でも、謝らせて欲しいっす。嫌だったら………それでもいいっす……」
そうだ。嫌いだと言ってしまおう。一華なんて嫌い。真の事を好きなのは私だけなのに。皆んなのことを私は考えているのに。早く。嫌いって。嫌い。嫌い…。
「すぐそこで待ってるっす………」
一華が立ち去る足音が聞こえる。こつ。こつ。一歩が重く、路地裏に足音が響き渡る。そして、路地から出る瞬間。一華の手首をぎゅっと掴む。
「…行かないで!…一華は…私の親友でしょ!?」
「!!」
その言葉に一華はぎゅうっと心臓が締め付けられた。そしてそのまま振り返って三和を抱きしめる。
「ごめん…本当にごめんね…!」
「…うん。…うん。…良いよ一華は親友だから…」
路地から出て、少し歩くとお店の前に四羽が待っていた。一華に連れられて皆んなと合流する。合流した瞬間に四羽に抱きしめられる。
「三和!ごめんなさい!本当にごめんなさい!」
「…四羽!?落ち着いて?もう大丈夫だよ。怒ってない…と言えば嘘になる」
「嘘なんすか」
「…半分冗談で半分本当。…皆んなひどいもん。…私は皆んなのことを考えてたのに」
表情が一瞬曇り、一華と四羽が目線を外す。少しいじめてみただけで、その反応に笑ってしまう。
「…嘘。…冗談だよ。…それよりも真を見つけないと。」
「それは問題ないですわ」
そこに現れたのは白猫さんだった。後ろには四羽の班員と南条さんと青木くんが居た。
「三和さんを見つけたときの様に位置情報で見つければ良いんですの。今、五花さんは…清水寺にいるようです。タクシーを用意しておきましたから、これで指示された場所に行って探してください。バラバラに探せば効率良く探せますわ!」
「そうですね。では、私はあちらを探して来ます!」
「じゃあ私はあっちを!」
「…えっと…じゃあ私は」
「三和さんはあっちをお願いしますわ!」
白猫さんが指差した方向は清水寺方面だった。何故私だけ指定されたのかわからなかったが、その指示に従って動く事にした。
「…じゃあまた後で!」
「はいっす!また後で!」
「早く行ってあげてください!」
三和は用意されたタクシーで清水寺方面を探しに行った。走り去るそのタクシーを2人はじっと見つめていた。
「これで良かったんですの?せっかくの計画は全て水の泡ですわよ?その着物も…」
「良いんです。これで。三和には悪いことしましたから」
「こちらこそすみませんっす。私達が振り回しちゃって」
2人は白猫たちに深く頭を下げる。3秒ほど経った後に「顔を上げてください」と言われて上げると、そこには優しく眼差しを向ける白猫が居た。
「私達は大丈夫です。久しぶりに生徒会メンバーで遊べましたからね」
「俺も大丈夫。誰といても楽しいから!俺!」
「私も大丈夫です。と言うか私は共犯者なのでお二人の考えに反対しません」
四羽の班員も快く了承してくれた。白猫たちはそのまま京都観光に戻って行った。
残された一華と四羽の顔には、安堵の表情が浮かんでいた。
「じゃあ暴走中のお姫様を止めに行くっす」
「そうですね。今回は三和に譲るんですから」
○ ○ ○
「…私が任された所に真がいたんだよ。…丁度私が真のスマホを託されて。…本当に凄い偶然だよね。」
「そうだったのか。皆んなには心配かけたな。後で直接謝らなくちゃな」
ベンチに座りながらことの顛末を聞く。話を聞いていると気づけば長い時間話しており、辺りは夕焼けに染まっていた。京都の古風な街並みが金色に輝いて行く。その様子を2人で座りながら、何もせず眺めていた。
ぼけっとしていると、三和が不意に話しかける。
「…なんか喉乾いちゃった」
「そうだな。ずっと話してたからな。自販機で何か買うか?」
「…え?そこにあるから良いよ」
「?何が?」
そう言うと、三和はさっきまで俺が飲んでいた葡萄ジュースを勝手に奪って飲み始める。ペットボトルが夕陽に照らされて輝いている。まるで輝く太陽を飲み込んでいる様で、その姿に目を奪われる。
「…ぷはぁ。…私、葡萄ジュースあんまり飲まないんだけど、なんか、これは飲める。…なんでだろうね?」
「っ!?さ、さぁな!?なんでだろうなぁ…」
自分でも顔が紅くなっていくのがわかる。下を向いて顔を隠すが、三和が首を傾げて覗き込んでくる。
「…あれ?…真、照れてる?」
「あ、あーあ!そう言えば、お土産屋さんもっと見たかったんだよなー?!三和!見に行かないか!?」
必死に話題を逸らす。しかし、三和はにやりと笑いながら俺をジト目で見つめる。まるで「逃げたな」と言わんばかりの反応に、さらに恥ずかしくなる。
「…ふふっ。…良いよ。…皆んなにお土産買ってあげたいもんね。…一緒に2人で行こ!」
皆んなが独り占めしようとしてたんだし、私だってちょっとくらい良いよね?
心の中で、決して聞かれることのない独り言を呟き、真の後を追いかける。2人を京都の夕陽が明るく照らす。