第12話 幼い記憶〜溶けたアイス〜
2017年7月30日。蝉の鳴き声がやけにうるさかったあの日。
そう、確かあの日僕は、祖父の家に遊びに来ていて、やる事もなくてフラフラしていた。日差しが容赦なく照りつけていて、暑さに耐えかねた僕は売店でアイスを買った。2本に割れるソーダ味のアイス。その一本は………そうだ。丁度、売店の中で出会った君にあげたんだ。白いワンピースに麦わら帽子を被った……名前は…。
○ ○ ○
2024年7月29日。自室に入ろうと、ドアノブに手を掛けた時だった。
「やっぱり。久しぶり、門川真くん。」
「!君は…!」
「こうして会うのは、7年ぶりかな?真くんも大きくなったね。私の事…覚えてる?」
廊下で話しかけられた相手は、7年前に出会ったあの子だった。服装も麦わら帽子も、話し方もそのままだった。退屈だった夏休みが輝く日々に変わったのは君と出会ったあの日からだ。確か名前は…。
「七海。だよね?」
「ふふふっ、覚えててくれたんだね?嬉しいなー。ねぇ、また売店行こうよ。」
2人は、あの日出会った売店に向かって歩く。もう既に夕陽が差し込んでいて、白い砂浜は綺麗な赤いサンセットに変わっていた。
売店であの日買ったアイスを買う。2本に割れるソーダ味のアイス。きれいに割れず、少し偏ってしまう。少し多い方を七海にあげると、彼女は急に笑い出す。
「な、なんだよ。昔から綺麗に割れないんだよ。」
「いや、違うよ。昔も君は、少し多い方をくれたんだよ。それを思い出してね。ふふ、君は変わってないんだね。」
彼女の顔は夕陽に照らされて、オレンジ色に染まっていた。こうしてアイスを食べていると、あの時の思い出を鮮明に思い出す。
売店で出会った後、砂浜に行って砂の城を作ったり、プールに行ったり、キャンプ場で釣りもした。あの時は毎日が楽しくなって、君と毎日遊んで過ごした。
「こうしてまた会えるなんてね。また、遊びに来てくれたんだね。」
「急に話しかけてきたから驚いた。本当に久しぶり。あの時は、毎日が楽しかったな。砂の城が完成した瞬間に波で壊れたり。」
「プールに行った時に真くんはしゃぎ過ぎて、走って転んでたよね?あれは面白かったなー!」
「ぐっ!七海こそ、釣りしてた時に足滑らして川に落っこちたじゃん!あれこそ笑えたな。」
くだらない思い出を振り返って2人で笑う。2人の距離に、空いた時間なんて関係なかった。
右手に溶けたアイスが滴った事で、自分が今アイスを食べている途中だと言うことを思い出す。
「あぁー、溶けちゃった。」
そう言って自分の手を舐める七海を、何故か見つめてしまう。アイスが溶けるように昔、君に抱いていた気持ちがゆっくりと溶け出す。
「なぁ。七海もこのリゾートに泊まってるのか?」
「うーん。まぁ、そうかな。2週間くらいはいるつもりだよ。また2人で遊べるね!」
「いや、今回僕は遊びで来てないんだ。訳あって、2週間だけここの運営を任されてるんだ。遊べはしないけど、話す事くらいは出来るよ。」
「…そっか凄いね!運営なんて。君は変わったないと思ったけど、少しづつ成長しているんだね。私は…あの頃のままだよ。」
食べ終わったアイスの棒を、七海はあの日を思い出すようにながめていた。太陽が完全に沈み、空には星が浮かび始めていた。
ガサっと後ろの茂みから音がして、振り返るが何もいない。
「ん?どうしたの?」
「いや、視線を感じたんだけど…気のせいみたい。」
「そっか。さ、そろそろ暗くなるし、帰ろっか?」
「そうだな。その前に、連絡先でも教えてくれよ。あの時はスマホなんて持ったなかったし、またいつ会えるのかわからないし。」
「それ、また私と会いたいってこと?」
七海が、からかう様にニヤッと笑う。しまった、ナンパみたいになったか?少し不安な僕とは異なり、七海は笑顔だった。そう、僕が余計な一言を言うまでは。
「あ、会いたい。だって、あの時も急に君がいなくなって!」
「…っ。そう、だね。でも、ごめんね?連絡先は教えられない。」
彼女の顔が急に暗くなる。周りの街灯が夜を照らし始め、顔には深い影が落ちていた。
「な、なんで。じゃあ、せめて名前だけでも!」
「………それも無理。名前も連絡先も、何も教えられない。」
「それは、どうしてなんだ?」
「それもだよ。………これで私と真の関係はお終い、さよならだよ。…もう、君とは会えない。」
「な、ちょっと!待って………。」
七海はそれだけ言い残すと、逃げ出す様に走り去ってしまった。走れば追いつけただろう。でも、足が動かない。追いついたとして、その後何を話せば良いか、わからなかった。
1人取り残された僕は、何も出来ずただ立ち尽くす。さっきまであんなに騒がしかったのに。まるで彼女は、この世にはもう居ない夏の亡霊のようだった。
自室に戻った後、今日起きた事を整理しようとするが、頭が働かない。何故、彼女はまた現れたのか、何故会えないのか。そんな事より、明日からどうしよう。きちんと売上を上げるために計画を立てなければ。
やる事、考える事が多すぎる。どうすればわからない。ぼーっとした頭でスマホを見ると、メッセージが一件届いていた。
「…あ、真。…時間作ってくれてありがとう。」
「いや、大丈夫だよ。じゃあ行こうか。」
メッセージの送り主は三和だった。砂浜に散歩に行きたいと言う内容だった。夕食後に僕と三和は待ち合わせて、砂浜に向かう。
空に散らばる星々。吹き抜ける潮風が涼しい。心地いい波の音に、シャリっと歩く度に鳴る砂の音。慌しかった1日を少しだけ忘れさせてくれるようだった。
「…あ、あの!真、昼間はご、ごめんね。ちょっとやり過ぎた。」
「…ん?あ、あぁー。大丈夫だよ全然。気にしてないよ。」
「?真、なんか疲れたない?…ぼーっとしてるし顔もなんだか元気ないよ。」
「え、そう…かな。」
確かに今日は疲れたが、顔にも出ていたのか。三和に言われてその事に気がつく。
「…ごめんね、疲れてるよね。真はこんな広い施設を運営しなきゃいけないのに。…私、そんなことも考えないで…。」
「だ、大丈夫だって!僕の心配ならしなくてもいい!三和こそ大丈夫か?2人っきりになりたいって事は、何かの相談なんじゃないか?」
「…真はなんでもお見通しなんだね。…そ、その…ま、真は私の!……キャプテンの姿を見てどう思った?なんだかチームを上手く纏められたない気がして。」
「そうか?あんなに部員がいるのに、しっかりと纏まっていて、キャプテンへの信頼も厚いだと思ったんだけど。」
「…ほ、本当!?………やったッ!褒められた!」
三和は、小さくその場でジャンプして喜んだ。その姿を見るとなんだか安心する。
「………えへへ。じゃあ、次は真の番だね。」
「ん?どう言う意味?」
「…真も悩みを言ってみて。…疲れた時とか悩んだ時は、人に相談するのが1番。」
海には、反射した月が映し出されていた。その反射した月明かりが、三和の事を照らす。
三和の真っ直ぐな目が僕の心に訴えてくる。三和の方が少し身長が高い。それもあるのか、頼もしく感じた、なんでも受け止めてくれるような。
それでも…。
「ごめん。これは、相談できない。」
「…なんで?……私、そんなに信用できない?」
「そうじゃないよ。これは…僕の問題なんだ。自分で解決しなきゃ意味が無いんだ。」
「…そ、そっか。…じゃあ、売店で何か食べようよ。アイスとか。」
「…っ!ご、ごめん。明日朝早いからさ。また今度な。じゃあ、おやすみ。」
「……あっ、真!じ、実は…さっき真と………。」
「え?何?風で聞こえなかった。」
「………ううん。何でもない。おやすみなさい。」
真が砂浜から立ち去る。その後ろ姿はどこか寂しげだった。私は何をしているんだろう。心が冷たくなっていくのを感じる。いたたまれない気持ちになり、宿舎へと帰った。
「………ただいま。」
「あっ!三和先輩帰ってきた!どうでした!?会長とうまく行きました?」
「あんた、この様子見て何も思わないの?上手くいかなかったから、捨てられた子猫みたいな顔してんのよ。」
「そっかぁー。ダメかー。やっぱり会長のガードは硬いか。やっぱ三和の悩殺エロ水着攻撃じゃない!?」
宿舎に戻ると、仲の良い5人が、真との進捗を聞いてくる。真との関係はその5人だけに教えている。秘密は守ってくれる親友だ。
「………なんか、真疲れてた。悩んでそうな感じも…。…やっぱり押し倒したのは失敗だったんじゃ?嫌われちゃったかな?」
「大丈夫だよ!先輩かわいいし、押し倒されて嬉しがらない男はいない!それが三和先輩なら尚更!」
「確かにねー。女の私ですら、そんな体で密着されたらどうかなっちゃいそうだもん。」
「三和ちゃん!諦めずに次の作戦だよ!」
「………みんなありがとう。…やっぱり、私…。」
『『真にもう一回メールする!!』』
「その調子だよ!一華!」
「そうっす!さっきは送るのやめちゃったっすけど、今回はメールするっす!」
「にしても、一華に好きな人がいたなんてねぇー?」
一方その頃、一華も女子と作戦を練っていた。Love Princessのメンバーに真のことを知られた一華は、正直に真に対しての感情を伝えた。普段から誰とでも優しく接し、頼れる存在の彼女が、恋で悩んでいる姿にギャップを感じたメンバーはその恋を応援する事にした。
「一華なら、大丈夫だよ!」
「そうっす!練習終わりに呼び出してやるっす!」
「三和ちゃんならいけるって!」
「…ありがとう。明日の練習の後に誘ってみる。」
「真を絶対に落としてやるっす!」
「…真を絶対に打ち抜いてみせる!」