第39話 紅葉狩り〜モヤモヤデート〜
電車を降りて無言で歩く。昨日はあんなに話しやすいと感じたのに、今は会話しづらい。ずっと様子がおかしいし、いつもの五花はこんな事をしない。それにずっと皆んなのことが気になる。俺と逸れた後、三和は大丈夫だろうか。青木も南条も心配している筈だ。皆んなが心配している姿が頭に思い浮かぶ。
「真、行きたいお店とかある?」
俯いて歩いていると、五花に呼びかけられて顔を上げる。
産寧坂(三年坂)。京都らしい古風な建物が立ち並び、CMなどでも使われている日本を象徴する場所だ。そこには多くの店が並んでおり、京都ならではのお土産が買える場所だ。食べ物にアクセサリー。油取り紙や、石鹸など様々な物が売っている。
「ほら、産寧坂のお店散策したかったんでしょ?」
「お、おう…」
五花に腕を引っ張られて店を見て回る。
様々なお土産が売っていた。まず入ったのはバームクーヘン屋さんだった。有名なお店で、抹茶味のバームクーヘンはとても人気だ。店員さんに試食を勧められ、食べてみると本当に美味しかった。そこで皆んなの分を買って行った。
その次には石鹸屋さんに来た。なんでも店オリジナルの石鹸を売っており、店の外にも良い香りが漂っている。2人で石鹸の匂いを嗅いで7つ買って行った。叶も気にいるだろう。
「さ、次はどこに行く!?」
「…ちょっと休憩しないか?歩き疲れて来ちゃって…」
「あ!そうだよね?ごめんごめん。じゃああそこで休憩しよっか!」
五花が指差した場所は、自販機やベンチが置かれている小さな公園の様な場所だった。そこで自販機でジュースを買ってベンチに座る。
「はあー。楽しかったね!この後は清水寺行こうよ!」
「…ほらよ。オレンジジュースだろ?」
ひょいっとペットボトルを投げて五花に渡す。
「おっと。ありがとう」
「はぁ〜。で?そろそろ教えてくれないか?なんでこんな事をしたのか。付き合ってあげた…って言うのはずるいかもしれないけど、そろそろ話してくれよ。信用無いか?俺」
五花は俯いてこちらを見ない。と言うか、神社の時から目を合わせようとしない。見つめ合うのを避けている。
「そんな事ない!…真は、私と居ても楽しくない?」
「そんな事ない。楽しいよ」
「じゃあ…!」
「でも。五花。お前が1番楽しそうじゃない」
「…っ!そ、そんな事ない、あり得ないよ!2人になれて…私は……」
段々と五花の声が弱々しくなる。ペットボトルを持っている手に力が入り、くしゃと言う音を立ててラベルに皺が寄る。
「皆んなに黙ってこんな事をしても楽しくない。違うか?今も皆んなのことが気になってるんだろ?さっきからずっと皆んなの分のお土産を買ってるし。五花は1人ぼっちが嫌いな女の子だもんな」
少しの沈黙が続いた。夏祭りの時も五花はこんな感じだった。いつもは明るいが、1番気持ちが不安定になりやすいのかもしれない。
ぽつ。ぽつぽつ。
五花の太腿に水滴が落ちる。五花が流した涙だ。弱く、苦しそうな声で話し始める。
「ごめんね…ごめんね。こんなつもりじゃなかったの。でも、真が誰かのものになるって考えると、じっとしてられなくて…。私、何やってるんだろ…」
五花はゆっくりと話し始めた。深い理由はわからないが、五花は五花なりに悩んでいた。こう言った時になんで声をかけるべきか。『大丈夫だ』か?『俺のためにありがとう』か?わからない。だから、今できる事を精一杯やってみる。
「………っ!?」
五花の頭をゆっくりと撫でる。さらさらとした髪の感触が手に伝わる。何も言わずに行動で示す。これは母が昔、俺を慰める時にやってくれた事だ。余計なことは言わず、ただ頭を優しく撫でてくれる。それだけで心は満たされた。自分がされた様に、五花にも実践してみた。
2人は何も言葉を発さない。段々と恥ずかしくなって来て撫でる手を離そうとした瞬間、五花がその手を掴む。そしてぽんっと頭の上に戻す。顔を紅く染めるだけでわからない。でも、そのまま優しく頭を撫で続ける。
「ありがとう…真。振り回しちゃってごめんね。皆んなにも…謝らないと…怒ってるかな?」
「まあ、怒ってるだろうな」
「……そうだよね。私のせいで皆んなを振り回しちゃった…」
五花の顔がもう一度曇る。目にはまだ涙が溜まっている。
「まあ、怒られる時は俺も一緒にいてやるから。正直に謝ろうぜ?」
そう言って小学生の様に笑う彼は、不安定な私を優しく包んでくれる。本当に、彼には敵わない。
「ちょっと私トイレ行ってくるね?」
「わかった。ここで待ってるよ」
そう言って五花がその場から居なくなり、1人になる。特に何も考えずにポケットに手を突っ込んで、そこで改めて自分がスマホを落とした事を思い出す。ゴソゴソとポケットをいじっていると、後ろから声をかけられる。
「お兄さんが落としたのはこのスマホですか?それとも少しカバーが欠けたスマホですか?」
「え?」
後ろを振り向くと左手に彼女のスマホ、右手に少し汚れた俺のスマホを持っている三和が居た。少し微笑みながら三和は右手を俺の方に伸ばした。