新婚生活③
「ここが……お家ですか?」
役場で婚姻届を出して真っ直ぐ誠也さんの自宅に帰ってきた。
本当に結婚するつもりはなかったから、自宅がどんな所かなんて調べもしなかったが、さすがに中堅の会社を経営するだけあって、純和風の門構えの豪邸だった。
門はリモコンで開き、ガレージには大きな車が三台ばかり停まっている。
よく手入れされた石畳の先に平屋の、木の匂いが香るような和風の玄関があった。
「どうぞ」
格子の木戸を開いて、誠也さんが招き入れてくれる。
広い玄関は靴一つなくて、奥に大きな壺と掛け軸が飾ってあった。
上がり框をまたいで備え付けられた腰の高さの靴箱の上には、何も置いていない。普通なら鍵を入れる入れ物があったり、花やら家族の写真でも飾っていたりしそうなものなのに塵一つのってない。
なんというか生活感のない家だ。
「お、お邪魔します……」
靴を脱いで端に揃えて上がる。
誠也さんもその隣に靴を並べた。そして靴箱からスリッパを出してくれた。
堅苦しいというか、作法のテストを受けているような気がする。
「まずリビングで一休みしますか? 喉が渇いたでしょう」
誠也さんは案内するように玄関の右手に長く続く廊下を進んで行った。
和室らしき部屋の前を通り過ぎた先の木目のドアを開くと、私は思わず「わあ……」と感嘆の声を上げていた。
質のいい木目貼りのリビングは、ソファセットとダイニングセットが広々と置かれ、何より大きな全面ガラスから見える中庭の美しさに目を瞠った。
緑の木々に囲まれ、小さな池と選び抜かれた石の配置が美しい。
「きれい……」
思わず窓に駆け寄って庭を眺めていた。
しかし、背後からふっと息を吐く音がして、すぐに我に返った。
「香百合さんを迎えるということで、荒れ放題だった庭を一週間で綺麗にしてもらいました。気に入ってもらえたなら良かった」
「私のために?」
驚いて誠也さんを見た時には、その顔はいつもの無表情に戻っていた。
さっきのため息のような音は、どういう表情で発されたものか分からなかった。
気に入ってもらえて良かったという安堵の息なのか、あっさり俺様の術にはまりやがったという小バカにした鼻息なのか。
ただ、一ヶ月過ごす家に、この美しい庭園があったのは素直に嬉しかった。
どんなに苦しくとも、美しい自然というものは心を癒してくれる。
「このリビングも長く使っていなかったので少し改装しました」
「長く使ってない?」
そういえば誠也さんの母親は八年ぐらい前に亡くなったと聞いている。
でも父親は一緒に暮らしているはずだが……。
「僕は仕事が忙しく、食事はすべて外でとりますし、自分の部屋にソファもテレビも簡易の冷蔵庫もあるのでほとんど自室で過ごします。父も同じく離れの和室で過ごすので、ここは誰も使わないのです」
「そうなんですか……。こんなに素敵な場所なのに……」
「……」
誠也さんは私の横に並んで庭を眺めてから呟いた。
「そうですね。こんな綺麗な庭だったのだと……久しぶりに思い出しました」
その言葉になにか重苦しいものを感じた。
やはり何か暗いものを抱えている人らしい。
もしかして父親との折り合いが悪いのかもしれない。
それを察したのかどうか、誠也さんが告げた。
「少し休憩したら、離れの父に紹介しましょう」
婚姻届を出したというのに、まだ彼の父親すら紹介されていなかった。
次話タイトルは「義父①」です