透明
永遠に色があるならば、きっとそれは綺麗な色をしていたのだろう。
一瞬に色があるならば、きっとそれは永遠よりも綺麗だったのだろう。
ポケットに入っていた懐中時計を取り出す。
時を刻むという本職を忘れてしまったこの時計を何度手放そうとしたのだろう。
数えることももはや出来ないほど、葛藤が積み重なっていた。
手の中の懐中時計を強く握り締め、右肩を動かし振りかぶる。
しかしその先の動作を続けることは決してできなかった。
そうして今また一つ積み重ねの数を増やした。
降り頻る雪の中にいたせいか、指先がかじかんできていた。
こんな冬の寒々しい海で、波が寄せて返す音をただ独りで一身に受けていた。
体温が失われて始めているのも当然のことである。
しかし、今日この日だけはどうしてもここに足を運びたかった。
月明かりのスポットライト、海というどこまでも広がるようなステージ、そうしてひらひらと雪が舞い踊っていた。
ふと、ありもしないような幻覚が見えた。
頭ではわかっていた。それでも、彼女が自然の舞台上で踊っている姿が見えた。
せめて、一言だけでも、たとえ言葉を交わせないとしても、せめて一目だけでも。
そんなふうに感じた体は自然と冷え切った海に進んでいた。
足元から衣類が濡れて張り付く気持ちの悪さを感じる。
「待ってくれ」
いつまで経っても追いつくことのできない彼女の幻想に声をあげる。
その時何かを足を取られ、視界が一気に水の中へ変わった。
呼吸が乱れ、酸素を求める口には海水が殺到した。
どこに向かってもがけばいいのかも、すでにわからなくなってしまった。
全てを諦めて楽になってしまおうと思った。
溺れて苦しい思いをしている今の一瞬よりも、喪失感を永遠に感じることの方が怖かった。
手に持っていたチェーンから伸びた懐中時計が、一面に滲んで広がる闇の中で月のように漂っていた。
ふと体の力を抜き底に引きづられている感覚に身を任せる。
意識が無くなる一瞬、力を抜いた手のひらに彼女の温もりを感じた気がした。
気がつくと、自室のベッドの上だった。
先ほどまで見ていた光景について思い出そうとする頭を遮るものがあった。
言い表すことのできない嫌な予感が頭を覆い尽くしていた。
慌てて身体中を探り、何かを探し求める。
無我夢中で部屋をひっくり返す。しかし見つけることはできなかった。
何を探しているのかすら分からない。けれど手を止めることができなかった。
あちこち漁っているうちに、何故だか泣けてきてしまった。
なぜだか先ほどまでもこんなふうにその身を濡らしていたように感じた。
止まる気配のない涙は床に小さな小さな水たまりを増やすだけだった。
そうしてしていると、電話がかかってきた。
大学生の友人の名前がディスプレイに表示されていた。
電話に出てみると、開口一番嬉しそうな声が聞こえてきた。
「やったぞ!期待の新人ゲットだぜ!」
一体全体何の話をしているのかわからなかった。けれどそのセリフには聞き覚えがあった。
理解が追いつかず無言のままでいると、
「どうしたんだよ。万年廃部寸前の写真部に人が増えたんだぜ、もっと喜びを分かち合おうぜ!」
どこか能天気な口調で彼はそういった。