第13話 幼い記憶〜脆い砂の城〜
7月30日。午後19時30分。
今日の仕事を終えて自室に戻る。部屋に入った後にパソコンで今日の売り上げを確認して、確認しないほうが良かったと自分の行動に後悔する。
今日の売り上げは確かに良い。しかし、3倍とは程遠い。このままでは、門川家の信用失墜にも繋がりかねない。積み上げるのは簡単だが、崩れるのは一瞬。なんとかしなければ行けないのに、何をすれば良いのかわからない。
やはり、売り上げを上げる事は簡単じゃない。SNSでの告知などは効果が出るのは時間が掛かる。即効性のあるものが必要だった。もっと素早く、もっと話題を掻っ攫うような。
「はぁ〜。そんなのねぇーよ…。どうすればー?」
机に突っ伏して頭を悩ませていると、ピロンッとスマホの通知が鳴る。送られた主は一華だった。
「あ、やっと来たっすね?まこ…と。だ、大丈夫っすか?」
「え?なにが?」
「いや、髪とか、顔。すごい事になってるっすよ?」
「まぁ、ちょっとな。すまん、ちょっと直してくるよ。」
「あぁー!待つっす!私がやってあげるっすよ!」
ベンチに座り、後ろから一華が髪を直してくれる。辺りは暗くなっていて、街灯の灯りが均等に配置されているのが見える。
「で?一華はなんで僕を呼び出したんだ?」
「…それはっすね。真を、こうして、落とすためっす!!!」
「グフッ!!!???」
髪を直していた一華の腕が、僕の首を絞める。く、苦しい。な、なんで…?
「い、一華!?………なんで…?」
「真は私たち5人が居ながらも、浮気したからっすよ?」
「な、なんの話…?」
「まだしらを切るつもりっすか?実は昨日見ちゃったんすよねー。真が知らない女といるところ。」
知らない女。昨日感じた視線の正体。そこで僕は一華の誤解に気がつく。
「ま、待って!そ、その人とは…別に………なんの関係もない!……グエッ…それにもう会えないって言われたんだ。」
「え?ど、どう言う事っすか?」
そこでようやく一華の拘束から解かれる。本当に落とされるかと思った…。
一華に昨日の出来事を話す。怪しい関係ではない事、七海の事、7年前の出来事も。一華は、僕の話を真剣に聞いてくれた。
「なんすか?それ!真がこんなに悩んでるのに!………私が見つけ出して、絞め落としてやるっす!」
「なんで今日はそんなに交戦的なんだよ。」
「そりゃ怒るっすよ!よしっ!………真!ん!」
「え?」
「……ん!ん!」
一華は僕の隣に座って、自分の太腿をポンポンっと叩く。こ、これは噂に聞くひ、膝枕!?
「えぇっと。一華?本当に今日はどうした?」
「もう!いいから!」
頭をグッと引き寄せられて、強引に膝枕される。一華の柔らかい感触が頭全体で感じられる。そして何故か心地よい優しさに包まれる懐かしい感覚がした。
「真?」
「な、なんだ?」
「私は真に感謝してる。こうやって本当の私を曝け出せるのは、二奈と真だけ。こんなに人を信用した事ない。そのくらい真の事を信用してる。」
「そ、そうなのか。ありが」
「だから!真には私に本音とか、弱い部分を見せて欲しい。真はそんな性格だから、私達には迷惑かけられない、自分の問題だって思ってない?」
「そ、それは………」
図星だった。昨日、三和にそのまま同じ事を言ってしまった。あの時、三和も僕を助けようとしてくれていたのか…?
「真。私は、真の許嫁候補だよ。助け合って行くのが…許嫁なんじゃない?私はもっと真には頼って貰いたい。1人で抱え込まないでよ。大丈夫だから。」
その言葉に何故だか、涙が出てくる。自分でもわからない。けど、とても優しい気持ちでいっぱいになっていた。僕の中で固まっていた「迷惑をかける」と言う考えが崩れていった。
一華は優しく頭を撫でてくれる。さっきまで見えていた景色はボヤけて見えなくなってしまった。
「大丈夫だよ。私は真の味方だから。真は凄いよ、頭も良くて、運動もできて、生徒会長もやって。だから、もう少し力を抜いて……」
「…ん?今、なんて言った?」
「え?もう少し力を抜いて…」
「その前!」
「えぇっと。………頭も良くて、運動もできて、生徒会長も」
「それだ!」
バッと膝枕から立ち上がる。そうだ。僕は百花学園の生徒会長だ!そう、生徒会選挙から選ばれた生徒会長!
「僕は生徒会長だ!選挙を勝ち抜いてきた!これなら、これなら行ける!」
「え、ええ?な、何が何だかわかんないけど……まぁ真が元気になってくれて良かったよ。良いアイディア思いついた?なら、もう大丈夫だね。」
「いや、まだだ。この計画を成功させるには、一華の力が必要だ。僕に手を貸してくれないか?」
「!!!も、もちろんだよ!で?何をすれば良い?」
よし、計画が成功すれば売り上げ3倍も夢じゃない!!
自信を取り戻した僕にはスマホの通知なんて届かなかった。
○ ○ ○
8月3日。今日もお客さんは多く訪れてくれている。そう、僕はずっとお客さんを右肩上がりで増やそうとしていた。でも、ずっと増えていく必要はない。イベントに合わせて一気に来て貰えば良い。そこで必要になるのが………。
「って事で、ライブをリゾートの外にも呼びかけてもっと大きくしませんか?」
「成程。規模を大きくしてもっと多くの人に見て貰い、名前を知ってもらうって事ですか。」
僕はマネジャーと相談しに、スタジオにやってきた。僕の計画は、Love Princessのライブの規模を大きくして、集客を集める計画だ。既に祖父の許可はとってある。これなら、売り上げ3倍も夢じゃない。
「でも、うちの子はまだ駆け出しです。知名度もまだそんなに有りません。それでお客さんが集まりますか?」
「そこはご安心ください。」
そう、僕にはイベントを成功させるために用意した秘密兵器がある。ここから反撃開始だ。