第26話 決着
10月8日。昼休みが終わり、昼下がりの体育館に全校生徒が集まる。立候補者の演説を聞いた後に、投票が行われて生徒会メンバーが選ばれる。
副会長は決選投票でその他は信任投票だ。五つの役職に対して4人の立候補なので、1人は特殊校則で生徒会長から選ばれることになる。
騒がしい体育館とは反対に、舞台袖では四羽が不安な顔を浮かべていた。
「真は何しているんですか!もう始まってしまいます!」
「四羽ちゃん…だよね?」
「え?」
紫色の髪をした少しギャルっぽい人に話しかけられる。見た目は完全にヤンチャそうだ。でも、この人を知っている。
「た、武田先輩ですよね?」
「え〜?私の事知ってるの?嬉しい〜!後で連絡先交換しよ?」
ぐいぐい来る性格、真から聞いた通りの見た目と特徴をしている。見ただけではそこまでオーラを感じないが、真を超える天才で運動神経抜群。唯一、真が勝てないと言っていた先輩。しかし、なぜ急に話しかけて来たのだろう。
「あ、あの!真がどこに行ったか知りませんか?」
「その事なんだけど……真は生徒会長を辞退した」
武田先輩が放ったその言葉を理解できない。いや、理解は出来ているのに身体がそれを受け付けない。そして、状況を飲み込む前に疑問が湧く。
昨日まであんなに協力していたのに。2人で話し合っていたのに………………いや、2人じゃなかった。今、冷静に考えればずっと1人だった。真はずっと私の事を手伝っていた。2人で助け合っているようでずっと助けられていた。まただ。彼にまた助けられてしまった。支えると決めたのに。
「四羽ちゃんの気持ちもわかる……ムカついちゃうよね!?」
「はい………はい!?」
「わかるよ!急に辞めちゃうんだもん!何がしたいの!?ってなるよね!?」
「い、いや…確かにそうですけど………」
自信たっぷりに親指を立てる先輩を半分否定して、半分肯定する。確かに真の行動がよく分からない。と言うより、1人で何でもやろうとする真に少しだけイラッとしていた。
「そこで四羽ちゃんには、演説が終わった後にちょっとやってほしいことがあるんだけど…」
「はぁ、サボりとか中学生以来だな…」
誰の目も届かない校舎裏に身を隠す。ポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。本来ならもう演説を終えて投票を待っている筈だった。
急に辞退して…四羽は絶対に怒っているだろうな。どんな顔をすればいいんだろう。
結果的に四羽を…協力してくれた皆んなを裏切ることになってしまった。「支えたい」と四羽の言葉が脳内を駆け巡る。また1人で抱え込んでしまった。
薄暗く日光の当たらない校舎裏で、壁にもたれるように座り込む。ひんやりとした壁の冷たさが背中に伝わり、体中を巡って鳥肌が立つ。
「なにやってんだろーな。俺」
「本当になにをやってるんだよ真くんは」
声のする方を見上げると、玄江先輩がひょっこりと顔を覗かせていた。
「び、びっくりした〜…どうしたんですか?先輩。そろそろ投票も終わって結果発表じゃないですか?」
「そうだね。今、結果発表してるんじゃないかな」
「じゃあ何でここに…」
「真を連れ戻すためです」
校舎の角から現れたのは、腕を組み、禍々しいオーラを放ちながらこちらに一歩一歩近づく四羽だった。
殺意の籠った視線が向けられ、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
「よ、四羽さん!こ、これには訳がありまして!」
「そうですか。では、聞かせてもらえますか?その訳を。因みに、武田先輩から話は聞いていますけどね?あなたの口からも聞きたいですから、話してください。」
先輩の方を見ると、舌を出してこつんと自分の頭を小突いていた。
どうやら、逃げ場はないらしい。
「先輩から聞いた通りだ。僕は白猫を助けたいと思ってしまったんだ。自分勝手な理由でごめん。でも、自分で決めた事なんだ」
「真は白猫さんを舐めすぎです。戦ってもあなたが勝つとは限りませんよ?」
四羽の言う通りだった。実際、スピーチの後も白猫の人気は凄かった。だか、僕がいる事で彼女のプレッシャーは大きくなるばかりだった筈だ。それに………。
「僕には生徒会長の資格がないと思ったんだ。四羽は、敵なのに白猫を尊敬していた。白猫も皆んなの為に行動したいと考えていた。それに比べて僕は…また、家の名の為に生徒会長になろうとしていた。そんな僕が生徒会長になる資格はない」
思っていた事を全て四羽にぶつける。先輩も四羽も僕の言葉を真剣に受け止めてくれた。
静寂の中、四羽が僕の両肩に手を置きぐっと握りしめる。
「そんなこと言ったら、私なんて真が好きだからと伝えてしまいました!私こそ副会長を辞任すべきです!」
「そ、それは!」
「真は生徒会に必要です。それに、この学園は資格が無くても…選ばれれば良いんです!ほら、行きますよ!」
「え?ちょっ!」
そのまま四羽に手を掴まれて走り出す。背中を玄江先輩に押され、四羽には手を引かれて体育館へと連れられる。
体育館のドアの前には青木が待っていた。
「やっと来たな!なにやってんだよ!」
首な腕をかけられ、髪をわしゃわしゃされる。
「な、やめろ!」
「今度からは俺のことも頼ってくれよ。頼られない友達なんて、何の価値があるんだよ。な?真!」
「青木……かっこつけてる?」
「なっ!?こいつ、人が真面目な話してんのに!」
2人で笑い合う。最近、僕は笑えてただろうか。こんなに近くに頼れる存在がいたのに、何で相談もしなかったんだろう。
さっき馬鹿にした言葉も僕の心には響いていた。
「じゃあ真くん!扉あけてみよーか!」
「中で待っている人達がいますよ!」
そう言うと、四羽と青木が扉をスライドさせる。
そこには、拍手で出迎える全校生徒の姿があった。そして、ステージの上で演説台から話す白猫の姿があった。
演説台の横に張り出された結果には…
生徒会長 白猫紅葉 当選
副会長 蘭 四羽 当選
書 記 青木龍之介 当選
会 計 南条雀 当選
総務部
と書かれていた。
「やっと来ましたね。…コホンッ、皆さん!彼は、私の為に生徒会長を辞退してくれました。その陰から支える力。私は今の生徒会に必要だと考えます。よって、百花学園特殊校則第四条に則り、門川真を総務部長に任命します!」
体育館中から拍手が湧き起こる。聞くことはないと思っていた歓声が聞こえて来て、目尻に涙が溜まる。
無事に生徒会選挙が終わり、体育館から生徒が消え、静けさに包まれる。生徒会メンバーだけ残り、今回の出来事をついて説明を受ける。
「先輩全部話したんですね?」
「だって、話しちゃいけないとは言われてないもん!」
「そうですけど…普通話さないでしょ…」
そう呟き、肩を窄める。すると、怒りの籠った2つの目線が僕に向けられる。
「真?私との会話終わってないからね?勝手に辞退してくれちゃってさ!」
「そうですよ?元会長。私、許してませんからね?」
2人に詰め寄られ、完全に萎縮する。まるで、2匹の虎の檻に兎が入ったようだった。
「だ か ら!真は私を支えてください!行動で示すって言ってましたもんね?」
その言葉を聞いて懐かしく思う。5人と出会ってすぐの事。皆んなに認めてもらう為に言った言葉だった。
「…わかった。これからは皆んなを支えるよ」
「真くん。生徒会は任せたよ」
「はい。先輩、お疲れ様でした」
放課後を知らせるチャイムが学園内に響き渡る。今までの生徒会が終わり、新たな仲間と共に生徒会が始まる。
そして、門川真と5人の許嫁の関係もこのチャイムのように終わりを告げた。
○ ○ ○
10月9日午後5時30分。5人は門川家に訪れていた。お見合いをした部屋に集まり、真を待つ。3ヶ月前までは赤の他人だったのに、今では5人にとってかけがえのない人になっていた。
彼と出会って全てが変わった。本当の自分も、褒めてもらう事も、努力の形も、好きな事も彼から教わった。そんな彼にいつの間にか特別な感情が湧き始めていた。
雑談していると襖が開かれ、門川家の使用人らしき人と、叶ちゃんが入って来た。
「叶ちゃん!久しぶりです!」
「遊園地の時以来っすね!元気してたっすか?」
「…それで?真はどうしたの?」
「確かにマコトっちの姿が見えないけど、メールで呼び出しといて遅刻?」
5人のいつも通りの会話に安心しつつ、使用人と叶の表情はますます暗くなる。
次の瞬間、5人に理解し難い事実が告げられた。
「真様は、ご主人様の命によって5人との許嫁のお話を破談と致しました。」
『『『『『……………え?????』』』』』
武田玄江年齢18歳 武田家の長女
身長174cm 体重59k バストサイズ Gカップ
●「武田重工」と言う建設会社の武田家。幼い頃から英才教育を叩き込まれ、その反動で今はチャラい。
●紫色のウルフヘアー。生徒会の一員なのに、制服はギリギリアウトの着崩し方で登校している。真の過去を知る数少ない先輩。