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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ちょっと奇妙な詩集達

地獄の花

作者: 丸井竹
掲載日:2024/05/01

『地獄の花』


雨の音を聞きながら、いつもの道を歩く。

見慣れた景色は灰色に染まっている。

いくつもの水たまりを用心深く避けながら、泥水を跳ね上げ進んでいく。


踏切の音が聞こえてくると、足が急ぐべきか、ゆっくり行くべきかと迷い始める。

頭でも心でもなく、体が考えているようだ。


点滅するライトを見て、歩調が緩む。

鞄を持つ手が濡れていく。

傘の表面を打つ雨音が、雑音のように頭の中で鳴り続ける。


その音を遠ざけるように、意識は空想の中に逃げて行く。

異世界に行きたいか?

最強の戦士になりたいか?

注目を浴び、ヒーローのようにおだてられたいのか?


理不尽な世界で、心を殺しながら生きている。

そのはけ口を探しながら、現実を諦めている。

無邪気な子供の笑顔を見ると、それに気づかされる。


未来に希望はない。

生きても、生きても、苦しい現実がまた襲ってくるだけだ。


踏切の音を聞きながら、無心で働く人々を乗せた列車が通り過ぎるのを待っている。


小石がつま先に跳ね返り、線路の中に消えて行く。


汚染された空気が、地面に落ちて地中に染みこんでいく。

次第に汚れ、雨に叩き落とされ沈んでいく、まるで人間の心のようだと考える。


武器を取って戦うだけなら楽で良い。

能力を与えてもらえるなら、喜んでその力を伸ばすだろう。

何も持っていない、歯車にもなれない、そんな石ころみたいな人間は、村人役にも選ばれない。


踏切を渡り、割れたアスファルトから顔を出す濡れた雑草を避けながら、細道に入る。

安アパートの階段を上り、泥棒でさえ開けたがらないような薄汚れた扉のドアノブに鍵をさす。


傘を畳み、扉を開けた途端、明るい光が溢れ出た。


「パパ!おかれり!」


舌ったらずな娘の声がして、ぱたぱたと小さな姿が近づいてくる、楽な服に着替えた妻がその後ろから現れる。

扉を閉めた途端、二人の笑顔が消え、耳障りな雨音が戻ってくる。


「ただいま」


窓を挟んだ壁の中央に置かれた小さな仏壇に、写真が二つ飾られている。

腰を下ろし、遺影に微笑みかけながら、俺は思う。


俺はここから動けない。

異世界にも、どこにも行けない。

この世界には、かけがえのない大切な愛があると知っているのだから。


雨の音を聞きながら、俺は静かに手を合わせる。




『転生ガチャ』


全てを捨ててきた責任がある。

誰かを悲しませて出てきた責任がある。

誰よりも強く、誰よりも優れていなければ、ここに来た意味がない。


自分が切り捨ててきたものに、仕方がなかったのだと頭を下げられるようになるまで、絶対に後ろを振り返ることは出来ない。


逃げ続けてきた自分の心を奮い立たせ考える。


死ぬまでエールの一杯も飲めなかったとしても、貫かなければならない道がある。


かっこいいだろう?


自嘲気味に考える。


自分に酔って強がっているだけだと言われたら、その通りだ。

心のどこかで馬鹿みたいだと自分を指さし笑っている。

戦えと鼓舞しながらも、お前は何者だと笑っている。


負けなしの戦いで英雄になりたかったおめでたい男が、踏み留まる勇気をなんとか絞り出し、死を覚悟して震えているだけだ。


こんなの無理に決まっているだろう?


人間の心は世界が変わったってそう簡単に勇敢になれたりはしない。

俺は臆病で逃げたがりで、妄想の中で英雄になっていただけのおめでたい人間だ。


人生は絶対に、思い通りにはいかない。

置いてきた昔の記憶が蘇る。


転生するとしたらどんな世界が良い?

冗談でそんな話をした。


そうだな。絶対に行きたくない世界は、ダークソウルみたいな場所だな。


絶望と戦いしかないそんな世界さ。

他人事のように命が散っていく、そんな場所だよ。


物陰に隠れていたって容赦なく血の雨が降ってくるのさ。


化け物だらけが徘徊する世界に咲き誇る、あの白い花だけは見たいかな。

まさにそんな花の中で、甲冑姿の物言わぬ騎士を前に立っている。

その足元には紫の花も咲いている。


死の世界に不似合いな美しい光景だが、どうせなら、エルデン世界が良かったな。

そっちの美女も悪くなかった。


俺は揺れる花を踏みにじり、戦うために走り出す。







『ストーカー勇者』


必ず戻ると約束した。

戦いが終わり、世界が平和になったら、俺はお前の物だと決めていた。

それまでは、王に使われるただの雇われ勇者だ。


悲しそうな顔ばかりが頭にちらついた。

震える声に耳を澄ませ、連れて行きたいと心から願った。

その体を抱きしめるたびに、二人で生きられたらと何度も考えた。


それなのに、お前はもう他の男の妻なのか?

そんなことで俺が諦めると思うのか?

救った世界を滅ぼすことだってしてやるぞ。


俺の脅し文句は嘘じゃない。

お前を手に入れるために戦って来た。

その言葉が嘘じゃないと今こそ証明してやる。


恐怖に怯え、逃げ出そうとしても許しはしない。

お前は旅立つ前から俺のものだった。


戻ってからも俺のものだ。


覚悟しろよ。

逃げ出すなら今のうちだ。


俺の女を奪った罪は百の死より重い。

俺が欲しい女は一人だけ。


富も権力も糞くらえ。

王女も貴族令嬢も欲しくない。

俺が欲しい女を連れて来い。

この世界が滅ぶその前に。


まるで見えない鎖に縛られているかのように、お前は王の前で震えている。

夫がいるとか、妻に相応しくないだとか、そんな言葉が俺の耳に入ると思うのか?


俺の女はお前だけ。

震える声で俺を呼べ。


愛なんて口にする必要はない。

ただ俺に言わせてくれ。


遅くなってすまない。

もう二度と離れたりしない。


わかったふりをして、ただ頷けば良い。

それが恐怖からであっても、俺は気にしたりしないから。


異世界に追放されたって、俺のストーカー気質は変わったりしない。

だから、安心して黙っていろ。


俺が欲しい女はお前だけ。

生きている限り、俺のもの。


血に染まった手でお前の腰を抱き、俺は悠々と城を出る。


恐怖に濡れて泣けば良い。

その顔さえも俺のもの。





『留まる男』


楽勝な世界を蹴ってこの地に留まった。


意外に仲間は多いと気づく。

コンビニから出てくる、疲れたスーツ姿の仲間を見て、俺も立ち寄ろうと考える。

居酒屋を出てくる陽気な酔っ払いに誘われ、同じのれんをくぐる。


死んだ顔で電車を待つ人々を見て、そこに同じ顔で並んでみる。

落としましたよと声をかけられ、俺もいつか誰かに恩を返そうと考える。


最高の音楽を聴いて、好きな酒を飲む。

肴は百円ショップの缶詰で、頭が空っぽになる動画を流す。


俺だけの時間を満喫し、一日頑張った靴下を放り投げる。

休日前のゲーム時間が至福の時だ。


それなのに、遠方の妻と子がビデオ通話で割り込んでくる。

くだらない話に相槌を打ちつつ、俺は片手でビールの缶を開ける。

それを喉に流し込みながら、この世界も悪くないと考える。






『打診される男』


やり放題の世界に行かないか?

好きな時に、暴力がふるえる世界だ。

法律なんてものはあってないようなものだ。


犯罪行為も簡単に闇に葬り去ってしまえる。

一つだけ、誰にも知られない秘密の力を与えてやろう。


慎重に考えて選ぶといい。

欲望のままに生きられる、楽勝世界への切符は目前だ。


この世界にある大切なものなんてあっという間に色あせる。

欲しい愛も望むままに手に入る。

節約なんてくだらない。


お前が欲しいと望めば、どんなものだって手に入る。

この切符を受け取るだけで、全ては過去に葬りされる。


これまでの過ちも無かったことになる。

優れた容姿に、誰もが羨む最強の力、無力な人々からの羨望の眼差し、王にだってなれるだろう。

躊躇うことはない。


そこから一歩踏み出し、地上に体を叩きつけるだけで良い。

そこにはひたすら自分だけに甘い、新しい世界が待っている。


きっとあると信じて飛び出せば良い。

そこに神ではなく、悪魔がいたとしても、もうお前は引き返せない。







最後までお読み下さり、ありがとうございました。

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