第20話 迷子の子猫
泣き終わった五花は真から離れる。五花の目元が少し赤くなっていた。真の肩は五花の涙で少し湿っている。その湿りが五花の寂しさを物語っている気がした。
人通りの少ない道端の縁石で、2人は賑やかで楽しげな空気に取り残される。
「ごめんね。急に泣いちゃったりして」
「大丈夫だよ。不安になる感覚は……僕もわかるから」
「…ありがとう。…私ね、取り残されるのが怖かったんだ。一華はアイドル、二奈は絵が上手で三和はバレー部で全国に。四羽も成績優秀。私だけ、得意なものがない事が怖かったの」
五花は自分の気持ちを話してくれた。皆んなが変わっていく姿に戸惑っていたんだ。周りが成長してしまい、自分だけが未熟である事に悩んでいたんだ。
五花の顔に、いつもの元気な笑顔はそこには無かった。
「私、昔に家族で出かけた時に、迷子になったことがあるの。なんだか、最近皆んなを見てると自分が何も出来てなくて、迷子になった時とおんなじ気持ちになるの。『私の得意なところって何だろ。』ってそんな事ばっかり考えちゃうんだ」
再び五花の瞳に涙が溜まり、それを手の甲で拭う。
いつもは元気な姿を見せていたが、心の中では誰よりも怖がっていたんだ。確かに、遊園地の時もやけに必死になって、ジェットコースターに乗ろうとしていた。乗ることで迷子の恐怖を忘れようとしていたのかもしれない。五花はずっと迷子だったんだ。
表情が暗い五花にゆっくりと言葉を掛ける。
「五花は好きな事とか、物は無いの?」
「え?きゅ、急だね。…うーん食べる事かな?料理も好きだよ?でも、いつも失敗しちゃって。やっぱり上手くいかないんだ」
「それで良いじゃん。食べることも、料理も好きなんでしょ?今度食べさせてよ」
「でも、得意じゃないんだよ!?」
「それで良いんだって。五花の好きな事をして、好きな物を食べたい」
「慰めてくれるんだね。マコトっちは本当に優しいね」
私なんかの為に心配してくれる。私なんかに真剣に向き合ってくれる。
でも、私は変わらない。成長しない。皆んなは凄い。皆んな誇れるところがある。それに比べて、私には無い。料理も食べる事も好きなだけで得意じゃない………
「別に得意なことがなくても良いんじゃないか?好きな事があればそれで充分だよ」
「え?」
「まぁ、僕が言うのもなんだけど…僕は勉強も運動も得意だと思ってる」
「自分で言っちゃう所、マコトっちぽいね」
五花がクスッと笑う。その顔を見て少し安心してから話を続ける。
「でも、僕には好きな事が無いんだ。趣味もないし、興味が出ない。それに比べて、五花は好きな事があって羨ましいよ」
「そ、そんな事ない!料理も下手くそなんだよ?マコトっちが思ってるより酷いよ?」
「でも好きなんでしょ?それで充分だよ。出来るとやりたいは違うよ」
何故だろう。その言葉を聞いた瞬間に、暗い心の中に一筋の光が差し込んできた様な気がした。ずっと暗く、迷子だった私をようやく見つけてくれたような。
「…うん。そうだね。その言葉聞いて元気出てきたよ、ありがとうマコトっち」
「うん。さぁ、あと15分で花火が始まる。そろそろ移動しよう。立てるか?」
「うん!もう大丈夫。1人で歩けるよ」
縁石からすっと立ち上がり、いつも通りの笑顔をみせる。辺りは相変わらず騒がしい。
河川敷に移動しようとした瞬間に女の子とぶつかる。慌てて謝ろうと顔を見ると、女の子の目は赤く腫れており、泣いた跡があった。
「ごめんな、1人か?お母さんとお父さんは?」
「………迷子になっちゃった。うぅぅ………ママ…パパ…」
女の子は泣き出してしまう。見た感じ小学生くらいだ。
まるで、彼女の様に寂しくて、悲しい顔をしていた。
「五花すまないが、1人で皆んなの所に…」
「マコトっち!一緒に探してあげよう!大丈夫だからね!お姉ちゃんとお兄ちゃんが探してあげる!」
「…本当?見つかる?」
「うん!見つかる!」
五花は泣いている女の子を励ましている。さっきまでされていた事を女の子にしてあげている。
泣き止んだ女の子を連れてお通りで両親を探す。辺りは人が多く、じっとりとした熱が籠っている。
肌に服が張り付く嫌な感覚が、花火の開始時間の焦りと共に増幅していく。
「…ママ…パパ…ぐすっ」
女の子がまた泣き始める。五花が必死に励ましの言葉を投げ掛けるが、女の子は不安でいっぱいだった。
私じゃやっぱり励ませない。何も出来ない。せっかく元気付けられたのに…なんだか、また不安に………
「ほら、手を握れば寂しくないだろ?」
「…うん」
「大丈夫だ。寂しかったら言ってくれ。お母さんとお父さんは僕が見つかるから」
その言葉に女の子は安心した様に、緊張が解けた顔をした。
ああ、こう言う所だ。私が元気付けられたのは、言葉なんかじゃない。マコトっちの…真の優しいところ。なんでも受け止めてくれるところ。そんなところに励まされたんだ。
その後、無事に女の子の両親を見つけて、急いで皆んなのいる河川敷に向かう。
時間は17時55分。あと5分で花火が始まる。
「五花?大丈夫か?早歩きできたけど、足は痛まないか?」
「うん、大丈夫だよ!もう平気…」
安心した真の顔を見て、何故か顔が熱くなる。そのまま真の横に近づき、掌を合わせる。
「い、五花!?」
「なぁに?マコトっち」
「い、いやその…手…」
「……ふふっ。少し…こうさせて?」
2人は静かに歩いていく。周りの騒がしい話し声。屋台の発電機の音。下駄のカランっとした足音。
そんな音も今は、高鳴った鼓動で聞こえない。
「あ!やっと先輩と五花来た!…って、ええ?!何その足!怪我したの?!」
「五花大丈夫ですか?」
「うん!もう大丈夫だよ!マコトっちが手当してくれたんだ!」
「ふぅ〜ん?手当…ねぇ?」
「…素足を…触ったんだ?」
「し、仕方ないだろ!?そ、それより花火は…」
ひゅーーん………どーん!!!!!
その瞬間に、夜空に煌びやかに爆ぜる花が咲く。レジャーシートの上には皆んなが用意してくれた屋台の食べ物が並んでおり、皆んなで食べながら花火を楽しむ。
暗闇にパラパラと散る花火はとても綺麗だった。花火の色に合わせて、皆んなの顔が色んな色に染まる。花火が咲く音が夏の夜に響き渡る。
でも、私だけは彼の瞳の中に映る花火を見ていた。
高校2年の夏は皆んなに助けられながらも、楽しく満喫した夏休みを送ることが出来た。
こうして、僕たちは夏を終えて2学期が始まるのであった。