第15話 幼い記憶〜名前〜
2人で砂浜を歩く。2つの足跡が波で消えていく。再会した日と同じ、綺麗なサンセットとは対照的に彼女の表情は曇っている。
少しだけ歩くスピードを上げた彼女は、僕の七歩先で振り返り話し始める。
「で?何で私の名前がわかったの?」
「七海とはこのリゾートでしか会ってない。それなのに、宿泊客のリストに君の名前は無かった。そこで友達がヒントをくれたんだ。近くに住んでいるんじゃないか、過去に何らかの関わりがあったんじゃないかって」
「………」
「それで門川リゾートの過去の文献を漁った。そしたら、『日朝商店街』と言う商店街があって、昔は『日朝祭り』と言う祭りを開いていたことがわかった。」
「…うん。それで?私の名前はどうして?」
「その祭りで毎年、歌自慢大会が開かれていた。そこに君の名前があったよ。日朝七海。日朝商店街の会長の娘さんなんだろ?」
「………正解だよ。凄いね、真は何でもわかっちゃうんだ。」
彼女の顔はオレンジ色に染まっている。潮風で髪がなびいて、さざなみの音が響き渡る。
「でも、それは門川リゾートができる前の話だ。7年前にこのリゾートが出来ると商店街に人が来なくなってしまい、祭りも自然消滅してしまった。これが、七海が僕に会えないと言った理由だ。違うか?」
「………そうだよ。私はあのお祭りが大好きだった。でも、ここが出来てからはお祭りに人が集まらなくなっちゃった。だから、私はここが嫌い。でもね、お父さんがここの人と話があるって言って、一回だけ遊びに来たことがあるの。」
文献には、地域住民の反対の声もあったと書いてあった。恐らくその時だ。僕と七海が出会ったのは。
「真と出会って、一日中遊び回って、すっごく楽しくて!…嫌いな筈だったのに、気がついたらここが思い出の場所になってた。」
「別れる時に君を迎え来たのは、お父さん?」
「…そうだよ。お父さんは『仕方のない事だ。』って割り切ったたけど、私は『門川』が嫌い。でもね、『真』は好きだよ。って言われても困っちゃうよね?ごめん。」
「……明日、デートしないか?」
「え?それって…」
「行きたい所があるんだ。」
急な提案に驚く七海に、僕はデート約束をする。そう、イベントの計画を成功させる為に。
○ ○ ○
8月1日。11時30分に日朝商店街の前で、七海と待ち合わせた。少し待っていると、彼女が小走りで駆け寄って来た。赤のフリルトップスにショートジーパン。昔のイメージを変えるような大人びた服装だった。
「ごめん、ちょっと遅れちゃった。にしてもデート場所が錆びれた商店街ってさぁー。真くんデートした事ないでしょ?」
「良いんだよ。七海の育った所を見てみたかっただけだ。」
「…ええ。そ、そう言う事サラッと言うー?女たらしになっちゃったの?」
「僕に対しての評価が酷いな。それに、僕には許嫁が居るしな」
「……。へぇー!どんな子なの?」
「そうだな、まず1人目は…」
「え?マジで女たらしなの?」
2人で商店街を巡りながら、僕の許嫁の話、ここ最近の話、七海と再開するまでの話。様々な話をした。
確かに、商店街はほぼ、シャッター通りと化していた。しかし、全ての店がそうではない。年配の夫婦が切り盛りするコロッケ屋。古くから続く八百屋に魚屋。店自体は少ないが、どこか懐かしく、優しい雰囲気がしていた。
「どうだった?日朝商店街は。規模は小さくなっちゃったけど皆んなそれぞれ頑張ってるんだ!」
「そうだね、確かに良い商店街だったよ…。」
「…真くんが気に病む事はないよ?私のお父さんだって、もう平気だしさ!」
「そうか。……なぁ、七海の家に行って良いか?」
「ええ!?そ、それは早すぎるって言うか…もっと段階を踏むべきって言うか…!!」
「ダメなのか?」
「………ダメ、じゃないです。」
真っ赤に照れた七海に着いて行き、彼女の家に向かった。決して浮気ではない。まぁ、あの5人にはこの事は話さないけど。
「ここだよ。お父さん居るけどいい?」
「ああ、お父さんに用があるし」
「…ほ、本当に?ま、まだ心の準備が!」
「お邪魔しまーす。」
七海の家は普通の一軒家だ。少し金銭面的な意味で心配していたが、大丈夫らしい。
中に入ると、彼女のお父さんとお母さんが、驚いた顔をしながら出迎えてくれた。
「い、いらっしゃい。まさか七海が男を連れてくるとは…」
「初めまして!さ、上がって上がって!」
リビングに案内され、ダイニングテーブルに、僕を睨むお父さんとニコニコしながらお茶を出してくれるお母さん。そして顔が真っ赤な七海、と言う不思議な状況でテーブルを囲む。
「そ、それで?娘とはどう言った関係なんだ?」
「初めまして。急押しかけてしまってすみません。七海さんとは最近再会した友達、です。」
「そ、そうだったのか。」
「もう、お父さんったら!ごめんなさいね?七海の母です。お名前聞いても良いかしら?」
「…はい。僕は門川真と言います。門川頼茂の孫です。」
名前を名乗った瞬間に2人の顔が曇る。七海も横で両親の顔を伺っている。
リビングに緊張が走る。暗い空気の中、僕は話を続ける。
「突然の事で困惑なさるのもわかります。しかし、僕は門川頼茂ではなく、門川真です。今日はご提案があり、伺いました。僕の話を真剣に聞いていただけませんか?」
「……わかった。それで?話はなんだね」
「ありがとうございます。単刀直入に言いますと、門川リゾートで日朝祭りをもう一回開催しませんか?」
「っ!真!?な、何言ってんの?冗談やめてよ〜」
「冗談じゃありません。今、門川リゾートは訳あって、僕が運営、管理しています。祖父の意思とは関係なく、僕がもう一度お祭りを開きたいと思ってご提案しています。過去の事は理解しています。その上で、お願い出来ないでしょうか。」
「………なんで君はそこまでしたいんだ?私は、あの時の事は後悔していない。と言うより、門川さんは私達を助けようとしてくれた。その提案を断ったのは私なんだ。私にそんな資格は無い。それに、商店街の様子があんなんじゃあ…」
「僕は、商店街はまだ大丈夫だと思いますよ」
七海と出会った日。あれは、祖父の提案を断った日だった。お父さんはこの商店街を諦めている。
でも、さっき七海と歩いて回った商店街はどこか懐かしくて暖かい。とても居心地が良かった。
「僕は先程、商店街を見て来ました。みなさん優しく、とても居心地が良かったです。お祭りを開催していた時はもっと楽しかったんでしょう。もう一回そんなお祭りを開いてみませんか?」
お父さんとお母さんは難しい顔をしていた。当たり前だ、急にこんな事を言われたら困るに決まっている。
「ご返事は今じゃなくても構いません。また後日……」
「いや、やろう。お祭り、もう一回やらせてくれないか。」
「!」
「お父さん…」
「私達も、死ぬ前にもう一回お祭り見たいもの。商店街のみんなに呼びかけましょう」
「………ありがとうございます!」
13時00分。七海の家で結局お昼をご馳走になった後、僕と七海は、話しながら帰り道を歩いていた。蝉の鳴き声は2人の笑い声でかき消される。
「急にびっくりしたよ!真剣に話しなんかしちゃうから!」
「まぁ、最初からあの話をしようと思ってたんだ。それなのに、七海は何を想像したたのかな?」
「〜っ!!うるっさい!馬鹿!」
「はははっ!」
蒸し暑い夏の昼、子供のように騒ぐ2人は、まるで出会った日の様に仲を深めていた。
「それにしても、急にお祭りを開くなんて大丈夫なの?真が運営を任されてるからって流石に独断ではダメでしょ。」
「だから、そこは僕の名前を使う」
「名前?」
「門川と言う名前はだいぶ知名度がある。父さんの会社も、いろんな業界の人と繋がっている。それを利用させてもらうさ」
そう言うと、スマホを取り出して今まで一度もかけた事がない電話番号に電話をする。
「父さん。相談があるんだけど。」