高座セミナーへのお誘い
高校の同窓会で久しぶりの笑顔が集まった
すぐ当時に戻ることができるから同窓会と言うのは面白い
でも、話ししていて「そんなことあったっけ?」となることも多いので当時にすぐ戻るという表現はいい加減なものだ
中には生き字引のように当時のことを詳細に覚えている人物が一人や二人は必ずいる
これがまたそんなことよく覚えているなぁと思うぐらいによく覚えている
そんなに当時のことが頭に詰まっているというのは、一体あの日から今日までどんな人生を送ってきたのだろうとも思ってしまう
当時はみんな同じような毎日を送っていた
あの芸能人が通うような特別な学校じゃないので、みんな大差はない
日々、楽しいことを共有したり、誰かに密かに恋心を抱いたり、かわいいものだ
それぞれが将来への道に悩んだり、何も考えなかったりとかの違いはあったかもしれない
今日に至るまでに同級生の近況はその都度聞こえてきたりしていた
「へぇ~あいつはそういうことをしているんだ」なんて意外な情報もあった
テニス用品ショップの自営業の彼の店の前を、私が彼の店と知らずしょっちゅう通っていたなんてのも面白い
ホームセンターに行ったらそこのフロア主任だった彼と偶然会ったなんてこともあった
立派な建築士の先生になって事務所を構えている彼もいた
地下鉄のとある駅の偉いさんになっている彼もいた
そんな中、噺家になっている彼がいた
聞いた時「彼はそんなことしてたっけ?」と思ったのだが、なんでも中学の時から素人が芸を披露する国民的なテレビ番組にも出演したことがあるらしい
そう言えば一回クラスで漫談をしたことがあったことを思い出した
今や名跡を襲名して立派な師匠さんだ
協会の役員さんもしていた
私も音楽野郎として生きてきたし、なんとも珍しく落語家さんと一緒に高座に上がったこともある
その流れで彼のことを知ったのだった
この業界はほんとご贔屓筋がとても大切
まあ、ファンクラブもそうだけど、歴史に裏付けられた業界なので、礼儀を軽んじれば生きていけない
彼はいつも気を使い誰に対しても丁重に接する
流石だ
私に対しては公私をうまく使い分けて接してくれる、同級生でもあるわけだからあまりに堅苦しいのはお互いしんどいであろう
私も落語家とは違うにしてもとある業界というものに属しているので、そのへんは上手く立ち回れるつもりだ
彼の高座はとても心を温めてくれる
とても情緒に溢れた、それでいてちゃんと笑わせてもくれる
若い頃からの修業の話しを聞かせてもらうこともあるが、それは他人に聞かせられる面白い内容だから
本当の苦しみなんて他人に話しても百害あって一利なしだと言うことは充分承知の上
いつもそこまでサービス精神を働かせる
まあ、その日常が落語の枕の部分にも生かされるとは思う
さて、よほどレアな仕事以外は、どんな仕事にも業界というものが存在する
同級生たちも多くの人がどこかの業界と関わって生きているのだろうと思っている
でも、この噺家さんが集う業界も含め芸事の業界は世間からは違う目で見られる
それは売り物が形のある物ではない上に、世間に注目されて投資されてこそ生活が成り立つという業界だから
顧客の心の満足代としてお金をもらう
そしてリピートしてもらうには、毎回それ以上の満足を与え続けなければならない
そう考えるとコンサルタントのようなものかとも思えてきた
ここに同級生のこの噺家さんの知り合いの師匠がいた
「師匠おはようございます!」
「おはようございます!今日も良い天気ですね」
「ところで師匠今日の高座セミナーの集客具合はいかがでしょうか?」
「ええ、お陰様でいつものように顧客リストにダイレクトにメッセージをお送りして、SNSで情報発信しており、まずまずの集客です」
「日々の稽古もあることですし、大変な作業じゃありませんか?」
「新ネタの披露の前にはプロダクトローンチが必要ですので、そこは手を抜けません、見込みのお客様を洗脳していく、結局これが一番の手段です」
「師匠は集客の仕組みを構築されておられるのですね?」
「ええ、お客様から高額な高座セミナーに参加させてくださいと言われることを目指しています、高額な高座セミナーのお客様には差別化のため笑いのツボや高座セミナーを最高に楽しむにはどうすれば良いかの心構えを別にお伝えしています、心構えがあるのと無いのとでは楽しみ方が根本的に変わってきますので、そのことをお伝えしています」
「師匠は将来のビジョンはどうお持ちですか?」
「そうですね、世界20カ国を鞄一つで旅しながら、高座は好きな時に好きな場所で好きな顧客を相手にしたいですね」
「師匠、今日は高座セミナーの前のお忙しい時にお時間を頂戴しありがとうございました、いつものように素晴らしい高座セミナーを期待しております」
「こちらこそありがとうございました」
師匠は町の演芸場の通用口へ入って行った
ちなみに師匠の今日の噺は「死神」だった