六 月の光
六 月の光
部屋に帰って両手の中の巾着を見つめて。瑠璃は思います。
(開けて見よう かな、、、)
なぜかさっきまでのドキドキした気持ちがしぼんでいきます。
瑠璃はお気に入りの窓辺に巾着を置くと、二歩後ろに下がって
(絵の中に入っちゃった。開けられなくなった、、、なんてね)
アミュレットグラスが赤くなかったら
あんなに何年も何年も楽しみにしていたのに、それなのに今は、
アミュレットグラスが赤くない
そんな思いに初めて襲われていました。
「なんで今まで考えなかったんだろ。
十一夜にもらうアミュレットグラスは赤いってずっと思ってた。
刻の執事に会えるとずっと思ってた。
赤くないかもしれないんだ。そうだよね、赤くない かも。」
お気に入りの窓辺に置いて、陽の光にキラキラ光っている巾着を見ていると涙が自然と浮かんできます。瑠璃にはそれも初めての感情。
(どうして涙が出るんだろう)
窓から差し込む光が、だんだんと赤くなり、巾着も赤く染まって。
それでも瑠璃は動けず。
薄暗くなって少し寒くなってきた頃、ノックの音。
ドアの向こうから母親が
「瑠璃、お夕飯支度できたわよ」
いつもとは違う、遠慮がちな声かけ
「ケーキもあるよ。お祝いしよ。今日は、パパも早く帰ってきてくれてるから」
それは、瑠璃を気づかうような声。
瑠璃にも直ぐに母の気持ちが伝わります。
その優しさがまるで アミュレットグラスが赤くない そう言われているようで、急に悔しい気持ちが湧き上がり
「食べたくない」
と、ぶっきらぼうに。
本当は、そんな風に言いたくはない、お母さんは優しく気遣ってくれているのに、それがすごく伝わっているのになんで自分はこんな応え方しかできないんだろう。
楽しみにしていた十一歳の誕生日に、自分でも腹が立つ嫌な子になっている。
最低な日になってる。
うんん、自分が最低の日にしてしまってる。
今度は別の涙がこぼれます。
階段の下では父親の暁が心配そうに二階を見て
「瑠璃、どう?」
そう尋ねます。母親の玻璃が首を横に振り
「食べたくないって」
「赤、、、じゃなかったのかな」
暁の悲しい顔が玻璃を見上げて尋ねます。
「うーん まだ見てないんじゃないかな」
「見てない?」
今度は、驚いたように玻璃を見上げました。
玻璃は、
「と言うか、見れない かな」
「そう、、、そうだね」
暁の目にも少し涙が浮かんでいます。
「パパ、瑠璃は大丈夫よ。」
「あ、ごめんママ。そうだよね。そうだよね。」
暁は、自分に言い聞かせている様に繰り返す。
「パパ、お仕事で疲れてるでしょ。少し食べる?」
玻璃が、そう尋ねると
「ありがとう。でも今はいいかな。」
暁も瑠璃の気持ちが手に取るようにわかります。
「そう。ケーキもしまっておきますね」
玻璃は、冷蔵庫にゆっくりとケーキを運びます。暁は、階段に腰を下ろしたまま、動けないでいました。
階段下での両親の会話は、はっきりと聞こえはしなかったけれど、瑠璃を心配してくれている、それは空気が伝えて来る。
(パパ、ママごめんなさい。わかってるよ、ちゃんとわかってるのに、それなのになんで私、、、)
今日、一つ大人になる。だけど態度は思いっきりわがままな、駄々っ子。イライラした自分の気持ちをどうする事もできない。
(やだ、もーやだ、やだ。やだ、やだやだ。)
瑠璃はひざを抱えてゴロンと転がると、止まらない涙が床に染みていきました。
泣きつかれたように寝てしまったのでしょうか、辺りから音が消えていくようでした。
いつもと違う雰囲気にフッと目を開けると
カタン
背中でおとがします。
「ママ?」
ごめんなさい、って言いたいけれど声にできずに、起き上がり振り返ると
「瑠璃さん。大丈夫ですか?」
「えっ。」
「大丈夫、、、ですか?瑠璃さん。」
瑠璃は、息を思いっきり吸い込み、叫びたいのにまったく声が出ず、
「ひっ、ひっ」
吸い込んだ息の吐き出し方が分からなくなって目から泡が出そう。
「あなたは、誰って言いたいのですか。」
瑠璃の目の前にいるその人が笑顔で話かけてきます。
声が出ない瑠璃。大きく何度も何度も首を縦に振ります。
「驚かせてしまいましたね。すみません。初めまして。
私、刻の執事と申します。」
「え、 えっ、 えっー」
窓から差し込む光がは、月明かりになっていました。