第3話 静かなシンデレラ
毎朝学校に行くだけのただの通学路。住宅街を抜けて大通りに出る。車が通り過ぎ、その直後にぶわっと風が吹き付ける。足元に生えた雑草。開店前のラーメン屋さん。小鳥のさえずり…は聞こえないか。しかし、そんなどこにでもある通学路が今日は輝いて見える!
昨日、自分の思いをぶつけて認めてもらったこと。悩みが消えた火曜日はなんて素晴らしいんだろう!
昨日とは打って変わって、いつもより足取りが軽くなっている僕に後ろから突き刺すような言葉が飛んできた。
「なんでテンションがそんなに高いんですか。キモいです。」
「え?あ…お、おはよう!蘭さん!」
「だから、その変な態度はなんなんですか?調子乗ってます?」
「まぁまぁ良いじゃないっすか!これからは仲良くしていくって決めたんっすから!」
「そうですよ!先輩は変わったんです!」
流石にキモかったか。ゴミを見るような目で僕を睨む蘭さんを一華さんと二奈がなだめてくれる。
「おっはよう!マコトっち!」
「梅里さん。おはよう」
「……」
「えぇーっと?白百合さんおはよう?」
「………おはよう。真くん」
白百合さんは普段から口数が少ない。だからこそ、何を考えているのかわからない時がある。しかも、僕の身長は171cm。それを超える身長を持つ白百合さんは見つめられるだけで謎の圧迫感がある。
「三和どうしたの?言いたい事があるならマコトっちに相談しなよ!」
「なんで僕なんだ!」
「…じゃあ、遠慮なく言うね。」
ゴクッ 話し出すのを固唾を飲んで待つ。白百合さんが何を言ってくるのか。この雰囲気、今後の関係に影響することなのか?
「………なんで呼び捨てじゃなくなってるの?」
「………………え?」
「あっ!確かに!なんで次の日に戻っちゃうの!?」
「確かにそうですね。昨日呼び捨てにしようと決めましたね。」
「ほら!じゃあ早速『一華』って言ってみるっす!二奈の事は言えてたからお姉ちゃんの私も言えるっすよね?」
「…っ!お姉ちゃん!!」
一華さんが距離を詰めなが言い寄ってくる。その後ろで顔を隠して焦っている二奈が見えた。なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。でも、向き合うと決めたんだ!呼び捨てくらい……
「………い、いち…」
「え?なんすか?もっと大きい声じゃないと聞こえな」
「一華っ!」
「っ!!!?」
すぐに一華の靴が見えるくらいに目線を落としてしまう。直視なんかできない。俯いた顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。反応が気になり、顔を上げてみると、僕の熱が移ったみたいに同じく顔を赤らめる一華がいた。
「み、見るなっす!」
「ご、ごめん。」
「あ、朝から道の真ん中で何をしているんですか!ほら、早くしないと遅刻しますよ!」
さっきまで清々しかった通学路は今では騒々しいものに変わってしまった。周りの風景なんて目に入らないし、今の心臓のように落ち着かない。でも、不思議と悪くないと思えていた。気持ちを少し落ち着かせて4人の後ろについて行く。
「…真。今日の放課後1人で図書室に来て。大事な話があるの。」
「え?」
横にいた三和は、耳元でそう囁いて4人の所に追いかけるように言ってしまった。
ドクドクっとさっきようやく落ち着かせた心臓がさっきよりも大きく高鳴る。
「本当に騒々しい通学路だ。」
放課後、言われた通り1人で図書室に来た。なんとなく話の内容には想像がつく。この展開。僕はゲームの中でも、現実でも何度も経験している。
そう。これは「告白イベント」と全く一緒の展開!放課後に一対一で話すことなんて告白しかない!でも、出会ってから1週間も経っていない。早すぎないか?それに何度も告白はされてきたはずなのに、どうしてこんなにも気持ちが落ち着かないのだろう。
息を整えてから図書室の扉を勢いよく開ける
「三和!待たせた!覚悟はできてい……る…ぞ?」
「…あ、真来た。」
「どうしたんですか?先輩。なんかすごい元気ですね?」
「真。あなたは生徒会長でしょう?今日は私達しか居ませんが、そんなに勢いよく扉を開けたら他の生徒がいたら迷惑でしょう。」
「それよりも、覚悟って何の覚悟?マコトっち」
あれ?なんで?何で5人みんな居るの?僕の知っている展開じゃない。
頭に「?」マークが出てる僕に三和が話しかけてくる。
「…誰にも、来る時…見られてないよね?」
「え?あ、ああ。見られてないと思う。僕1人だ。」
「…よかった。じゃあ始めよう。」
「ん?な、何を?」
「…え?」
「え?」
「真。来週からはテスト期間っす。三和と五花はいつも赤点を取ってるっすから今から勉強して行こう!ってことで集まったんっすよ?1人で来てもらったのは、三和の馬鹿がバレるのが怖いからっすよね?」
「お姉ちゃんだって成績、美術以外低いくせに。」
「……ぐっ。赤点回避してる時点でお馬鹿二人組とは違うっす!」
「なんだとー!?」
「…ん。今回は回避するもん。」
まだ、いまいち状況を理解できていない僕に一華が説明してくれる。そう言う事だったのか。なんか僕はとんでもなく恥ずかしい勘違いをしていたらしい。
はぁ、この事がバレなくて本当に良かっ
「そんな事より、真は何の覚悟が決まってるんっすかねー?あ、もしかして変な事妄想してたり…」
「ああ!勉強な!来週からだもんな!よーし、じゃあ僕も勉強会に参加するよ!」
「…う、うん。凄いやる気だね。」
バレそうになったところで全力で話を変える。一華の方を見るとニヤニヤとこっちを見て笑っている。朝の仕返しのつもりか?
とりあえずみんなで窓側の大きなテーブルを囲み、それぞれの勉強を始める。
「今回みたいな勉強会はいつもやってるのか?」
「そうですね。私達、幼馴染なので家でお泊まりしたりして勉強していていますよ。いつも学年2位なのが悔しいですから。毎回完璧にしているのに何処かの誰かにはテストで勝てた事がありませんから、ね!?」
四羽から鋭い視線と殺気を感じる。毎回1位だから2位以下は気にした事がない。なんて言ったら本当に殺されそうなので心の中だけにした。
こうして見ると、学年2位の四羽と一年生で1位(さっき一華から聞いた。)の二奈はスラスラとワークを解いている。それに比べて、一華は若干躓いているようにも見れる。そして、五花はミスばっかり!そしてそのミスに気がつかない馬鹿っぷり!三和に関しては一問も解けていない。
「み、三和?わからないのか?」
「………えぇっと?織田、徳川、豊臣が……袋の中から…リチウムを3回取り出す確率は…?」
「ダメだこれ。壊れてる。」
思ったよりも三和は重症らしい。どれだけ説明しても、ペンが進まない。全く課題が終わらない。付きっきりで勉強を教える事にした。
何時間経ったんだろうと思い、ふと時計に目をやるともう下校時間が迫っていた。外も既に暗くなっている。
「…も、もうこんな時間?」
「時間が足りないな、この後暇か?」
「…うん。今日から部活も休みだし、家には誰もいない。…うちでいい?」
「よし、じゃあ早速行こ」
『『『『ちょっと待ったぁー!!!!』』』』
三和と僕の前に4人が立ち塞がる。もの凄い気迫で僕に詰め寄ってくる。
「ダメに決まってるじゃないですか!付き合ってもない男女が?家で2人っきり?犯罪です!」
「そうだよ!流石にまずいんじゃないかな!?マコトっち!今日はこれで終わりに」
「…私はもっと教えてもらいたいけど?」
「三和はちょっと黙ってるっす!」
「先輩?考えたらわかりますよね!?今日はこのまま」
「じゃあ皆んなで勉強すれば良いじゃん。」
学校から20分ほど離れた所に白百合家はあるらしい。6人で電車を乗り継ぎ、白百合家の前まで来た。さすがご令嬢なだけある。めちゃくちゃ家がデカい。門川家が和風建築なのに対して、白百合家は近代建築で東京駅のような立派な洋館だった。お城のような大きくて、細かく装飾された門を潜って三和と一緒に家の中に入る。
「わかってますよね?皆さん。」
「わかってるっす!真に変な行動はさせないっす!」
「先輩がそんなことしますかね?」
「二奈。男の人は内なる姿を秘めてるものだよ?」
「それどこ情報ですか?」
「Yapoo知識袋だよ?」
「………。」
「では、行きましょう!この4人でこの勉強会(危険な夜)を乗り切りましょう!」
『『『おーー!!!』』』
○ ○ ○
「なんで何も無いんですか!!??」
4人の考えとは裏腹に真は本当に三和と勉強をするだけだった。ご飯を買ってきたときも。食べる時も。お風呂に入っている時ですら何もしてこなかった。
真がお風呂に入っている間に4人は話し合う。男子高校生はこんなにも手を出さないのか。そんな議論を自分の勉強そっちのけで続けている。リビングに置かれているL字型のソファで白熱している4人を横目に三和は真を待ちながら今日の復習をしていた。
今日だけで普段の3倍の量の課題が終わった。真は教え方が上手い。学校の授業よりもわかりやすく、こんなに楽しく勉強ができた事はない。そして、こんなに真摯に教えてくれる人はいなかった。
幼少期からバレーボールを始めて、バレーだけの人生だった。放課後は部活か、クラブチームで練習。勉強も友達と遊ぶこともせず、ずっとバレーに打ち込んできた。もちろん恋愛もした事がない。
だからこそ、許嫁の話が来た時は複雑な気持ちだった。ようやく自分も恋愛を知る時が来た。とも思ったし、その恋愛がバレーを邪魔したら?どうしたら良いのかわからなかった。自分は、恋愛かバレーボールのどちらか一方を選ばなくちゃいけない状況になったらどっちを選べば良いのか。真の顔を見るとそんな悩みが頭を一杯にする。
「ふぁ〜あ。なんだか眠くなってきたね。」
「そうですね。もう11時50分ですし、今日は寝ましょうか。」
「お姉ちゃん明日は数学を教えてあげるね!」
「これ、立場逆じゃないっすか?」
「三和も寝よーよー!」
「…私はもう少しだけやってから寝る。…先に寝室行ってて。」
「そうですか?それじゃあお休みなさい。」
4人がリビングから出て行き1人きりになる。親が帰ってこない事なんてよくある事だ。なのに今晩は何故か少し寂しい。この静けさが嫌な思い出をフラッシュバックさせる。バレーで全国大会に行く事が出来ると決まった日も。学校で嫌な事があった日も。私への祝福も慰めも、何も無かった。スポーツ留学中の姉と比べられてきた日々。結果を出しても褒めてもらえない日々。私はなんのために。
ああ。ダメだ。泣いちゃダメだ。努力に見返りを求めてはいけない。なのに…
目を擦って涙を止める。そして、擦るのをやめて目を開けると目の前には真が私の顔を覗き込んでいた。
「…っ!?真、これは…」
「眠いならキリの良いところでやめて寝れば良いのに。休息も大切だぞ?」
「え?…ああ、そうだね。もう、このくらいにしようかな。」
良かった。真には泣いてたことバレてない。時計の針は既に59分を指していた。
「…じゃあ寝室案内するね。こっちに…」
「………なあ。三和」
「…な、何?もう寝ようよ。」
私のやっていた課題用のノートをじっと見ている。私のダメな部分を見られている気がしてその場から逃げ出したくなる。
カチッ カチッ
私なんてもう、いいよ………
「よくここまで頑張ったな。三和は本当に凄いよ。」
カチッ ゴーンゴーンゴーン
時計の12時を知らせる鐘が鳴る。その瞬間に体の内側から暖かくて嬉しいものが溢れ出す。まるで、さっきまでの時間は悪い魔法に掛かっていて、12時の鐘と共に君の言葉が魔法を消してくれたような。そんな気がした。
こんな簡単にずっと欲しかった言葉が聞けるなんて。
ずっと待ってた。私の努力を認めてくれる相手を。それが君なんだね。
2人一緒にリビングを後にした。不思議なことにさっきまで悩んでいた事も、寂しさも全部忘れてしまっていた。