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婚姻届を出す朝に(離婚届シリーズ第二弾)  作者: 夢見るライオン


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誠也さんの真実⑤

「さてはて、これはどう判断すべきかな、皆さま」


 赤翁がわざとらしく翁たちに尋ねる。


「確か死ぬまでに佐山誠也に愛していると言わせたなら現世に戻すと約束したのじゃったな。だとすれば、これはどうなる? 魂はこちらに来ているものの、体の方はまだ死んでいなかったことになるが……」


 青翁はやれやれと頭を振りながら、ちょっと笑っているように見える。


「体が生きている限りは死とは呼べません。せっかく判決まで下したことですが、約束は約束です。戸田香百合を現世に戻すのがすじかと思われます」


「な!」


 驚く私に翁たちがしてやったりという顔をしている。


「まったく面倒なことじゃが、約束は守らねばならぬのう」


「どうしますか? 現世に戻る選択肢も出来ましたが、もちろんこのまま天界に行く道も選べます。あなたが選んで下さい」


 青翁が尋ねる。


「まさか……。本当に現世に戻ってもいいのですか?」


「残念ながら彼が本心から愛していると言っていますのでね」

「こんな私が戻っても……本当にいいのでしょうか?」


「愛しているというぐらいだからいいのでしょう」

「こんな私が……彼を幸せにできるでしょうか?」


「そんなことはやってみなければ分かりません。誰かを絶対幸せに出来ると言い切れる方が傲慢ごうまんな話です。人間凡夫(ぼんぷ)分際ぶんざいで」


「戸田香百合よ。幸せにできるかどうかが大事なのではない。一番大切なのは幸せにしたいかどうかじゃ。誰かを幸せにしようと精一杯努力した生きざまこそが、そなたらの命に意味を持たせられる」


「命に意味を……」


「そうじゃ。生きていれば死にたいと思うほどに辛いことは幾度となく襲ってくることじゃろう。誰も自分など必要としていないと思う日もあるかもしれない。しかし不要な人間など誰もいないという事を覚えておくがいい。人はみな誰かに何かを与えるために生まれていく。それは幸せだけではない。誰かに不幸を与えたり、憎まれる宿命しゅくめいを持って生まれたりする場合もあるだろう。だがそれもまたそれぞれの課題に必要な要素なのじゃ。死後裁判において最も罪深いのは、己の宿命を放棄することなのじゃ。課題を残したまま命を絶ち、周りの人々の宿命書きさえも変えてしまう。たった一人途中で放棄した人間がいるだけで、どれほど多くの人々の人生が変わってしまったのか、そなたも充分に分かったはずじゃ」


「はい」


 リベンジシステムを利用せずに、一ヶ月前のまま死んでいたなら、私はどれほど多くの愛を見逃していただろうか。


 そしてそれは大切な人たちからどれほど多くの本来得られるはずだった幸せを奪ったことだろう。


「誰もがみな愛し愛され、憎み憎まれる宿命を持っている。免除されている者など一人もいない。じゃが思い違いをするでない。幸せと不幸は平等に与えられてなどおらぬ。なぜならそれは本人の感じ方に大きく作用されるからじゃ。小さな喜びに幸せを感じられるものもいれば、どれほどの幸運も幸せに思えぬものもいる」


 確かに私は奇跡のような幸せを手に入れていたのに、何も気付かず周り中を恨んで自殺してしまった。


 誰もがうらやむような幸運を持っていたというのに。


「そして実際に幸せは不平等に与えられておる」

「不平等なんですか?」


「そうじゃ。とても不平等じゃ。そう思わぬか?」


「じゃあ最初から贔屓ひいきしているってことですか?」


「そう感じて不運な自分をなげく者は多いようじゃな。じゃが、ワシらは贔屓などしておらぬ。不平等にしているのは自分自身なのじゃ」


「自分自身?」


「そうじゃ。特別サービスじゃ。そなたに一つ真理しんりを教えておいてやろう」

「真理?」


「現世には一ミリの違いもなく均衡きんこうを保つものがある」

「均衡を保つもの?」


「そう。そなたらが他人に持つすべての感情じゃ。愛した分だけ愛され、憎んだ分だけ憎まれる。ねたんだ分だけ妬まれ、おとしいれた分だけ陥れられる。いつくしんだ分だけ慈しまれ、たっとんだ分だけ尊ばれる。これらは非常に厳正に偽善ぎぜんを見抜き、真実だけを反映する。幸せを贔屓されている者は、この真理に気付いている。幸せの配分が多い人間になりたくば、この真理を大いに利用するがいい。われらはずるいとも卑怯ひきょうだとも言わぬ。誰もが大いに利用して贔屓されて欲しいと願っておるのだから」



「愛した分だけ愛される……」



「そうじゃ。じゃがそなたの愛が誰から返ってくるかは分からぬがな。愛した相手からではないかもしれぬ。そしてまやかしの愛は完膚かんぷなきまでに取りのぞかれる。こんなに愛しているのに、どうして愛してくれないのかと言う者は、本当に愛してなどおらぬのだ。真実の愛とは見返りを期待せぬものじゃからな」


「見返りを期待しない……」


「そなたが命の最後に佐山誠也に渡したもの。大嘘つきの罪をかぶろうとも彼のためについた嘘。なんの見返りもないのに、そなたは罪をかぶっても彼を救おうとした。そこには真実の愛があった。彼はそれを受け止め、そして答えたのだろう」


「じゃあ……私は……」


「うむ。自分で勝ち取った愛じゃ。だから遠慮する必要はない」



「本当に……誠也さんの元に帰っても……」



 もう二度と手に入らない奇跡だと思っていた。



 手放したものの大きさをどれほど悔やんだか分からない。



「肉体の命が終わる前に急いで戻るがいい。じゃが一つだけ注意しておくぞ。この死後裁判での記憶は、徐々に薄れ、やがて少しずつ消えていくことじゃろう。完全に消えてしまうまでに、ここで得た教訓をたましいに刻み込むことじゃ」



「はい……」



「では戻るがいい。待っている人のいる世界へ……」


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